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「ブラック私学」でストライキ! 私学に蔓延する違法状態は改善できる

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 今朝、「ブラック労働」の改善を求め、都内の私立学校で「ストライキ」が実施された。

 背景には、長時間労働、残業代不払い、非常勤講師の差別待遇などがあった。これらは、私立学校全体に蔓延する労働問題でもある。

 昨年は、文科省も相次ぐ教員の過労死などを踏まえ、長時間労働抑制のため、教員の「働き方改革」に乗り出した。また、その元凶となっている部活動の問題もガイドラインを策定するなどし、抑制する方針を示している。

 一方で、それらはあくまで公立教員が想定され、公立教員に「準じる」働き方をしている多くの私学教員の労働問題については、まだまだ十分認知されているとは言えないだろう。

 2017年に実施された公益社団法人「私学経営研究会」の調査によれば、労働基準監督署から、長時間労働や残業代不払い等で行政指導を受けた私立高校は全国で約2割に上るという。

 つまり、私学業界全体に違法労働が蔓延しているのだ。

 そこで今回は、このストライキが起こった背景を紹介しつつ、私立学校全体に蔓延する労働問題について考えていきたい。

「労働法」が適用される私立学校の教員

 私立学校の労働問題を考えるためには、その背後にある「公立学校の無法状態」の実情をおさえておく必要がある。

 公立学校の教員たちは、残業代の支払いの対象外とする「給特法」(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)が適用されるため、労働基準法が適用されない。

 そのため、長時間労働や無給の部活指導が「合法」に行われ、社会問題となっている。

 実は、このような公立学校の働かせた方が、多くの私立学校で「踏襲」されてしまっている実態がある。

 とはいえ、公務員の「無法状態」を法的に「合法化」しているはずの「特給法」は、私学教員へは適用されていない。

 したがって、私立学校の教師にはあくまでも労働基準法が適用されるため、残業代なども私学学校では支払う義務がある。

 公務員である公立教員と異なり、私学教員は民間労働者にあたる。そのため、労働法上の権利が公立教員とは違い、ふつうの労働者と同じように適用されるのである。

 それにもかかわらず、多くの私立学校では、労働法が普通には適用されていない公立学校(それ自体が「ブラック」だと今、重大な問題になっている)と同じ扱いを行い、結果として違法状態が蔓延した状態にある。

 一方で、法的に公立教員のストライキは制限されているが、民間労働者である私学教員には、こうした制限もない。労基法だけではなく、労働組合法上の権利が行使できるという点でも、私学教員は「普通の労働者」なのである。

 つまり、違法な職場環境の改善を実現するために、私立学校では「労働法上の権利」が、一般企業とまったく同じように利用可能な状態にある。

 このように、公立学校では「法律による無法状態」が広がる一方で、それは私立学校にまで広がり、「明白な違法状態」を作り出している。今回のストライキには、このような背景があった。

ストライキが起きた背景

 では、具体的にどのような理由からストライキは引き起こされたのだろうか。

 今回のストライキは、正則学園高校という私立高校の先生たちが、個人で加入できる労働組合「私学ユニオン」に加入し、実施された。

 同校では、長年「ブラック」な労働環境が蔓延していたといい、今回のストライキはその改善を求めている。

 具体的には、長時間労働、残業代不払い、非常勤講師の差別待遇など様々な問題があり、ストライキと同時に団体交渉を申し入れたという。

過労死レベルの長時間労働等、正則学園高校の労働問題

 正則学園高校は、東京都千代田区にある1896年創立の私立高校である。

 最大の問題は、厚生労働省の過労死認定基準である月80時間を超える長時間労働を多くの教員が行なっているという点である。その結果、教師たちは生徒に対する十分なケアができない状態にある。

 朝6時半頃~夜9時頃まで休憩もなく働き、1日の労働時間は約14時間半にも及び、帰宅時間が終電間際になる教員もいる状況だ。

 また、このような長時間労働に対しては、残業代が適切に支払われていない。そもそも、出勤は実際の労働時間でタイムカードを打刻できるが、退勤は、一定の時間で事務職員に勝手に打刻されてしまい、実際の労働時間で打刻ができない仕組みになっているという(勤務時間の改ざん)。

 そのうえ、教員たちの正式な同意もないまま、一方的に定期昇給が停止され、ボーナスも減額されているという。

 そして、近年、学校の経営陣は専任教諭の退職にあたって専任教諭を補充せず、非正規雇用の非常勤講師を増やしている。

 この非常勤講師の待遇も劣悪だ。非常勤講師は授業時間1コマに対して約2000円が支払われるだけで、授業以外の授業準備・教材研究、試験作成・採点、講習などを行い1日8時間・週40時間近く働いているが、それらの授業外業務に対しては賃金が払われず、社会保険にも加入できていない。

 その結果、月の手取りは15万円程度。これでは生活もままならず、契約が1年更新のため将来も見えない状況だ。

理事長への朝6時半からの早朝挨拶をストライキ!

 以上のように問題が山積している同校の職場だが、その中でも組合員らが特に許せないことは、法律が守られない、正当な評価や対価が無いことに加え、毎朝6時半から始まる理事長への挨拶の慣行だという。

 数十人の教職員全員が理事長室の前の廊下に一列に並び、一人ひとり理事長に挨拶をするという「儀式」である。もしこの早朝の儀式がなければ、授業準備・教材研究や、生徒に向き合ったり、自分の体を休めるなど、様々なことに時間を使えるだろう。

 この「無益なサービス労働」の強要に対して、組合員の先生たちは我慢の限界を超えたという。

 そして、理事長への「早朝挨拶の儀式」をストライキすることを決意したのである。

 この経緯からわかるように、同校の先生たちは、単に自分たちの待遇改善を求めているのではない。

 彼らは、早朝挨拶儀式ではなく、生徒のために時間を使いたいのだ。学校の民主化・健全化をし、理事長の利益のためではなく、生徒の教育のための学校作りを目指している。

 私立学校に限らず、保育や介護といった「利用者」がいる業種では、労働者が「責任感」から劣悪な環境に耐えてしまうことが多い。しかし、結局、長時間労働や残業不払い、細切れ雇用が続けば、「サービスの質」を保つことはできない。

 今回のケースのように、「生徒や利用者」のためを思えばこそ、あるいは学校そのものをよくしたいと思えばこそ、先生方は「労働法上の権利」を行使すべきだということもできるだろう。

 実際に、労働組合法上の権利(そこには「ストライキ」も含まれる)は、企業を一方的に「攻撃するための武器」では決してない。職場のあり方について、労使で「対等」に話し合うための制度なのである。

 たとえ一人で交渉しようとしても、学校という閉鎖空間の中では左遷されたり、ハラスメントをうけたりすることもあるだろう。また、一人の教員の声に、ブラックな体質の学校が答えることもないと思われる。

 だからこそ、「対等」に話し合うための労働組合法があり、最低限の労働条件を守らせるための労働基準法があるのである。

声をあげた教員たちの想い

 ストライキに踏み切った正則学園の教師たちは、次のようなメッセージを発している。

我が校の教員は、専任・非常勤ともに先の見えない不安の中で働いています。

学校は、この国の未来を担う若者たちを教育する場です。

それにもかかわらず、学校が違法・不当な行為を重ねていては、生徒にも良い影響を与えません。

その上、教員は疲弊し、なんとか日々の業務をこなしている状態です。

このような現状が、望ましいはずがありません。

この学校をより良くしていきたい。

その一心で、私たちは声を上げることにしました。

 職場環境を改善し、教育の質を守りたいという思いが伝わってくる。このような思いは、多くの「ブラック」な環境で働く私立学校の教員に共通していることではないだろうか。

「ブラック」な環境で働く私学教員はぜひ、相談を!

 今回の正則学園の実態を見て、自分も同様の問題を抱えていると感じる私学教員の方も多いことだろう。

 特に、学校という職場は生徒を守らなければならない。どれだけ劣悪な環境に合っても、なんとか良心で踏みとどまっている先生方も多いことだろう。

 もし劣悪な職場環境に悩んでいたら、一人で悩んだり、諦めたりするのではなく、労働組合をはじめとした相談機関へ相談をしてほしい。

 今回紹介したように、私学教員の場合には、公立教員よりも明確な労働法上の権利があるため、「法的」に労働条件の改善について争うことができる。

 また、今回、私学教員ユニオンでは、私学教員向けの無料労働相談ホットラインも以下の日程で開催するという。ぜひ、相談を検討してほしい。

「私学教員 労働相談ホットライン」

1月12日(土)13:00~17:00

1月15日(火)17:00~21:00

電話番号 0120-333-774(通話無料)

※相談無料・電話無料・秘密厳守

主催:私学教員ユニオン

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

労災ユニオン

03-6804-7650

soudan@rousai-u.jp

*長時間労働・パワハラ・労災事故を専門にした労働組合の相談窓口です。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

仙台けやきユニオン

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。労災を専門とした無料相談窓口

過労死110番

03-3813-6999

 

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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