Bリーグ2連覇のキーマン。天皇杯逆転負けの試練からタフな司令塔へ成長した安藤誓哉

強気な攻めが持ち味の安藤誓哉。181センチ、26歳(写真提供:B.LEAGUE)

チャンピオンシップMVP級の働き

 Bリーグ2連覇に輝いたアルバルク東京。東地区で3位、ワイルドカードでのチャンピオンシップ(プレーオフ)進出ながら、新潟アルビレックスBBと琉球ゴールデンキングスという中地区と西地区の王者に勝利し、ファイナルでは東地区覇者の千葉ジェッツに71-67で勝利して優勝へと駆け上がった。竹内譲次、田中大貴、馬場雄大をはじめ新旧の日本代表選手を擁し、タレント性でも申し分ないチームでありながらも各自が約束事を遂行し、個性も生かす。今季は開幕前にBリーグ王者として『FIBAアジアチャンピオンズカップ』に参戦したこともあり、どこよりも強行日程を強いられた中でのシーズンだった。

 だが、負けられないチャンピオンシップのためにシーズン中の試練があったかのように、ポストシーズンでは、試合をすればするほど強固なチーム力を発揮していった。

 ルカ・パビチェビッチヘッドコーチ(以下HC)は、今季のテーマとして『タフネスさ』を選手たちに求めてきた。それは王者として徹底的に研究される立場になっても、代表選手がシーズン中に抜けても、過密日程だとしても、昨季よりも各自が成長して、精度の高いチームプレーを追求していくことを意味している。昨季と同じチーム力のままでは連覇ができないことは自分たちが一番よくわかっていた。その王者にあって、ステップアップを果たして連覇へのキーマンとなったのが司令塔の安藤誓哉だ。チャンピオンシップを通してはMVP級の働きをしたといっていい。

 安藤は昨季も優勝に貢献した主力であるが、今季は指揮官が求める『タフネスさ』を体現した選手だった。代表選手がワールドカップ予選で抜ける苦しいシーズンの中で、レギュラーシーズン60試合、チャンピオンシップ6試合すべてにスタメンで出場。天皇杯2試合、天皇杯予選2試合、アーリーカップ2試合を含めれば、実に公式戦72試合を欠場することなく、全試合スタメンでチームを支えたのだ。

 チャンピオンシップで叩き出した平均12得点、フィールドゴール50%、3ポイント42.1%のスタッツは、レギュラーシーズンの平均9.7点、43.2%、38.4%を上回る。クォーターファイナルとセミファイナルまでは、ハムストリングの負傷のため万全ではなかったエース田中の分も得点面で働いた貢献も見逃せない。シーズンを通してフル稼働した司令塔は、優勝して歓喜の笑顔が弾ける輪の中で、ただ一人、男泣きしていた。試合後、メディアの前に立って第一声をこう発した。

「泣きました…。去年よりも任されることが多くなって信頼されていると感じていたので、責任を持ってプレーしようとやってきました。やり切ったというのは心の底から思います」

優勝の瞬間、ユニフォームで涙を拭いながらの男泣き(写真:加藤誠夫/アフロ)
優勝の瞬間、ユニフォームで涙を拭いながらの男泣き(写真:加藤誠夫/アフロ)

脳裏から離れなかった天皇杯逆転負けからの這い上がり

 涙の理由は2連覇への達成感や重責だけではなかった。彼にとっての今シーズンは、司令塔として乗り越えなければならない自分との戦いがあったのだ。

 安藤はクラッチシュートを決める勝負強さで何度もチームを救ってきたが、ゲームのクロージングにおいては課題もあった。とくに天皇杯準決勝の千葉戦は悔やんでも悔やみきれない逆転負けを喫した。

 残り30.7秒で1点リードしていたアルバルク東京は、難しい最後のポゼッションを安藤に託した。オフェンスの形は安藤の1対1で行くことを示したアイソレーション。試合の残り時間11秒、ショットクロックを残り5秒まで使って安藤は1対1を仕掛けた。富樫勇樹を抜いて目の前に道ができたことで突進してレイアップを放つが、ここでマイケル・パーカーから強烈なブロックを受ける。この時、残り時間は9秒。ブロックしたリバウンドを石井講祐がキャッチして富樫につなぎ、走り込みながら富樫のパスを受けたパーカーが一度は外すも、こぼれ球を残り0.5秒で押し込んだ。80-79、アルバルク東京は1点差で無念の敗退となった。

 

 終盤は田中も馬場もターンオーバーを犯して流れを切っていただけに、安藤だけを責めることはできない。しかし、ゲームの締めくくりを任された司令塔としてはやってはいけないミスだった。この時の安藤への指示は「残り時間をクリエイトして、最後はグッドショットで終わる」(パビチェビッチHC)ことだった。

「与えられた仕事ができなかったというより、やらなかったというほうが等しかった。ルカ(HC)はプルアップジャンパーのようなシュートで終わることを望んでいたと思うのですが、ディフェンスが空いたことで勝負の血が騒いでしまったというか、行けると思ってゴールに向かってしまいました。最後を任されてすごくうれしかったからこそ、あの負けのダメージは大きかったし、相当落ち込みました。もっと勝ちに貪欲に、冷静にならなければと責任を感じました」

 リーグ後半戦。安藤は天皇杯でのミスを挽回するかのように活躍し、ヒーローインタビューの場に幾度も立った。確実にチームへの貢献度は増していたが、それでも、千葉だけには勝つことができず、とくに富樫とのマッチアップでは意識しすぎて止められず、天皇杯を含めて1勝6敗と大きく負け越していた。

「自分自身、千葉戦だけは爆発が足りないというか、『やろう、やろう』と気持ちが先に出てしまって、気持ちと身体のバランスがうまく取れていません。でも、自分がここで崩れてしまうとチームの流れが悪くなることは学んでいるので、残りの試合とチャンピオンシップを通して成長していきます」と語っていたのは、目の前で千葉に東地区優勝を決められた4月14日。決戦に向けて集中力を切らすことはなかった。

 そうした思いで迎えた千葉とのファイナルでは、ゲームの出だしでは富樫にやられるシーンもあったが、徐々に対応し、特に点差をつけた3Qに富樫の足を止めたディフェンスは隠れたファインプレーだった。また、天皇杯でブロックされたドライブは、利き手の右指を2本脱臼しながらも、前半終了間際にロッカーモーションからティアドロップ気味のレイアップでギャビン・エドワーズのブロックをかわしてバスカンを奪う見せ場も作った。

 終盤、富樫の猛攻で千葉が追い上げてきたとき、ベンチに下がっていた安藤は残り4分半でコートに呼び戻された。そこからチームは少しだけ落ち着きを取り戻し、残り2分半、自身にとって「ファイナルのベストプレー」だと言う会心のアシストが飛び出した。ドライブで3人のマークを引きつけながら馬場にキックアウトしたプレーは、69点目となる最後のフィールドゴールを生んだ。そして、千葉の猛攻の前にターンオーバー0(ゼロ)でフィナーレを迎えたのだ。

「天皇杯の負けは本当に悔しくてショックだったんですけど、あの負けはリーグの優勝でしか取り返せないので、絶対に優勝するんだという気持ちでやってきました。そのためには僕が成長しなければならない。天皇杯のあとから毎日毎日、本当に毎日毎日…ずっとそう思いながら試合をしてきたので、優勝して本当にうれしかったです」

 心の底から勝利を欲していた千葉戦で、自身が乗り越えなければならない壁を突破できたからこそ、込み上げてきた涙だったのだ。

ポイントガードとして絶対的な存在になりたい

 いつでも強気なプレーは安藤誓哉の武器だ。逆に言えば、攻め気を失えば安藤の良さは出ない。手痛いミスをし、ブロックの洗礼を浴びても、攻め続ける勇気を持ち続けたことが、タフな司令塔へと成長させた。それくらい、天皇杯での悔恨は彼をメンタル面で強くした。

 同じポジションの後輩を正中岳城キャプテンは「司令塔はどんなことがあっても戦う姿勢を見せることが大事。そういう意味で彼は負けから学び、ひとつ大きな男になった」と認めていた。そうした強気な姿勢で挑む中で技術面で向上したところは、ファイナルで見せたように技の引き出しが増えたこと。ボールをプッシュし、1対1の駆け引きから得点ができるポイントガードという個性は、Bリーグでも際立ってきた。

「タレント揃いのチームでポイントガードとしてやっていくにはタフでないとできない。そういう思いでずっとやってきて、天皇杯の負けをバネにやれたことは精神的に強くなれたと思います。でもファイナルだけを見れば、オフェンスもディフェンスもまだ課題はあります。もっと暴れて、ポイントガードとして絶対的な存在になりたい」と男泣きをした司令塔は、飽くなき向上心でさらなる前進を誓っている。