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こうすれば、子どもを犯罪から守れる 黄色い帽子が犯罪者を誘う? #子供 #防犯

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

動物は子どもに大人気。そのため、子どもを守る方法として、動物の行動をまねしようと教えてみてはどうだろう。ぜひ取り入れていただきたい学習法だ。題して「続・動物のサバイバルに学ぶ防犯」。

前編はこちら

動物たちの見守り活動

南アフリカのリスク・マネジメント専門家ガート・クレイワーゲンによると、すべての草食動物のサバイバルに共通する要素は「早期警戒」だという。

サバンナで早期警戒する動物として、最も有名なのはミーアキャットである。ミーアキャットはマングースの仲間で、体長は30センチ。ワシ、ヘビ、ジャッカルが天敵だ。そのため、上空からの襲撃と、地上での攻撃の双方を警戒しなければならない。

そこで、ミーアキャットは、四足歩行でせわしく動き回りながらもしきりに止まり、後ろ足だけで立って背伸びしながら周りを見渡す。

早期警戒するミーアキャット(オーストラリア・ウェリビー野外動物公園) 筆者撮影
早期警戒するミーアキャット(オーストラリア・ウェリビー野外動物公園) 筆者撮影

ミーアキャットの群れには、見張り役もいる。その任務は、大人のミーアキャットが交代で果たしている。まるでシフト制の警備員のようだ。見張り役は高い場所を選んで任務に就く。

警戒任務の遂行中、担当のミーアキャットは鳴き続けている。ほかのミーアキャットが安心して食糧探しに専念できるよう、安全であることを知らせているのだ。

ひとたび外敵が現れると、ほえて危険を知らせる。その声は、地上の敵の場合は短く、空中の敵の場合は長く発せられる。警報が出されると、ミーアキャットは、直ちにそろって最寄りの巣穴に逃げ込む。

ケンブリッジ大学のアレックス・ソーントン研究員によると、ミーアキャットは、人間以外で初めて、能動的な社会教育の存在が確認された動物だという。それまで、人間以外の動物は、受動的な行動観察である「学習」はできても、能動的な学習支援である「教育」はできないと考えられていた。

しかし、ミーアキャットは、子どもたちに、たとえ自分の子どもでなくても、生きた食べ物の扱い方を教えている。その方法は、成長段階に応じて難易度の異なる課題を与えることだ。

例えば、サソリの食べ方を教える場合には、最初は毒針を抜いてからサソリを与えるが、子どもが経験を積むと、生け捕りのままで与える。

このように、ミーアキャットの社会では、防犯であろうと教育であろうと、チームワークにプライオリティが置かれている。

イギリスの動物学者デイビッド・アッテンボローが形容したように、「一人は皆のために、皆は一人のために」が当てはまるのが、ミーアキャットの社会なのである。

こうしたチームワークの精神を見習おうと、ロンドン警視庁は、地域防犯活動(ネイバーフッド・ウォッチ)のロゴマークのモチーフに、ミーアキャットを採用した。地域住民同士で見守り合い、助け合おうというわけだ。

ミーアキャットをモチーフにした防犯活動(イギリス・ロンドン) 筆者撮影
ミーアキャットをモチーフにした防犯活動(イギリス・ロンドン) 筆者撮影

シマウマの集団戦略

チームワークと言えば、シマウマも忘れてはならない。シマウマのしま模様は、天敵を混乱させることができる。夜行性のライオンやハイエナは、白黒映像(明暗差)で物を見ている。

そのため、シマウマが群れれば、個々のしま模様が複雑につながり、一頭一頭の輪郭がはっきりしなくなる。集まることでターゲットの存在を消しているわけだ。

しかし逆に言えば、群れから離れたシマウマは相当に目立つ。孤立したシマウマは、格好のターゲットだ。群れからはぐれないためには、互いの姿が見つけやすいことが必要である。白黒の鮮やかなコントラストは、それにも役立つはずだ。シマウマが群れれば、敵の早期発見も容易になる。

だまし絵のようなシマウマ(南アフリカ・クルーガー国立公園) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)
だまし絵のようなシマウマ(南アフリカ・クルーガー国立公園) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)

目立つシマウマが狙われるように、黄色い帽子で目立つ子どもは狙われる。群馬県高崎市で小学1年生を殺害した犯人は、弁護人への手紙に「黄色い帽子が目印になる」と書いている。また、三重県で30件の連れ去り事件を起こした犯人は、新聞記者への手紙で「黄色い帽子をかぶっているから目隠しには十分」と説いている。

黄色い帽子の子どもはこんなふうに見える? 写真(筆者撮影)とイラスト(イラストAC)の合成
黄色い帽子の子どもはこんなふうに見える? 写真(筆者撮影)とイラスト(イラストAC)の合成

加えて、この犯罪者たちは、子どもが1人のときに狙うと言っている。1人の方が複数のときよりだましやすいからだ。実は、警察庁の調査によると、子どもの連れ去り事件の8割は、だまされて自分からついていったケースだ。

とすれば、「最もだまされやすい1年生」という情報を犯罪者に教えるのは危険なはずだ。したがって、交通安全を願って「黄色い帽子」をかぶらせるなら、それでも狙われずに済む方法を、「地域安全マップづくり」を通じて教えるべきだろう。

地域安全マップづくりの記事はこちら

以上述べてきたように、サバンナの弱者にとっては、チームワークと早期警戒がサバイバルの両輪である。

翻って人間社会を眺めると、「犯罪弱者」である普通の人々が、チームワークと早期警戒を、防犯の中心に置いているようには見えない。そのため、残念ながら、防げる事件も防げていないのが現状だ。

「身を守る術は、景色の中にあり」

厳しい環境にありながらも、けなげに生きる動物の姿は、安全を軽んじる人間への痛切なメッセージである。アフリカのサバンナで生存し続ける草食動物――それは子どもたちにとって貴重な教師になるに違いない。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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