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柴崎岳の「スペイン移籍報道」の真相とは?

小宮良之スポーツライター・小説家
スペイン移籍報道で渦中の人になった柴崎岳(写真:伊藤真吾/アフロスポーツ)

2部テネリフェへの移籍が報じられた柴崎岳だが、ここ数日、「スペイン移籍報道」は過熱し続けた。1部ラス・パルマスへの移籍がまるで決まったかのような様子だった。

「移籍秒読み!」

「背番号10の可能性」

「移籍合意!?」

そこまで具体的に報じるメディアもあった。しかし本人が渡欧する頃になって暗雲が立ちこめ、突如として二転三転する報道が多くなる。

では、実状はどのようなものだったのか?

柴崎は本当に求められた選手だったのか?

柴崎は鹿島アントラーズのMFとして、クラブワールドカップ決勝でレアル・マドリーを相手に2得点を叩き込んでいる。それを名刺代わりに、柴崎サイドはいくつかのクラブに売り込みをかけた。

「なんとしても、スペインで」。本人の強い希望もあったようだ。

ラス・パルマスのフロント関係者の一部が「興味を示した」のは事実だろう。そこで柴崎サイドとの接触があったのも間違いない。しかし熱烈なオファーに一部の人間が関心を寄せたものの、それ以上は発展しなかった。

それが真相である。

「得点力のあるセカンドストライカーで、サイドもできる選手を少なくとも一人、もしくは二人」

ラス・パルマスの冬の補強ポイントは明確だった。スピードがあって、独力で打開、もしくはフィニッシュする能力の持ち主。移籍マーケットを通じ、ずっと接触を続けてきたヘセ(パリSG)はまさに適格だった。ヘセはラス・パルマス出身者でもあり、マーケット締め切り直前で契約が成立している。他にバルサがパスを所有するアレン・ハリロビッチ(ハンブルク)も要求に合う左利きサイドアタッカーで、レンタル移籍が成立。他の候補に挙がったホナタン・カジェリ(ウェストハム)、エルナン・トレド(フィオレンティーナ)も同じタイプだった。

一方、柴崎は両足を使えるテクニカルなMFだが、スピードを用いて崩し、ゴールを陥れるタイプではない。

「外国人選手を放出し、柴崎のために空けた」などという報道もあったが、セルヒオ・アラウホは規律違反が甚だしく、そもそも放出候補だった。アラウホがAEKアテネに移籍した外国人枠は、カジェリのためのもの。ただ思った以上に、ウェストハム(カジェリ)との交渉が難航し、破談した。

ここで枠だけの話で言えば、柴崎という選択肢も残った。移籍金が不要で年俸も30万ユーロ程度で契約できるなら、マーケティングで回収できる。最悪、日本市場に戻せば元は取れるだろう。

それでも話は進まなかった。

そもそも、戦力として見なされていなかったのだ。

移籍の噂が出始めた折、ラス・パルマスの指導コンサルティングの立場でトレーニングに関わっているファン・カルロス・バレロンにメールを入れたところ、その答えは明確だった。

「まったく聞いていない。その選手のことを知らなかった」

つまり、現場レベルでの話になっていない。柴崎獲得が、クラブの総意ではないことは確認できた(最終的には、監督判断で補強終了)

もっとも、柴崎の移籍が成立する可能性はゼロではなかった。なぜなら、フロントの一部関係者が強い主導力を持っている場合、契約に至ることがある。例えば、昨シーズンのラージョ・バジェカーノは中国人選手を強引にフロントが獲得。これに現場の監督が猛反発するという事件が起きた。ラージョには中国スポンサーが付いて大金が入ったが、結局、チームは2部へ降格している。

「日本企業のスポンサーが付いて、行政とタイアップして観光収入も見込めるなら」

スペインにはいまだにこんな感覚のクラブが存在している。それだけ日本人選手が甘く見られているということだが、エイバルの乾貴士がようやく定位置を確保したくらいでは、国民的認識までは変わっていない。

この移籍報道の過熱(というより迷走?)は、ラス・パルマスの現場への接触がほぼなかったことがもたらした「まぼろし」でしかない(日本での記事の出所は交渉中のラス・パルマスではなく、鹿島サイド、もしくは代理人の取材が主)。その証拠に、現場を知っているスペイン現地報道は柴崎について冷淡さを貫き、「どうやら移籍合意と日本で報じられているそうで」と捨てネタの一つにしか扱わなかった。マドリーを相手に2得点した日本人メディアスターが猛烈にラス・パルマスに来たい、というのは悪い気はしないだろう。

「クラブにオファーがあった柴崎はテストに不合格」

1月29日、地元で最も信用度の高いラス・プロビンシアス紙はあっさりとしているが端的な見出しで、移籍騒動に終止符を打っている。この文言がすべてを物語る。なにも始まってはいなかったのだ。

2部のテネリフェへの移籍は、柴崎にとって次善の結末になったかもしれない。大いなる飛躍のチャンスであることは間違いないだろう。しかしポジションは確約されていない。

柴崎はすべてをかなぐり捨てる覚悟を決められるか――。2部と侮ったら地獄。修羅の道である。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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