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奨学金問題の返済額は変わる可能性がある 「専門家次第」の実情

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 教育費負担は今回の総選挙の大きな争点の一つになっている。中でも大学をはじめとする高等教育費の負担のあり方は議論の的である。その理由は、日本の「奨学金」制度があまりに劣悪だからだ。

 そもそも、日本には海外で言う「教育ローン」が「奨学金」だとされてきた。つまり、ほとんどが「借金」なのである。しかも、その過半数が有利子によって占められてきた。

 しかし、いまや、大学を卒業しても契約社員やアルバイトといった非正規の仕事しか見つからないケースは珍しくなく、正社員で就職できてもブラック企業に捕まって短期間で辞めざるを得ないことも多い。

 返済が滞った場合、貸し手のJASSO(日本学生支援機構)は容赦なく裁判に訴え回収を試みる。しかも、借りる際に連帯保証人と保証人の2人を立てる必要があるため、本人が支払えないとまず連帯保証人に、次に保証人にまで請求が及ぶ。

 実際、私が代表を務めるNO法人POSSEに寄せられる奨学金相談の60%は借りた本人ではなく連帯保証人・保証人になっている親や親戚からの相談だ。彼らの多くは高齢で「年金生活で自分も破産するしかない」という。

 奨学金返済問題は、二世代、三世代「連鎖破産」にもつながってしまうのだ。

 では、もし自分が債務者や保証人になっていて、JASSOから突然請求書が届いたり訴えられたりしたら、どう対応すればよいだろうか。大切なのは、必ず「奨学金問題に詳しい専門家」に相談することだ。

 実は、専門家への相談の有無、選んだ専門家の善し悪しで、「返済額」そのものが変わってしまうのだ。今回は、その実態と適切な対処法について紹介していこう。

どの弁護士に相談するかで返済額が変わる!

 実際に、奨学金問題に精通している弁護士に相談したことで返済額が変わった事例をみてみよう。

ケース1

 Aさん(60歳代・男性)は、姪が借りていた奨学金の保証人となっていたが、姪が返済できず連帯保証人になっている妹(姪の母)も返せなかったため、JASSOから残り400万円全額を返済するよう裁判を起こされてしまった。

 Aさんは支払額をゼロにはできなかったものの、最終的に約150万円を支払うことでJASSOと和解した。そこには以下のからくりがあった。

 第一に、請求されていた400万円のなかには、すでに時効になっているものも含まれていた。つまり、そもそも請求されるべきではない分まで請求されていたのである。

 第二に、法律用語でいうところの「分別の利益」が適用された。これは、保証人の人数に応じて一人あたりの返済額が頭割りになるという考えだ。奨学金の場合は、連帯保証人と保証人の2人がいるため、Aさんの返済額は最大でも200万円までということになる。

 Aさんの代理人を務めたのは、仙台で奨学金問題に取り組む法律家団体「みやぎ奨学金問題ネットワーク」に所属する弁護士だった。AさんはJASSOから訴えられて困っている所、インターネットでこの団体をみつけて相談に訪れた。代理人の弁護士は、上記2点を指摘し裁判で争ったところ、実際に支払金額を減らすことができたのだ。

 このケースは決して特有のものではない。時効が過ぎている部分があったり、「分別の利益」が存在していても、JASSO側はその点は隠したまま全額を請求する。そのため、これらの法律関係に気づかずに、言われたままの額を支払ってしまったり、分割で返済する旨の約束を新たに結ばされてしまうケースが後を絶たないのだ。

 実際に、私たちが裁判所で調査したところでは、奨学金の返済を裁判所で請求された場合、ほとんどの債務者が弁護士を雇わずに対応していた。その結果、債務額が減らせる場合でも、全額を返済することになってしまっていることもあった。

 奨学金問題を専門とする弁護士に相談する意義がよく理解していただけるだろう。

だめな弁護士に当たってしまった場合

 一方で、奨学金問題に精通していない弁護士に相談してしまうと、最悪の場合、自分の知らないうちに保証人に請求が行ったり、本来支払わなくてもよい金額まで払ってしまったりすることになる。以下のケースをみてみよう。

ケース2

 30歳代の男性Bさんは働いているが収入が少なく、約300万円残っている奨学金の返済に困っていたところ、「相談無料」と書かれた弁護士事務所の広告をインターネットで見つけ相談に行った。

 対応した弁護士から「自己破産するしかない」と言われたためその通りに手続きすると、連帯保証人になっている父親に奨学金の残金を一括返済するようJASSOから通知が届いた。

 Bさんは、「連帯保証人に請求が行くと知っていれば、自己破産ではなく返還猶予などで対応していた」と憤る。Bさんの父親は既に定年退職しているため、Bさん以上に返す見込みが無いからだ。弁護士が奨学金の保証人をきちんと調べずに説明を怠っていたため、このような悲惨な状況になってしまった。

 日々、奨学金返済相談に関わる身としては、保証人への請求は真っ先に気にしなければならない点なので、このような相談対応は考えられない。相談者の事情を考慮せず、とにかく相談を受け付けて破産手続きを代理することで報酬を得ようとしたものと思われる。これでは「ブラック士業」と言っても過言ではないだろう。

支援団体の利用の勧め

 以上のように、返済を法的に迫られたとき、専門家を頼ること、そして専門家をよく選ぶことが重要であることが理解いただけたことと思う。

 本記事の最後に、訴訟に至る前段階での対応法も紹介しておこう。それというのも、救済制度の活用にも困難があり、やはり、外部の専門家を頼ってほしいからだ。

 返済に困難を来した場合、JASSOはいくつかの救済制度を用意している。救済制度には返還期限猶予、減額返還、返還免除の三種類がある。

 「減額返還」とは、毎月の返還額を半分に減額して返還する制度である。例えば、毎月2万円返済する約束をもともとしていたが、生活が苦しくなったため月1万円の返済に減らすといったことが可能になりえる。

 「返還期限猶予」は、奨学金の返済を一定期間「延期する」という制度である。主に経済的な理由で返還が困難な時に、最大で10年まで返済が先延ばしできる。

 「返還免除」は文字通り、返還そのものが全部もしくは一部免除されるという制度だ。しかし、その対象は、本人が死亡していたり病気で働けなくなったりした場合など、かなり限定されている。

 このように、救済制度が準備されているのだが、これらの制度を利用するための手続きは非常に複雑でわかりにくい。必要書類が多いことに加えて、些細な事でも記載ミスがあれば返送されてしまうのだ。

 申請の手続きで陥りがちな誤りは次の通りだ。

 まず、「奨学金減額返還願」なのか「奨学金返還期限猶予願」なのかのチェックを忘れてしまう点だ。これを忘れてしまうと、どちらの制度を使うのかが不明瞭だということで、書類が返送されてしまう。

 また、1枚の申請書に12ヶ月よりも長い期間の猶予を求めてしまうのも頻発するミスである。申請書は1年分で1枚になるため、過去に何年も猶予している場合は、12か月分ごとに期間を区切って申請書を複数枚作成しなければならない。

 さらにここで重要なのは、「返還期限猶予」は延滞した最初の月から猶予を申請する必要があるという点だ。2017年3月時点で2016年4月から延滞している場合、2016年4月からしか猶予を行うことができない。

 そのため、もし希望する猶予期間の欄に「2017年1月から1年間」と書いてもはじかれてしまう。長期に渡って延滞している人は、何年の何月から延滞が始まっているかをキチンと把握していないケースもあるだろう。この場合は先にJASSOに問い合わせていつから延滞しているのかを確認する必要がある。

 他にも、よくある記載ミスとして西暦で書くべき個所に元号で書いてしまったというものがあげられる。また猶予を求める理由に、収入支出の具体的な金額を記載していなかったり、今後の返還見通しについての記述が曖昧だったりするケースもある。

 加えて、救済制度を使う条件を示すための添付書類が膨大にある。利用したい制度とその理由に応じて必要な書類が異なっているのだが、この点を間違えてしまうことも多々起こる。

 例えば、「傷病」を理由に申請する場合は、診断書が必要だ。これは最近発行2か月以内でなければならず、さらに「就労が困難である」という旨の記載がなければならない。

 もし働いている場合は、年収200万円未満だという「所得証明書」も必要になる。また、「経済困難」の場合は「所得証明書」が必要になるがこれは猶予を願い出る期間全ての年度分(過去のものを含めて)を提出する必要がある。

 NPO法人POSSEには「理由もあまりよくわからない、まま「全て再提出」と書類を送り返された」という相談が後を絶たない。それで、どうしていいかわからなくなり、手続きそのものを断念してしまったというケースも少なくないのが実情なのだ。

おわりに

 末尾には奨学基金返済に関する全国の無料の相談窓口を示しておいた。これらの団体は専門家の弁護士と連携しているので、JASSOの救済制度の利用ではなく、訴訟を行う際にも弁護士の紹介をしてもらうことができる(ただし、訴訟の代理そのものについては無料ではない)。

 尚、今回紹介した事件の詳しい経緯や、対処法の詳細は、拙著『ブラック奨学金』(文春新書)に詳しいので、必要な方はこちらもぜひ参照してほしい。

無料相談窓口

NPO法人POSSE 奨学金ナビ

03-6693-5156

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/syogakukin/index.html

奨学金問題対策全国会議

03-5802-7015

http://syogakukin.zenkokukaigi.net/

北海道学費と奨学金を考える会(通称 インクル)

〒060-0061 北海道札幌市中央区南1条西10丁目4番地 南大通ビルアネックス4階

弁護士法人 誠信法律事務所(事務局長 弁護士 西博和)

TEL 011-281-6181(月曜~金曜 9:00~17:00)

https://incl-hokkaido.jimdo.com/

みやぎ奨学金問題ネットワーク

〒980-0804 仙台市青葉区大町2-3-11 仙台大町レイトンビル4階

新里鈴木法律事務所内 事務局長 弁護士 太田伸二

TEL 022-711-6225(月曜・水曜・金曜 13:00~16:00(祝日はお休みです))

http://miyagi-shougakukin-net.com/

埼玉奨学金問題ネットワーク

〒330-0064 埼玉県さいたま市浦和区岸町7-12-1 東和ビル4階

埼玉総合法律事務所(事務局長 弁護士 鴨田譲)

TEL 048-862-0342(月曜~金曜 9:00~17:00)

http://saitama.syogakukin.net/

奨学金返済に悩む人の会

〒162-0815 東京都新宿区筑土八幡町2-21-301

首都圏なかまユニオン気付(事務局 伴幸生)

TEL 03-3267-0266(日中の時間帯対応可)

愛知奨学金問題ネットワーク

〒462-0810 愛知県名古屋市北区山田1-1-40 すずやマンション大曾根2階

水谷司法書士事務所(事務局長 司法書士 水谷英二)

TEL:052-916-5080(月曜~金曜 9:00~17:00)

大阪クレジット・サラ金被害者の会(いちょうの会)

〒530-0047 大阪府大阪市北区西天満4-5-5  マーキス梅田 301号(事務局長 川内泰雄)

TEL 06-6361-0546(月曜~金曜 13:00~17:00)

http://www.ichounokai.jp/index.html/

奨学金問題と学費を考える兵庫の会

〒650-0015 兵庫県神戸市中央区中道通二丁目1番18号

弁護士法人神戸あじさい法律事務所内

(事務局長 佐野修吉)

TEL 078-362-1166(月曜~金曜 10:00~19:00)

https://hyogoshogakukin.jimdo.com/

和歌山クレジット・サラ金被害者の会(あざみの会)

〒640-8269 和歌山県和歌山市小松原通5-15

(事務局長 新吉広)

TEL 073-424-6300(月曜~金曜 10:00~21:00)

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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