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神戸移籍はあるのか?イニエスタが最も輝くチームはどこ?

小宮良之スポーツライター・小説家
イニエスタとその家族。移籍する場合、一家で日本に来るという(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

「FCバルセロナの英雄だったイニエスタが退団したが、どのようなチームで輝けるのか? 」

 編集部からそうしたテーマで原稿を書けないか、と依頼された。言わずと知れた、「J1リーグのヴィッセル神戸がアンドレス・イニエスタ(33才、バルサ)に3年契約、年俸32億円で獲得オファー」というニュースが世界を駆け巡っているせいだろう。中国行きが濃厚と言われていたが、一転し、日本行きの可能性が浮上。大きな騒ぎになっている。ヴィッセルはクラブとして公式に接触したことを否定したが、バルサの胸スポンサーである楽天の三木谷浩史社長が単独で動いている可能性は否定していない。

 サッカー好き以外にとっては突然、話題に上がったイニエスタだが、どのようなサッカー選手なのだろうか?

世界最高のサッカー選手

 一言でいえば、世界最高のサッカー選手である。

 リオネル・メッシ、クリスティアーノ・ロナウドの二人は、たしかに記録的な偉業を成し遂げている。突出した存在であることは間違いない。チームが一番必要としているとき、貴重なゴールを奪う、無敵のヒーローと言える。

 しかし、イニエスタはサッカーを創り出せる。創造主というと言い過ぎだろうか。彼がボールを収め、弾くことで、スペースが生まれ、時間ができる。ボールを決して失わないことで、彼のタイミングでプレー。それによって、周りの選手たちが相手よりも余裕を持って生き生きとプレーし、感動的なゴールシーンにつながる。

 イニエスタ自身は強さも、速さも、体の大きさも、周りの選手と比べ、平凡なものだろう。しかし、ボールをどのように転がせば、好プレーが生まれるのか。瞬時に判断できる。「サッカーを芸術にする英知を授かった」選手と言えるだろう。

 十代からバルサ一筋でプレーしてきたイニエスタは、美しいサッカーで世界を席巻したバルサの栄光そのものに近かった。

 では、そのイニエスタはどのようなクラブで輝くのだろうか?

イニエスタの輝くクラブ

 はっきりと言うべきだが、その答えはまったく分からない。

 なぜなら、イニエスタはバルサにしか属したことはないからだ。

 スペイン代表としても欧州王者、世界王者に輝いているが、主力の多くはバルサの選手たちだった。つまり、似たような環境でプレーすることができていた。

 噂されているように日本でプレーすることになったら、今までよりもレベルを落とすことになるが、だからといって「無双のプレーを見せる」とは言い切れないだろう。

 サッカーは集団戦であり、それぞれの選手との呼吸が大事になる。当然だが、JリーグにはJリーグの、神戸には神戸の呼吸があって、そこでイニエスタが輝くには、どうしてもすり合わせが必要になる。(ブラジル人選手が世界中で活躍できているのは、そこが柔軟だからなのだが)摩擦が起きる可能性は十分にあるのだ。

バルサの特異性

 一つ忘れてはならないのは、「バルサは世界でも稀に見る特殊なサッカーをしている」という点だろう。ボールありき。その伝統の中で、選手の動きにはオートマチズムがあって、足下に出しているように見えても、予測してオートマチックに動いているからこそボールが足下へ入る。このオートマチズムに戸惑い、多くのスター選手も順応するのに時間がかかっている。逆説すれば、難解なオートマチズムの精度を上げることで、バルサは世界に冠たるチームになっているのだ。

 しかし、この特殊性が弊害を生むこともある。

 バルサの下部組織で育った選手の多くは、ボールプレーが身につきすぎてしまっている。外の世界に飛び出したとき、その不具合に悩む。例えば、「なんでそこでパスをつなげない!」「なぜそこで長いボールを蹴る!」と苛立ちの連続。羽ばたけずにもがくことになるのだ。

 イニエスタはバルサで功成り名を遂げた名選手である。並の選手ではない。

 ただ、下部組織出身でバルサ一筋の男である。メッシ、ルイス・スアレス、ブスケッツという超一流選手と共有してきた感覚も、一度リセットしなければならない。どこでプレーするにしても、同じ質は望めず、困難はあるはずだ。

日本でプレーする難関

「日本でもいきなり大活躍!」

 その予想は、楽観的すぎるだろう。

 まず、外国で暮らすストレスはある。家族全員での移住を考えているようだが、たとえどんなに周到な用意をしても、スペインと同じ環境は望めない。食事などはどうにかなっても、例えば日本の夏の湿度の高さは酷だろう。そして人との関わりによって生じる違和感の蓄積は、小さくないダメージとなる。当たり前だが、(通訳をつけようがつけまいが)言葉を話せないこともハンデとなるはずだ。

 サッカーはメンタルとコミュニケーションのスポーツで、海外でのプレーが初めての選手にとって、これは予想以上の難関となる。

 また、レベルの差は別にして、Jリーグとラ・リーガ(スペインリーグ)はプレーのリズムがまったく違う。

「せわしない」

 日本でプレーしたスペイン人選手は、Jリーグの印象を真っ先にそう語る。勤勉で良く動くとも言えるが、動きすぎてポジションを留守にしてしまっている場合もあって、その考え方の違いは大きい。スペインではディフェンダーを背負っているFWに反転できるように強いパスを足下に入れたり、パス一本とってもリズムが違う。

「日本人はシュートに対して消極的すぎる」

 スペインで長くプレーしたディエゴ・フォルランはそう洩らし、結局、フィットすることなく去ることになっている。プレー判断、選択、そしてテンポの違いで、齟齬が生じていたのだろう。

 そしてイニエスタにとって、32億円という年俸は重圧になる。どうしても、チームの中で突出し、浮いてしまう。本来は、それに見合ったチームメイト、監督が必要となるわけだが、それは望めず・・・。

イニエスタの真剣度

 それでも、もしイニエスタが神戸入団を決定したとしたら、朗報と言えるのだろう。

 なぜなら、真面目な彼は本気で挑戦に取り組むはずだからだ。

「3人の信頼できるフィジオセラピストを連れて行く」

 エル・ムンド・デポルティボ紙によると、イニエスタはそれを契約の条件に入れているという。フィジオセラピストとは、ケガの予防、回復などを専門とするトレーナー。万全の状態で挑む、というわけだ。

 人間的に誠実なイニエスタが、「年金目的」で日本に来るとは思えない。

 イニエスタのプレーに触れる。

 それは神戸の選手にとって、異次元の世界との遭遇だろう。サッカーの奥深さを知ることになるに違いない。他のクラブの選手にとっても、対戦に胸が躍るはずだ。

 もっとも、移籍先候補は二転三転してもおかしくない。中国の重慶力帆も、まだ交渉を打ち切ってはいない様子。アメリカのMLSやオーストラリアも候補に挙がっている。

 たとえ、どのチームに行くとしても――。そのプレーは、観客を沸かせるに違いない。それこそ、バルサの本拠地であるカンプ・ノウで起きた奇跡だった。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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