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レアル・マドリードは「ミッション・コマンド」でマンチェスター・シティを撃破できるか?

小宮良之スポーツライター・小説家
欧州連覇に挑むアンチェロッティ監督(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

ミッション・コマンドの撓み

 レアル・マドリードを率いるカルロ・アンチェロッティ監督は、「撓ませる」スペシャリストである。「撓む」は、「他から力を加えられて弓なりに曲がる、しなう」を意味する。折れそうで折れない。力の作用をうまく逃し、形を変えて耐えながら挽回できる。戦場では、軍勢が相手の勢いを殺しながら守り、猛烈な反転攻勢を仕掛ける状況を表している。

<仕組みを作りながらも、臨機応変に動ける選手たちを配置し、ディテールの戦術判断はあくまで現場に任せる>

 ジネディーヌ・ジダン監督も同じ系統だろう。戦術システムを作り込まない。プレーの「余白」があることによって、自然と撓む動きとなるのだ。

 アメリカ軍が軍事作戦の基本とする「ミッション・コマンド」とも似ている。ミッション・コマンドは、決められた範囲内で行動の自由と速度及び主動性を促進させるため、集中型企図と分散型実行の補助性を組み合わせた指揮の方式を指す。局面においては各自が迅速に最適な判断。部下の能動性を信じ、先んじて戦況を動かす戦い方だ。

「マドリードの強さはよくわからない」とも言われる。しかし対戦したチームは、その懐の深さや分厚さに「王者の強さ」を見る。枠にはめた戦術ではなく、判断を任された選手が躍動するからだ。

 アンチェロッティ監督は、そうした選手主体の采配によって昨シーズンはマドリードを欧州王者に導いている。チャンピオンズリーグ(CL)決勝、リバプール戦は撓み折れず、劣勢をものにした。ラウンド16のパリ・サンジェルマン戦、準々決勝のチェルシー戦、準決勝のマンチェスター・シティ戦も悉く”粘り腰”の逆転劇だった。

 5月9日、連覇に向け、CL準決勝シティとのファーストレグが迫る。

アンチェロッティの魔法の言葉

「このチームが唯一やらないといけないことは、フットボールをプレーする、それだけだ。なぜなら、それを我々は上手にできるから」

 オサスナを下し、スペイン国王杯で優勝した後、アンチェロッティはそう語っている。イタリア人指揮官はピッチに立つ選手には裁量を与え、送り出す。仕上げに、魔法の言葉を用いる。

「もし彼がシーズン10得点、決められなかったら、監督ライセンスを破り捨てる」

 アンチェロッティ監督はシーズン開幕に向けて、そう公言していた。ウルグアイ代表MFフェデリコ・バルベルデが有り余るゴールセンスを発揮できていないことに対し、発奮を促すために用いたメッセージだった。しかし、一人のボスの言葉だけに重い。もし公約を破ったら、彼の威信は地に落ちていた。

 結果は、バルベルデがシーズン半ばで二けた得点を成し遂げた。

 アンチェロッティに目途は立っていたはずだが、何たる大胆さか。選手の能力を信じ、それを引き出した。必然的に、求心力は爆上がりだ。

慧眼で正しく人材を用いる

 また、今シーズンは左サイドバックのポジションで、フランス代表DFフェルラン・メンディが不調でケガも多く、危機に陥った。経験のあるオーストリア代表DFダビド・アラバやスペイン代表DFナチョのコンバートも選択肢だったが、二人はセンターバックとして貴重な戦力である。何よりマドリードの左サイドバックはロベルト・カルロス、マルセロが担当した歴史があるように、攻撃面で厚みを与えられる選手が優先だ。

「彼は適応力が高く、左サイドでダイナミズムを与えられる」

 アンチェロッティ監督は、そう言ってボランチのフランス代表MFエドゥアルド・カマヴィンガを左サイドバックにコンバートさせた。ハタチそこそこで、経験の少ない選手だが、その適性を見抜いたことになるだろう。ブラジル代表FWヴィニシウス・ジュニオールと連携し、予想以上のプレーを見せた。

「慧眼」

 それがミッション・コマンドの成功の基本と言える。正しい人材を用いることができなかったら、たちまち混乱し、成果を上げられない。

 そもそも、今やバロンドール候補にも名前が挙がる次世代のスーパースター、ヴィニシウスも、アンチェロッティが監督に就任するまでは波が激しいアタッカーだった。ドリブルだけを見れば、今と変わらず技巧的でスピードがあったが、決定力が低く、メンタル面の浮き沈みもあり、安定したパフォーマンスができなかった。

「もっと周りを見てパスを出せ」

 フランス代表FWカリム・ベンゼマにたしなめられるほどだった。

 しかし2021-22シーズン、劇的な変身を遂げた。その前のシーズン、ラ・リーガは3得点だったのが、17得点を記録。ジダン監督が我慢強く起用していたことも大きいが、それを結果で実らせたのは、アンチェロッティが「彼は必ずチームに勝利をもたらす」と期待と確信を込めて使ったおかげだろう。

シティ戦の展望

 さて、ジョゼップ・グアルディオラ監督が率いるシティは、マドリードよりも戦術精度は高い。準々決勝でバイエルン・ミュンヘンを粉砕したが、現時点で欧州最強だろう。ボール回しの繊細さだけでなく、動きのダイナミズムもある。ポルトガル代表MFベルナルド・シルバ、ベルギー代表MFケヴィン・デブライネの二人はチームを躍動させられる精鋭だし、アーリング・ハーランドの爆発力と決定力は欧州随一だ。

https://news.yahoo.co.jp/byline/komiyayoshiyuki/20220504-00294054

 しかしマドリードは”矢合わせ”から押して引いてを繰り返す中、のらりくらりと相手の強さを受け止め、弱点を見出せる。

 左サイドでは、ヴィニシウスが相手ののど元に突き付けたナイフのように映るだろう。一人ではなかなか止めきれない。クロアチア代表MFルカ・モドリッチもワンプレーで局面をひっくり返せるし、バルベルデの馬力は見物だろう。ブラジル代表FWロドリゴはエレガントなトータルフットボーラーだし、スペイン代表FWマルコ・アセンシオは左足の一刺しを託せる切り札だ。

https://news.yahoo.co.jp/byline/komiyayoshiyuki/20220215-00280809

 キーマンをあえて挙げるなら、ベンゼマ、ティボー・クルトワの二人になるだろう。ベンゼマは戦術を司る選手で、自らがゴールを決めるだけでなく、チーム全体の動きを潤滑にできる。クルトワも神がかったセービングで、試合の潮目を作れる。二人がはまると、自然とマドリードの好守は動き出すはずだ。

 ロースコアで推移するほど、アンチェロッティ・マドリードは局地戦で有利となり、撓みながら勝利を引き寄せられるのではないか。

「(シティとの第一戦があるホームの)ベルナベウでは、我々は後押しを受ける。12対11というアドバンテージで戦うことができるはずだ」

 アンチェロッティは言う。その言葉は選手だけでなく、マドリディスタ(マドリードファン)の血も滾らせる。やはり、人たらしのリーダーだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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