Yahoo!ニュース

ブラジル人ボランチが欧州を席巻。ボランチの極意とは。

小宮良之スポーツライター・小説家
メッシからボールを絡めとるカゼミーロ(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

ブラジル人ボランチの活躍

 ブラジル人ボランチが、世界を席巻している。

 2018-19シーズン、欧州王者のリバプールのボランチは、ブラジル代表ファビーニョである。今シーズン、リバプールはプレミアリーグを圧倒的な強さで制覇。ファビーニョは中盤の底で、チームをコントロールしている。

 2019-20シーズン、CLでベスト8になったチームでも、ブラジル人ボランチが目立つ。カゼミーロ(レアル・マドリード)は代表的で、ブルーノ・ギマランイス(リヨン)は評価を高め、そしてフェルナンジーニョ(マンチェスター・シティ)、マルキーニョス(パリ・サンジェルマン)の二人は傑出した戦術センスを生かし、センターバックとの併用だった。他にも、優勝したバイエルン・ミュンヘンのチアゴ・アルカンタラはスペイン代表だが、ブラジル人である(父はブラジルの伝説的ボランチマジーニョ)。

 ブラジル人ボランチは、何が秀でているのか?

ボランチの極意

 ボランチは、サッカー用語として今や当然のように用いられる。ブラジル・ポルトガル語で、ハンドルや舵を意味。センターMFとも言い替えられるか。4-3-3のシステムにおけるアンカー、インサイドハーフにも適応。中盤で攻守の中心となり、チームを操り、動かす役目だ。

「サッカーのプレーは二つの場面、どちらかからスタートします。ボールを持っているときと、そうではないときです。ボランチはその間に常にいると言えるでしょう」

 リーガエスパニョーラ史上最高のボランチの一人である元ブラジル代表マウロ・シルバは、ボランチ論をそう語ってくれたことがある。その説明は的確で、簡潔だった。

 最近は、トランジション(切り替え)がボールを持っている時、いないときに加えて語られる。しかし、トランジションは現象に過ぎない。実際には、持っているときと持っていないときの二つだけ。持っているときには失った場合のポジションを想定し、持っていないときは取り返した時のポジションを準備する。切り替わる瞬間の動きでは遅い。

 つまり、ボランチはポジション的優位を取って、予測する動きが不可欠なのだ。

マウロ・シルバの金言

「ボールを持っているとき、持っていないときのどちらかしかない状況で、ボランチはそのどちらも疎かにしてはいけません。常に正しいポジションを取る。味方を補完し、動かす必要があるのです」

 マウロ・シルバはそう言って、丁寧に説明を続けた。

「攻撃を司る、華やかな選手たちは不可欠でしょう。しかし、自分たちがボールを持っていないとき、相手のボールを奪うという役目ができる選手がいないと、たちまちバランスは崩れてしまいます。そうなれば、勝利は望めません。

 そこで、ボランチは基本的にボールを失った時に相手から取り返せる力が必要です。そのためには、常に相手よりも先んじたポジションを取って、味方を使って守れる、そういう状況を作り出せなければなりません。一方でボールを持ったら、できるだけ迅速に攻撃につなげ、また守備の準備をする。地味な仕事かもしれませんね」

 秩序と破壊の狭間で。ブラジル人ボランチは、その地味な仕事を高いクオリティでやってのけるのだ。

ブラジル人選手のキャラクター

 屈強な身体能力を生かし、相手を潰し、ゴール前に迫る。そうしたボランチは、どの国にも育っている。しかし、常に試合の流れを読み、ポジション的な優位を作り、必要ならファウルもいとわず、心理戦でも勝てるボランチは多くはない。さらに言えば、ブラジル人ボランチの多くは技術ベースが高く、単なる壊し屋に収まらないのだ。

 ヨーロッパリーグで優勝したセビージャのフェルナンドは、典型的なブラジル人ボランチだろう。ポルト、マンチェスター・シティ、ガラタサライなどでプレーしてきたが、スペイン1年目で一気に評価を高めた。老獪な振る舞いで、心理的に優位に立てる。いかにもブラジル人ボランチらしい。プレー強度に優れ、相手を潰し、押し返し、ポジションを失わず、攻撃を分断できる。ボールテクニックは華やかではないが、攻撃参加のタイミングは心得ているし、迫力もある。

ボランチの枠から外れても

 ボランチの枠から外れるような選手もいる。例えば、広州広大のブラジル代表パウリーニョは、中盤でブルドーザーのように攻撃を潰し、ミサイルのようなシュートを打ち、ゴール前に飛び込む。高い得点力を誇り、並外れたプレーインテンシティでチームを旋回させる。

 しかし、それはプレーキャラクターであって、ボランチとしての基礎はできている。

「私は、サッカーをよく建築に喩えます」

 マウロ・シルバはそう語っていた。

「建物を完成させるために、あなたはまず誰を呼びますか? デザイナー、建築士…彼らは華やかな職業かもしれません。しかし、彼らだけで建物は決してできあがりません。基礎を固めて、正しくレンガを積んで、セメントを打つ、名もなき職人や労働者たちがいなければいけないのです」

 単なる労働ではないだけに、それは哲学やスピリットの話だったのかもしれない。持ち場を守って、チームを勝たせる。そのためには脇役になれる。

 ハンドル、舵であることの流儀だ。 

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事