北方領土に行ってみた(再訪)

国後島行政当局との記者会見では日露の国旗がスクリーンに表示された

 2018年7月28日から30日に掛けて、北方領土の国後島と択捉島を訪問してきた。

 筆者は2013年にも両島を訪問しているから、5年ぶりの再訪ということになる(「北方領土に行ってみた」を参照)。

 この5年間で北方領土はどう変わったのか。また、前回の訪問後に安部政権が打ち出した「新しい考え方に基づくアプローチ」は北方領土をめぐる日露関係をどのように変えようとしているのか。以下、現地での見聞を元に考えてみたい。

北方領土問題のマスコット、エリカちゃんと筆者(以下、写真はすべて筆者撮影)
北方領土問題のマスコット、エリカちゃんと筆者(以下、写真はすべて筆者撮影)

「入域」

船上から望む古釜布市
船上から望む古釜布市

 北方領土へは、船で「入域」する。

 「入域」というのは、あくまでも「入国」ではないことを示す日本政府の用語だが、その実態は「入国」そのものであると言わざるを得ない。

27日の夕方に根室港を出発するとその日のうちに国後島の主要都市である古釜布(ロシア名:ユジノ・クリリスク)沖に到着するが、実際に島に上陸できるのは翌朝、ロシア国境警備隊による「入域」検査が済んでからである。

船内に乗り込んできた国境警備隊の将校が、事前に提出された名簿と上陸団員とを一人づつ照合していく。日本でありながら日本人が自由に足を踏み入れられない、極めて特異な場所を訪れるのだという実感が、嫌が応にも湧いてくる。

 この一週間前には航空機で北方領土を訪問した墓参団が衛星電話をロシア当局によって没収されるという事件が起きていたために、緊張感はなおさら高く、訪問団員の間では「スマホで写真を撮ろうと思うんだけど没収されないかな」といった会話も聞かれた。

 ただ、結論から言えば今回の訪問では大きなトラブルは発生せず、視察や交流自体は総じて平穏に終わった。

一新された街並み

新しく完成した文化施設
新しく完成した文化施設

 国後島の日程は1日のみで、現地行政府当局との会見、新たにオープンしたスポーツ施設の見学、市内での買い物、夕食交流会というスケジュールであった。国後でも択捉でも夜は島内には宿泊せず、毎晩船に戻ってまた翌朝上陸するという手順が繰り返される。

 島内での詳しい行事について細かく述べることはしないが、国後島内で印象に残ったのは、インフラが5年前に比べて格段に良くなったことである。

 2013年の訪問当時はようやく島内のごく一部の道路が舗装され、いくつかの建物が補修を受け始めたという状況であったが、今回は古釜布市内の主要部がほぼ舗装され、建築物も格段に綺麗になっていた(新築のものと補修されたものとがある)。たとえば会見が行われた文化施設は今回初めて目にするピカピカの新築で、ホールも巨大なスクリーン付きの非常に立派な建築物であったために、2013年の国後島しか知らなかった筆者は度肝を抜かれた。その後訪れたスポーツセンターも同様で、25mの本格的な温水プールや事務設備、専門のインストラクターまで備えており、1回150ルーブルから200ルーブルほどの低価格で住民に開放しているという。

国後島で去年オープンしたばかりのスポーツ施設
国後島で去年オープンしたばかりのスポーツ施設
スポーツ施設内のジム
スポーツ施設内のジム
温水プール
温水プール

 水産大手ギドロストロイの拠点がある択捉島に比べて国後島は経済力で劣るとされてきたが、それでもほぼ10年間にわたって継続されてきたインフラ整備計画はそれなりの成果を挙げていると言わざるを得ない。

 もちろん、大都市と比べれば、街並みは依然として粗末ではある。しかし、ロシアの僻地としては水準を大きく上回っており、それゆえに住民の相対的な満足度はそう低くなさそうだということも容易に想像がつく。

 言い方を変えれば、北方領土が豊かに(あるいは人並みに)なっていくほど、日本が切れる経済カードの価値は逓減していくことになる。こうしたなかで共同経済活動を進めていくのだとすれば、何が最もインパクトを持ち得るのか、考えていく必要があろう。

所得水準は全国平均以上に

電器店でのスマホのラインナップ
電器店でのスマホのラインナップ

 もうひとつ印象に残ったのは、商店の品揃えがよくなったことだ。依然として生鮮食料品はかなり品薄な印象があるが、食料品店や薬局では以前よりも品数が増え、しかもかつては多かった日本製品の比率がかなり低下している。5年前にも覗いた電気屋があったので入ってみると、品数自体はあまり変わっていないようだったが、日本製品はほぼ完全に姿を消し、中国製が圧倒的であった。

「一番人気のスマホはどれですか?」

 店員のお兄さんに聞いてみると、中国のファーウェイ製のブランドHonorだという。これに続くのがやはり中国のシャオミーで、どちらも1万8000ルーブル代から2万数千ルーブル(だいたい3万円代前半から4万円代前半くらい)とそれなりの価格である。「じゃあ一番ダメなのは?」と聞くとこれもやはり中国の某メーカーのもので、こちらは1万ルーブル以下の価格帯となっている。かつては島内のロシア人から中国製品を見下すような発言を幾つか聞いたが、現在では同じ中国製でも「ピンからキリまで」という認識に変化してきたようだ。

 ちなみに現地行政当局から受けたブリーフィングによると、国後島及び色丹島の平均所得は月に5万2300ルーブル、大手企業勤務で平均7万6000ルーブルであるという。2万ルーブル以上するスマホも買えないことはない(ローン可という張り紙もあったので一括で買う人は少ないのかもしれないが)。

それどころか、2017年のロシアの平均所得(全国平均)が月額約3万6000ルーブルであることを考えれば、北方領土の住民はむしろかなり高給取りであるとも言える。

他地域と比較してみると、5万2300ルーブルという数字はロシア第二の都市サンクトペテルブルグの平均月収(5万1024ルーブル)をやや上回り、7万6000ルーブルとなると首都モスクワの平均月収(7万3846ルーブル)さえ凌ぐ。生活の不便さや物価の高さ(全てを船や飛行機で運び込むため、どうしても高コストになる)を考慮すれば単純に金額だけで比較できるものではないし、島内にも格差は存在するので一概には言えないが、もはや北方領土の住民を「貧しい」とは思わない方がよいだろう。

 以上のような傾向は択捉島でさらに顕著であったが、これについては後編で述べることにしたい。

「友好の家」にて

 択捉に移る前に国後島内での様子を幾つか紹介しておこう。

 国後島と言えば日本政府が建てた「友好の家」、いわゆる「ムネオハウス」がある。

 実は今回の訪問団には当の鈴木宗男氏(現・新党大地代表)が参加しており、ほかの参加者と「さすがに当人の前でムネオハウスとは言いにくいね」などと話していたのだが、問題の建物に近づくと当人が「ほら、これがムネオハウス」と言いだしたのでバス内の空気がちょっと緩んだ。

 そのムネオハウス前でタバコを吸っているアジア人の二人組が居たので、話しかけてみた。なかなかしっかりしたロシア語でにこやかに会話に応じてくれたが、「どこから来たんですか?」と聞くとさっと顔をそらしてしまった。諦めずに「キルギスタン?」と水を向けると、「カレーイ(=コリア)」だという。

 ロシアは北朝鮮の友好国なので北方領土に北朝鮮人がいてもおかしくはないが、服装などからして明らかに観光客ではなく、労働者という雰囲気である。北朝鮮からの労働者の受け入れは経済制裁の一環として禁止され、ロシアも同意している筈だ。

 そこで最後に「ここで働いているの?」と質問すると、答えは「すこし」という曖昧なものであった。実際のところは明らかでないが、北方領土という一種のグレー地域が北朝鮮制裁の「穴」になっているとすれば大きな問題と言える。

 また、北朝鮮との関係に限らず、すでに北方領土には様々な国の人々がロシアの国境管理を通じて出入りしており、ロシアにとって有利な形での「国際化」が進んでいることも今回の訪問で明らかになった。これについてもやはり次回、取り上げることにしたい。

続編

「北方領土に行ってみた(再訪)-2」