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ハリルホジッチは本当に名将なのか? 東アジアカップに向けて。

小宮良之スポーツライター・小説家
東アジアカップに向けたメンバーを発表するハリルホジッチ。(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

7月23日、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は東アジアカップに出場する日本代表、23人のメンバーを発表している。

ハリルホジッチ監督は、「選手発掘」と「結果」を両立させることを約束。とりわけ、後者を強調した。そのために必要なことについて、「得点する選手を見つけることが一番大事」と語った。それは直近の試合がスコアレスドローに終わったことへの危機感もあるだろうか。当然のことだが、プロは勝ち負けで判断されるもの。力が著しく劣るシンガポールを相手に670本パスを通そうが、1点も取れないでは正当性も空論となる。

改めて、ハリルホジッチとはどんなパーソナリティのリーダーなのだろうか?

代表監督就任から約4ヶ月が過ぎたが、ボスニア系フランス人監督は少なくともマスコミの人気を集めている。会見を自らの判断で長くして記者に接するするなど、リップサービスが巧み。前任者のアルベルト・ザッケローニは石橋を叩いて渡る、慎重な人物で「つまらない」とマスコミに悪評を叩かれたが、現監督は歯に衣着せぬ発言で個人選手への言及も遠慮なくするため、記事やニュースにしやすいという点も挙げられるだろう。

「伝えたい」

その思いが強い監督であることは間違いなく、自分の中で明確な定義と答えを持っており、とにかく饒舌である。

その一方で、「喋りすぎる」という見方もある。例えば東アジアカップに向けた会見でも、「中国のピッチ状態には問題(観客の反応を含めて)がある」と言った後で、「そんなことは言い訳にならない」と強い口調で断り、「やはり逆風にはなりうる」と巧妙に弁解の余地を残して置く。こうした回りくどく伏線を張るやり方は、リーダーとして"腹が据わっていない"とも捉えられかねない。

また、一部のマスコミは飛びつくが、彼は数字データを持ち出しすぎる傾向もある。

「20%はフィジカルを向上できる」

イラク戦後、ハリルホジッチは高々と宣言していたが、それは試合11kmを走る選手が13.2kmで走り、時速30kmの選手が36kmにスピードアップすることを意味する。これは到底、現実的ではない。向上心を高めるのは一つの策かもしれないが、煽るのは上策ではないだろう。そもそもフットボールとはアスリート競技の一面があるとは言え、相手の裏を取れたらスピードは一瞬で逆転できる競技なのである。

もっとも、ハリルホジッチがサッカー監督として放つ空気には、威風すら漂う。言葉がすらすらと出て、コミュニケーション力の高さはプロとしての魅力なのだろう。「劇場型」と言われるジョゼ・モウリーニョ(チェルシー)と通じるモノがあり、壇上で"演説"する姿は鋭敏に映る。言葉の魔術師としては、イビチャ・オシムにも重なるところがあるだろう。体脂肪率を基にした指示などは管理主義的な色合いも強いが、それは本人の自制心や自律心の現れとも言える。己の理論を披露し、周りとの意思疎通を高め、その反応でさらに自信を深めるパーソナリティの持ち主だろう。

しかしながら発信性の強いタイプの強権リーダーは、結果が伴わないと周りの理解や支持を失い、孤立する。

愚鈍に見える名将とは

一方で、名将と呼ばれる監督には見たところ明敏さに欠け、"愚鈍ではないのか"と思わず疑ってしまう人物もいる。

かつてバルサで黄金期を創ったオランダ人監督フランク・ライカールトは、監督室でたばこの煙をくゆらすばかりで、練習が始まっても現場になかなか出ていかなかった。コーチを務めていたテン・カートにトレーニングは任せきり。チェーンスモーカーは切れ者の印象とは程遠く、失礼ながら「名選手が昔取った杵柄で指揮を取っている」ようにさえ見えた。

しかし、事実はまるで違った。

ライカールトは選手にとってもスタッフたちにとっても、親分的存在だったのである。とりわけ参謀役のテン・カートは、ライカールトに全面的に信頼されることで力を発揮していた。規律を守れない選手を面罵するテン・カートに対し、ライカールトは口出しをしなかった。ライカールトはテン・カートらコーチスタッフに信用を与え、実績を上げさせていた。

鷹揚さ。

そんなパーソナリティと言えるだろうか。

いつも厳しいコーチとは対照的に、ライカールトは選手たちに心から慕われていた。彼はまるでカラッポの大きな袋のようで、そこにいろんな者が入り、様々に形が変わるようだった。人を許容できるのが強みで、袋の大きさはとにかくバカでかい。ロナウジーニョを覚醒させたのも、カルレス・プジョルのキャプテンシーを見抜いたのも、アンドレス・イニエスタの才能を解き放ったのも、そしてリオネル・メッシをデビューさせたのも彼だった。選手だけでなくあらゆる人材を引き寄せ、仕事を与え、好きにさせて成果を上げさせる異能があったのである(キャラクターは異なるが、アトレティコ・マドリーのシメオネも親分肌で、モノ・ブルゴスなどスタッフを用いるのが上手く、彼自身は細かいことに口を出さず、統率をすることを心がける)。

「フットボールはエモーションだ」

ライカールトは簡潔に言い切り、あとは選手のプレーを信じられた。それは自身が、アヤックス、ACミラン、そしてオランダ代表として様々な栄光に浴し、"選手の立場でものを考えられる”という事情もあっただろう。常に寛大に構え、ピッチでの自由を奨励した。メディアとは最小限の言葉を交わすだけで、必要以上に戦略を説明してはいない。数字を持ち出すなど、もってのほかだった。なぜなら、ピッチでは選手の感情、メンタル次第で、局面が目まぐるしく変わるからだ。

ただし、ライカールトは「中身次第の指揮官」だったとも言える。テン・カートが去った後は制御を失っているのだ(ちなみにライカールトはガラタサライ、サウジアラビア代表を率いたが結果を残せず、2013年には監督廃業を仄めかした)。

リーダーとして、完璧なパーソナリティは存在しない。キャラクターや振る舞いに正解はないと言える。一つたしかなのは、監督は結果に応じてその手柄を誇れる反面、すべての責任を取る立場にいるということだ。

何百試合を観たかは関係ない。

翻って、ハリルホジッチも試合で正当性を証明する必要がある。

「520試合のビデオを観た」と誇った指揮官は、その結果、シンガポールにさえも勝てない無様を晒した。代表メンバー選考で自分やスタッフが何試合ビデオで見たのか・・・その本数を誇るのは、漫画家やパティシエがどれだけ試作品でボツを出したか、改良を重ねたのか、を読む前、食べる前に教えられるようで間が抜けている。

8月1日から中国で開幕する東アジアカップ、日本は2日に北朝鮮、5日に韓国、9日に中国と対戦する。内容と結果の二つが問われるだろう。

2018年に開催されるロシアW杯へ向けた大会。本田圭佑、岡崎慎司、長友佑都、内田篤人、長谷部誠、川島永嗣ら2010年の南アフリカW杯でベスト16に入ったときのメンバーを脅かす、新鋭の台頭はあるのか。8年間も代表の主力が変わらないのは緊急事態に近い。例えばGKの3人、東口順昭、西川周作、権田修一(ケガで六反勇治が招集)はほぼ横一線。川島が所属クラブで正GKの座を失う中、気概を見せるまたとない機会だろう。また、レッズから選出された武藤雄樹はスペースを見つけ、そこを執拗に抉れるアタッカーであり、着実に成長を続けている。

結果としては、連覇が至上命題になるだろう。2013年夏、同大会を戦ったアルベルト・ザッケローニ監督は「優勝」というタイトルを持ち帰った。はたして、アジアのサッカー強国として畏怖される存在であり続けられるか。その真価が問われる。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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