子供、孫の「雇用契約書」を家族が必ずチェックすべき理由

四月になった。今年、日本全国で、もっとも気を付けてほしいトピックがある。それは、「求人詐欺」である。

今、人手不足を背景に、爆発的な勢いで「求人詐欺」は広がっている。学生当人や学校関係者はもとより、それ以外の「普通の大人たち」にも、この「求人詐欺」に注意を向けてほしいと思っている。

それというのも、子供、孫が「求人詐欺」でブラック企業に入社してしまうと、一生取り返しがつかないことになる。場合によっては鬱病、過労死、過労自殺のリスクもある。そうした求人詐欺被害の「つけ」は家族全体が背負うことになるのだ。

本記事では、日本中に広がり、どこに落とし穴があるのかもわからない「求人詐欺」について、「家族」の視点から問題点と対応法を記していく。

(尚、「求人詐欺」問題については拙著『求人詐欺 内定後の落とし穴』(幻冬舎)を参照)

求人詐欺被害の実態 80時間残業込の「月給」

まず、求人詐欺の実態を紹介しよう。一例目は、大庄が経営する日本海庄や事例である。

同社では、過労死事件が発生している。新卒で入社した24歳の男性正社員が、入社後わずか4ヶ月で急性心不全のため亡くなったのである。

男性は、平均して月に112時間の残業をしていた。毎朝9時頃に出勤し、夜11時頃まで働く生活を送っていたという。通勤時間などを差し引くと、自分の自由に使える時間はほとんどない。当然、労災として認定された。

求人票では、新卒者の最低支給額が19万4500円とされていたが、実際にはこれは80時間の残業をして初めて得られる金額であった。

一日8時間、週に40時間の法定労働時間で働いた場合の最低支給額は、12万3200円だった。時給にすると770円程度になる。つまり、会社は80時間分の残業代を「月給」であるかのように偽装して求人を出していたのである。

裁判所の認定によれば、当時の大庄ホームページには「月給19万6400円(残業代別途支給)」とだけ記載されていた。80時間以上残業しなければ残業代は追加されないことや、残業時間が80時間に満たない場合に給料が引かれることは全く書かれていない。

被害者がこの給与形態について詳しく説明を受けたのは、入社後の研修のときだった。同社の裁判では、会社だけでなく、会社の取締役についても責任が認められた。長時間労働を前提とした勤務体系や給与体系をとっており、労働者の生命・健康を損なわないような体制を構築していなかったことが認められる、画期的な判決となった。

しかし、その後の大庄ホームページを見ても、相変わらず残業代を含む基本給が表示されているのが実情だ(判決が出た2013年当時)。

過酷な長時間労働で身体を壊す

もう一つの事例は、大手コンビニチェーン店を運営するフランチャイズ会社のものだ。4年制大学を卒業し、大手コンビニとフランチャイズ契約をして15店舗ほど運営している会社に正社員として就職したAさん。超有名コンビニチェーンの正社員なのだから、安心だと思っていた。

求人は中小企業専門の大手求人サイトで、「スカウトサービス」というものを利用して見つけた。会社の求人票では、

「月額20万円、1日8時間のシフト制で年間休日は105日」

となっていた。基本給に残業代も上乗せされれば二十数万円稼ぐことができ、新卒の相場と比べても条件は悪くない、こうしてAさんはこの会社に入ることを決めた。

ところが、入社直前の2月半ばに渡された「採用内定通知書」を見てみると、そこには賃金に関して求人票の

「月額20万円」から大きく変わって、

「基本給15万円、営業手当A2万円、営業手当B3万円」

となっていた。後で分かることだが、この会社の言い分では賃金体系は典型的な「固定残業代」制をとっており、いくら残業をしても、税金等を差し引かれた手取り17.6万円以上は一切会社から払われることはなかった。つまり、求人票のあった「月給」にはあらかじめ残業代が含まれているというのだ。

しかも契約書には「残業手当」について明確に書かれておらず、「営業手当A」や「営業手当B」が何に相当するかもはっきりしていない。

つまり、会社ははじめから「月額20万円、1日8時間のシフト制で年間休日は105日」で雇う気はなかったのだ。しかし、なかなか内定が出ないまま大学4年生の1月を迎えてしまっていたAさんにとっては、内定辞退をするという選択肢はなかった。

Aさんはこの会社が運営するコンビニの「店長候補」として採用されており、他店での研修を経て5月から都内の店舗に配属された。仕事内容はレジや品出し、商品発注などで、従業員はAさんと店長の他は全員がアルバイトだった。店長の上には数店舗を統括するエリアマネージャーがいたが、彼は週に3回程度店舗に応援にくる程度。Aさんの店舗はオフィス街にあり、主婦パートや学生アルバイトがなかなか集まらず、常に人手不足となっていた。

人手不足の穴を埋めるため、Aさんは長時間労働に苦しめられることになる。求人や内定の段階では1日8時間のシフト制であるはずだったが、実際には毎日8時から22時までの14時間働いていた。人手不足の中シフトの穴を埋めるのは、店長とAさんしかいなかったからだ。休憩は昼と夕方で計1時間あることになっていたが、特に昼は忙しく、昼食を取るのがやっとで1日30分とれたらよいほうだった。休日も週2日とれることはなく、年間休日105日など到底届かないペースだった。

Aさんの生活は、毎日22時まで働き、23時頃に自宅へ帰宅。その後、入浴をし、24時すぎに寝るが、翌朝6時には起きて出社をしなければならないという過酷な状態であった。週に1日だけある休日は寝ているだけで終わった。計算すると月に100時間以上残業していたが、前述した通り残業代は一切払われなかった。

このような労働環境の中で、レジ打ちや品出し作業の際に立ちくらみが増えていき、レジの裏でしゃがみこんだり、休憩室で休むことなども頻繁になっていく。さらに、持病の腰痛も悪化してしまった。

自宅から最寄駅までの間を歩くこともままならなくなってしまい、母親に車で朝と夜に駅まで送迎をしてもらうことになってしまった。このときには入社をしたときから体重が7キロも減ってしまい、これまで着ていた洋服もぶかぶかで着れないほどであった。Aさんの様子を見かねた母親が相談機関への連絡を勧め、そのアドバイスを受けてAさんは心療内科を受診したところ、医師からは「心身症」の診断を受け、1ヶ月間休職することになった。

その後、無事に退職をすることはできたが、退職後も当時からの疲れが抜けず倦怠感が続いたり、職場を離れても当時のことを思い出してしまうため不眠症状が出てしまっている。失業期間が長くなることが転職に不利になるとわかりつつも、次の仕事探しはこの会社の件が思い出され、二の足を踏んでしまう。「何の情報を信じて仕事探しをしたらいいのかわからない」とAさんは途方に暮れる日々を過ごす。

取り締まられていない

この二つの悲惨な事例に共通するのは、求人に示されている給料が「何時間分」の労働時間に対応しているのかが、まったくわからないまま入社しているという点だ。実は、就職ナビサイトや、大学に寄せられている求人票には、「何時間分に対する賃金」なのかを、正確に書かれていない。

しかも、書かれていなかったとしても、罰せられることはない。求人票は「ノーチェック」なのである。

だから、多くの企業が平気で「嘘」の求人を出している。残業代分を給与に含めて示す方法は常とう手段だ。もし、一つの会社で残業代を含んだ給料を示して求人を出すと、当然同業他社は人が集めにくくなる。だから、ある種の「市場原理」が働いて、次々に求人詐欺を出す事態ともなってしまっている。

その中に、「ブラック企業」の求人も多数紛れ込んでいるというわけだ。

なぜ辞められないのか

また、二つの事例に共通していたのは、どちらも長時間労働で身体を壊しているという点だ。騙されたのだから、身体を壊す前に辞めればいいのに、と思われるかもしれないが、そうできない事情がある。

新卒社員の場合、入社した後に詐欺が発覚しても、すぐにやめてしまうと履歴書に「傷がつく」ために、簡単には辞められないのだ。

会社もそうした事情をよく分かっていて、1,2年間、長時間・過酷な労働をさせて使いつぶす。そして、辞めていった社員の分をまた「詐欺」で補充するということを繰り返している。

詐欺と使い潰しのサイクルが形成されてしまっているのだ。

家族の「共倒れ」を防ぐために

ここで注意してほしいのは、このような詐欺求人の被害に若者があった場合、その「ツケ」は真っ先に家族に行くということだ。多くの場合、精神疾患を患って、働けない状態で実家に帰ってくる。

そのあと、「働くのが怖い」といった状態になり、長年引きこもってしまうことも珍しくはない。その期間の生活費はすべて、家族にしわ寄せされる。

藤田孝典氏のベストセラー『下流老人』でも指摘されているが、ブラック企業の被害に遭った若者の「ツケ」を家族が背負うことになり、ゆくゆくは親世帯の貯金を使い果たし、家族全体が「下流」に引きずり込まれてしまうことにもなりかねないのである。

家族で支えあう!

そこで、私は視点を変えて、「家族の下流化」を防ぐために、親、祖父母が子供をエンパワーし、「詐欺被害」に対する賠償請求を支援することを提案したい。

実は、「求人詐欺」の被害に対しては、証拠さえ残しておけば、騙された分の差額や、慰謝料を請求することが可能なのだ。

先ほどの事例のように、「80時間を含んで20万円」とされていた場合には、まず、この20万円が基本給となり、そこに80時間分の残業代がすべて未払い分となる。しかも、残業代は25%増しで、深夜であればさらに25%が加えられ、50%増しである。

賃金債権は、2年間は時効が適用されないから、少なくとも2年間分は請求できる。

求人詐欺にあっても、「履歴書」を人質に取られ、すぐには辞められない。だが、求人や契約時の証拠を残し、後から辞める時に全額請求することができる。これならば、履歴書を守りながら、次の転職の機会をうかがい、尚且つ騙された分の被害を取り戻すこともできる。

こうした行動をとることで、若者はブラック企業に使いつぶされるのではなく、その被害を回復できる。家族は積極的に子供の「求人詐欺」被害に関心を持ち、もし被害を受けていたら、その権利回復を支援するべきだと思う。

子供の権利回復は、家族からすれば、子供や孫がうつ病になって引きこもってしまう状態を避けられるということを意味する。そして、残業代請求で貯金をため、もう一度転職活動に子供が挑戦できる。子供のキャリア形成を支援することにつながるというわけだ。

子供が「詐欺」にあった分を取り戻し、キャリア形成もやり直せれば、いずれは家族を支援してくれるだろう。もちろん、引きこもりになって、親に面倒を見てもらう必要もない。

それもこれも、求人詐欺被害に対し、請求ができるかどうか、次第である。

私のこれまでの労働相談経験からは、親や祖父母が積極的にエンパワーしてくれた事例では、権利の回復の可能性が高い。実は、労働事件の大半は「どちらか正しいか」が問題になっているのではなく、「若者の側があきらめずに請求できるかどうか」にかかっているからだ。

以上のように、親世帯や祖父母は、子供が求人詐欺に騙されていないかに、関心を持ってほしい。まずは、4月に渡される契約書(就業条件明示書)と、5月に渡される「給与明細」を一緒に確認してほしい。

そして、もし求人票やそれまでの説明と違うところがあれば、その証拠を残すと同時に、すぐに労働側の専門家(末尾に紹介)に相談し、賠償請求の準備をはじめてほしい。

被害を見分ける方法や証拠の残し方、請求の方法などは、詳細に『求人詐欺』(幻冬舎)に書いてある。本屋で立ち読みするだけでもすぐにわかるから、とにかく活用してほしい。

厳しさを増す日本社会。生き残るためには、家族の協力が不可欠である。子供、孫の「求人詐欺被害」を家族で協力し、共倒れを防いでほしい。

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