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北方領土にロシア空軍の戦闘機が展開 演習か、常駐か?

小泉悠安全保障アナリスト
択捉島に展開したのと同型のSu-35S戦闘機(写真:ロイター/アフロ)

択捉島に新鋭戦闘機が飛来

 北方領土訪問について2回にわたって報告したが(「北方領土に行ってみた(再訪)」「北方領土に行ってみた(再訪)-2」)、今日になって新たなニュースが飛び込んできた。

 択捉島のヤースヌィ空港にロシア空軍のSu-35S戦闘機が飛来したというもので、地元紙「サハリンインフォ」が2018年8月3日付で報じた。問題の記事に添付された写真によると、少なくとも3機のSu-35Sが駐機場に駐機していることが確認できる。

 注目されるのは、これが「試験戦闘配備」であるとされている点だ。

 ロシア軍の用語でいう「試験戦闘配備」とは新型兵器の部隊テストなどを指すが、Su-35Sは100機近くがロシア空軍に配備されており、すでに実戦配備段階に入っている。となると、択捉島における「試験戦闘配備」とは、戦闘機部隊を択捉島に常駐させることを念頭に置いた展開である可能性が考えられよう。

 地上要員を伴っていることからしても、ある程度の期間にわたって展開することを念頭に置いていることは間違いない。

進んでいた展開準備

 その兆候は今年に入ってからすでに見られていた。

 今年1月、ロシア政府は、それまで民間空港とされていたヤースヌィ空港の管轄官庁に国防省を加える政令を発出しており、これによって同空港は軍民共用化された。また、衛星画像による分析では、今年の春頃にヤースヌィ空港に新型の着陸支援システムが設置されたと見られていたが、今回の訪問で筆者らの訪問団が同空港の近傍を通過した際、計器着陸システムと見られるアンテナ装置を実際に確認することができた。

着陸支援システムは悪天候(北方領土ではしばしば濃霧が発生する)でも航空機が離発着できるようにするものであるから、必ずしも軍用設備というわけではないが、軍用機の展開を見据えた近代化であった可能性は排除できない。

 3月には、同じ択捉島の軍用飛行場ブレヴェストニクにSu-35Sが着陸しており、今後の戦闘機の展開に向けた布石ではないかとも考えられていた。冷戦期のソ連軍は択捉島にMiG-23戦闘機を配備していたが、ソ連崩壊後に部隊は解体されており、この着陸は北方領土におけるおよそ20年ぶりの戦闘機展開であった。ただし、この際に着陸した2機は給油ののち、ただちに離陸している。

演習か、常駐か?

 そこに来て、今回のSu-35S部隊の「試験戦闘配備」である。

 その意味するところは二つ考えられよう。

 第一は、今年9月に予定されているロシア軍の極東大演習「ヴォストーク2018」を見据えたものという可能性である。前回の「ヴォストーク2014」でも択捉島には大規模なヘリ部隊が展開したが、今回は戦闘機部隊も北方領土を拠点として訓練に参加するものと考えられよう。

 しかし、第二に、「サハリンインフォ」の記事からは、戦闘機部隊の展開がより長期化しそうな雰囲気が感じ取られる。

 たとえばヤースヌイ空港運営当局のミトロファノフ空港長代行の次のような言葉を引用してみよう。

「私たちの空港が空の守り手を受け入れられるよう、大変多くの人々の努力が注ぎ込まれました。配備の開始は、ロシアの兵器の力を実感できる新たな契機です。皆さんの勤務が順調で陰りなく、暮しが常にうまくいきますように」

雨はよき兆し

 また、択捉島を管轄するクリル地区のロコトフ地区長は、戦闘機の到着に際して雨が降ったことについて次のように述べた。

「雨はどんな始まりにとってもよき兆しであるとされています。(中略)択捉島では様々な兵科を代表する人々が勤務しており、ここに戦闘機パイロットの皆さんが加わりました。皆さんがこの大きな家族に加わったことをお祝い申し上げます」

 そのうえで、「ここで暮らし、祖国を守る人々の生活が快適でおもしろいものになるように」地域を挙げて協力するとも付け加えたとされている。

 以上のように、現地当局者たちの発言は明らかに戦闘機部隊が長期にわたってこの島に常駐することを念頭に置いているように聞こえる。戦闘機の到着に当たって地区長が出迎えを行っていること、空軍側からは極東を担当する第11航空・防空軍副司令官というそれなりの人物がわざわざ択捉島まで出向いていることも注目されよう。

 きわめつけは、「サハリンインフォ」による次のような論評であろう。

「試験戦闘配備は、国境防衛のための本格的な(恒常的な)配備の第一段階である。今後の2ヶ月間(10月まで)、パイロット、技術要員、空港の地上職員は、共同作業が自律的に進むようにしなければならない」

 ロシアが北方領土における戦闘機配備を再開しようとしていることはほぼ明らかであろう。

9月を前にして

 ロシアは近年、北極海やオホーツク海の弾道ミサイル搭載原潜のパトロール地域を防衛すべく、国境地域における防衛網の強化を進めてきた。オホーツク海の南端に当たる北方領土における軍事力強化も、純軍事的にはその一端を担うものではある。また、前述した極東大演習「ヴォストーク2018」が間もなく始まることを考えれば、それを前に戦闘機が展開してくることにも一定の軍事的合理性は認められる。

 ただ、「ヴォストーク2018」開始直前の9月11-13日にはウラジオストクで東方経済フォーラムが開催されることになっており、この枠内では日露首脳会談も予定されている。こうしたタイミングで20年ぶりの戦闘機配備にロシアが踏み切ったとすれば、そこに何の政治的意図もない(あるいは政治的影響を見込まない)と考えるのはナイーブの謗りを免れ得まい。

 日本側としても7月31日の日露外交・防衛閣僚会合(2プラス2)において、北方領土での軍事力強化や演習活動に「冷静な対応」を求めたばかりである。

 北方領土問題をめぐる将来について厳しい認識を新たにして帰途についたばかりではあるが、その今後が容易ならざることを改めて認識させられるニュースであった。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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