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マスコミの犯罪報道は防犯に役立つのか? 予測に必要なのは「犯人の特殊事情」ではなく「犯行現場の特徴」

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:写真AC)

ゲームや失業が犯罪原因なの?

事件が起きるとマスコミは、「なぜあの人が?」というアプローチから、犯罪の動機をもたらした「性格や境遇」を繰り返し報道する。このアプローチは、犯罪の原因を明らかにしようとするものなので、「犯罪原因論」と呼ばれている。

しかし、海外の防犯対策では、犯罪原因論は支持されていない。犯人の異常な人格や劣悪な境遇に犯罪の原因があるとしても、それを特定することは困難であり、仮に特定できたとしても、その原因を取り除くことは一層困難であると考えられているからだ。

犯罪原因論が取り扱う犯罪原因は無数にある。現実には、無数の犯罪原因が複雑に絡み合って、犯罪を引き起こしているに違いない。しかし、マスコミは、犯罪の原因を特定しようとする。マスコミの性質上、それは仕方がないことかもしれないが、犯罪原因を単純化すればするほど、真実から遠ざかってしまう。

例えば、マスコミは、しつけに厳格な家庭で育てられた子どもが非行に走ると、「厳しい親」が犯罪原因だと言うが、しつけに無関心な家庭で育てられた子どもが非行に走ると、「甘やかす親」が犯罪原因だと言う。これでは、どのような内容のしつけが犯罪原因になるのか、さっぱり分からない。「規制」と「放任」の間をさまよう家庭に、具体的な指針を示すのは簡単なことではないのだ。

またマスコミは、ゲームが好きな子どもが犯罪を起こすと、「ゲーム」が犯罪原因だと言い、失業した人が犯罪を起こすと、「失業」が犯罪原因だと言うが、ゲームが好きであっても、あるいは、失業しても、犯罪に走らない人の方が圧倒的多数だ。そのことを、マスコミは、どう説明するのだろうか。

仮に、ゲームや失業が犯罪を生むとしても、ゲームが好きな子どもの中から、あるいは、失業した人の中から、犯罪を起こしそうな人を選別することができるのか。さらに、ゲームや失業を、この世からなくすことはできるのか。そもそも、ゲームや失業は、社会にとって「悪」なのか。

さらにマスコミは、しばしば、犯人が患っている精神的な病気に注目し、特定の病名を犯罪原因として報道する。しかし、病名は症状の呼び方であって、症状の原因ではない。

報道すべきなのは、犯人の症状がどのような病名で呼ばれているかではなく、なぜそのような症状が発現したのか、どのようにしてその症状が犯罪に結びついたのか、ということであるはずだ。

警察は動機の追及なんかしていない

時には、小学校の卒業文集を引っ張り出してきて、こう書いてある、ああ書いてあると、その時点で犯罪は予測できたとでも言いたげな報道もある。しかし、卒業文集を読んだだけで、犯罪を予測できるのであれば、その時点から、その子どもを犯罪者扱いしなければならなくなってしまう。

結局、原因がよく分からないから、「心の闇」とか「コロナ禍」といった空疎な言葉で煙に巻く報道も多い。

また、マスコミは、「警察は動機の本格的な追及をする方針」としばしば伝えるが、警察では、そんなことはしていないので、これは誤報である。法律にもそんな職務は書かれていない。警察には、動機解明の専門家は配置されていないのである。

裁判も同様だ。検察官も裁判官も、犯罪心理の専門家ではなく法律の専門家である。つまり、警察や裁判所の仕事は、事実の確定であって原因の確定ではないのだ。だからこそ、刑事司法機関は、法執行機関と呼ばれている。

もちろん、供述調書には動機が書かれるが、その内容は、警察の上司、検察庁、そして裁判所を納得させられるものであるかどうかが重要なので、それが本当の動機である保証はない。つまり、あり得そうな動機が語られれば、それ以上追及する必要はないのだ。

この点については、カミュの小説『異邦人』が的確に描いている。要するに、裁判が終わるまでに、動機を手がかりにして、犯罪の原因に迫ることは期待できないのだ。

差別につながる犯罪報道

このように、「なぜあの人が?」というアプローチには、犯罪予測を期待できない。にもかかわらず、マスコミが「なぜあの人が?」を繰り返せば、一般の人が防犯を考えるときも、必然的に「人」に関心が向いてしまう。

しかし、「人」に注目していると、防犯効果がないだけでなく、差別や排除が生まれ、人権が侵害されてしまう。

例えば、犯罪原因論は、「動機がある人」という意味で、「不審者」という言葉を生み出したが、外見上識別不能な「不審者」を無理やり発見しようとすると、平均的な日本人と外見上の特徴が異なる人の中に「不審者」を求めがちになる。犯罪原因論は、犯罪者と非犯罪者との差異を強調して、犯罪者を特別視するからだ。

その結果、これまでにも、知的障害者、外国人、ホームレスが不審者扱いされてきた。

「不審者」という言葉が幅を利かせているのは、世界中で日本だけである。海外では「不審物」は使っても「不審者」は使わない。したがって、この点に関する日本の常識は、世界の非常識と言わざるを得ない。

海外では、「犯罪原因論」は犯人の改善更生の分野を担当し、防犯の分野は「犯罪機会論」が担当している。

改善更生の分野なら、犯罪原因を本格的に追究できる専門家が用意されているので、犯罪原因論が活躍できる。

しかし、防犯の分野では、犯罪原因論は有効性と有害性の両面で大きな問題を抱えているので、担当するにはふさわしくない。代わって登場したのが「犯罪機会論」だ。

「場所の景色(入りやすく見えにくい)」に注目する犯罪機会論なら、見ただけで安全と危険を識別できるので、街頭犯罪の予測が可能である。

サイバー犯罪や詐欺も、「システムの特徴(領域性と監視性)」から発生確率を予測できる。

つまり、犯罪機会論には防犯効果が期待できるのだ。

さらに犯罪機会論は、「人」には一切興味を示さないので、偏見や差別という副作用もない。

いつになったら、マスコミは、犯罪原因論的な報道が、効果がなくしかも有害であることに気づくのだろうか。早く気づいて、真に国民のために、犯罪機会論に基づく予測方法を広めてほしいものだ。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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