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バルサ、インテルで欧州王者に。エトーが求め続けたものとは?

小宮良之スポーツライター・小説家
ゴールで道を切り開いてきた男、サミュエル・エトー(写真:ロイター/アフロ)

 今年9月のことだ。

「The End」

 かつて欧州王者に輝いた元カメルーン代表ストライカー、サミュエル・エトー(38歳)は、自身のSNSで引退を示唆している。

 エトーはカメルーン代表としてアフリカ年間最優秀選手賞を最多4度受賞している。FCバルセロナ、インテル・ミラノで2シーズン続け、異なるリーグでチャンピオンズリーグ、国内リーグ、国内カップの三冠を達成。代表選手としてもシドニー五輪優勝、4度のワールドカップ出場など経歴は輝かしい。

 2018-19シーズンは、カタールのカタールSCに所属。18試合出場、9得点を記録していた。

 すなわち、最後の最後まで、ゴールで自らの道を示していたことになる。

 生涯通算、426得点。

 誇り高いストライカーが残した数字である。

ストライカーの匂いがした

 筆者が過去にインタビュー取材した中、最もストライカーらしさを感じさせた選手が、バルサ時代のエトーである。

 2005年1月、当時カンプ・ノウの脇にあった練習場で見たエトーは、まるで獅子のように勇ましかった。フランク・ライカールト監督から個人特訓を命じられると、約30分間にわたってシュートを放ち続けていた。PKスポットから、ゴールエリア外から、間断なくボールを蹴り込み、さらに様々な角度からのセンタリングをダイレクトでゴールに押し込む。凄まじい威力のシュートに、ビクトール・バルデス、ジョルケラという二人のGKがへとへとだった。

「いいぞ、ネグロ!」

 練習場のネット越しからは掛け声が飛んだ。ネグロは黒という意味で、先進国なら人種差別として糾弾されるが、当時のスペインでは差別意識そのものに対して鈍感で、「親しみが込められていればOK」という甘いところがあった。

 当のエトーは、とくに気にする様子もなく、シュートを打ち続けていた。集中したときの彼は雑念が入り込まない。さながら、狩りをする肉食獣だ。

「俺はいつだって、何者かになりたいと思ってきた。誰もが人生の中で演じる役割があるが、俺は主役になりたい。スタジアムで変身するヒーローになりたいのさ。俺はべらべらと喋る偽善者ではありたくない。ピッチに立つ自分を見て欲しいんだ」

 有言実行がカメルーンの英雄の流儀だった。

ゴールで道を切り開いた

<生来的なストライカー>

 エトーはそんな称号がふさわしい。

 1999年から5シーズン、在籍したマジョルカではゴールで救世主となって、スペイン国王杯優勝ももたらした。移籍したバルサでは5シーズン、平均20得点を記録。2005-06シーズンには、リーガエスパニョーラで得点王を受賞している。インテルでも2010-11シーズンには欧州カップ戦も含めて、29得点を叩き込んだ。

 三十代に入ってからも、チェルシー、エバートン、サンプドリアを渡り歩き、ゴールによって存在価値を示している。2015-16シーズンには、トルコのアンタルヤスポルと年俸330万ユーロ(約4億3千万円)で契約。36歳ながら、リーグ戦で22得点をたたき出した。

反骨精神の真実

 エトーは15歳でレアル・マドリーに入団し、マジョルカに期限付き移籍しているが、どれだけ活躍しても呼び戻されることはなかった。そこでバルサへの移籍を決断し、マドリーを相手にゴールを決めた(2004年11月のマドリー戦)。

「今日のようなゴールをするために俺は生まれた」

 彼は傲然と言い放ち、周囲からも「復讐達成」と称賛されている。

 しかし筆者がそれについて聞いた時、エトーは強烈な「ゴールの流儀」を捲し立てたのだった。

「俺は純粋に、ビッグゲームで勝ちたい。世間がどう思ったか知らないが、マドリーを倒して復讐だ、なんてくだらないね。マドリーで俺はガキから男になれたし、扉を開いてくれたことに感謝している。毎日、アフリカから欧州にボートピープルが生死をかけてやってくる。それに比べれば、空港に降り立てた自分は幸運だった。

 たしかにマドリーのように、相手が強ければ強いほど俺は燃える。でも、恨んだり、ネガティブな気持ちで挑むことはない。俺にとってフットボールは楽しいもので、情熱がエネルギーになっているからな。

 そもそも、俺はゴールに対して強迫観念はない。ゴールをすれば嬉しいが、チームの勝利が最優先で、パスがこなければフィニッシュもできない。お膳立てしてくれたボールをゴールに叩き込む。それだけのことだ。もちろん失敗するときもあれば、成功するときもある。PKは気分が良かったら蹴るが、それでゴール数を増やすなんてケチな考えだ。得点王にも興味はない。俺は男として誇り高く、雄大でありたいんだ」

 エトーは執着を美徳とせず、型にはめられることを嫌った。

戦いの果てにわかる人生

「アフリカから欧州に渡ってきたときから、“危険を冒さなければ成功は得られない”という主義でやってきた。成功は与えられるものではなく、勝ち取るものだ。自分を、我が強い人間だ、と実感するときはあるよ。考えていることはなんでも言っちまうし。けど、その気の強さが自分を後押しし、苦境でも助けてくれたんだ」

 エトーはピッチで生き方を示した。その不屈さが、人の心を動かしている。

「人生には苦しみがある。俺はそれを肌身で感じてきた。自分の辿り着きたい場所があるなら、怖れず立ち止まらずに戦い続けなければならない。結果がどうなるかは、戦いの果てにわかる。戦うべき今、全身全霊を出し尽くす。その姿を見て感じてもらえれば、俺はそれで満足だ」

 彼は道標になって、多くの人を勇気づけた。実際、エトーはバルセロナで財団を作り、後進たちに道を与えてきた。母国カメルーンから優秀な若者を集い、その挑戦を財団が支援。バルサの下部組織であるマシアに何人も送り込み、何人もがプロになって、ファブリス・オンドアのようにカメルーン代表になっている者もいる。

 英雄は去っても、作った道はそこにある。

「引退後は、しばらくゆっくり休みたい」

 エトーは言う。

「でも時が来たら、俺は監督になるつもりでいる。そして有色人種の監督として、初のチャンピオンズリーグ優勝を飾るのさ。グアルディオラ監督が選手を手足の如く使うようにね」

 夢はまだ終わらない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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