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空は閉ざされるのか 米国が脱退を表明したオープンスカイズ条約とは

小泉悠安全保障アナリスト
短距離での査察飛行に使用されるAn-30B査察機(写真:ロイター/アフロ)

 5月21日、米国のポンペオ国務長官は「オープンスカイズ条約(OST)」から同国が脱退する方針を表明し、国際社会に波紋を広げた。1992年に調印され、2002年に発効した同条約は、締約国が相互の領空に査察用の航空機を受け入れることで軍縮条約の履行などを保障し合う仕組みであり、冷戦終結の象徴と見なされてきた。

 では、米国がそこから脱退するという決断を下した背景には何があったのだろうか。本稿ではオープンスカイズ条約の背景、実施の詳細、実施に際しての米露間の軋轢などについて解説しながら、この点について考えてみたい。

「鉄のカーテン」を開く条約

 自国の領空に敢えて外国の査察用航空機を入れる、という「オープンスカイズ=開かれた空」のアイデアが浮上したのは、1955年のことである。ソ連のブルガーニン首相と会談したアイゼンハワー大統領が提案したもので、互いに手の内を見せあって先制攻撃の意図がないことを確認しようというものであった。

 だが、フルシチョフ書記長が率いる当時のソ連は、最終的にアイゼンハワー提案を拒否した。米国が基本的な軍事施設の位置や情報を公表していたのに対し、秘密主義のソ連はこうした情報をほとんど明らかしていなかった。したがって、「オープンスカイズ」ではソ連側が開示する情報の方が圧倒的に多くなるはずであり、米国を利するだけだと考えられたのである。

 その後、米国はU-2偵察機で高高度からソ連領空の強行偵察を始め、のちに偵察衛星がこれに取って代わったことで、航空機による査察というアイデアはしばらくの間忘れられていた。

 ところが1980年代末になると潮目が変わる。欧州正面で戦車や航空機などの通常戦力の配備を規制する欧州通常戦力条約(CFE条約)の交渉が始まったことで、その履行状況を確認するための手段として「オープンスカイズ」のアイデアが再浮上してきたのである。

 オープンスカイズ条約は1992年3月24日にフィンランドの首都ヘルシンキで締結され、10年後の2002年1月2日に発効した(10年もの時間を要したのはロシアなどの批准手続きが手間取ったため)。同条約の締結に際してブッシュ大統領が米国上院に発出した声明は、その価値を次のように述べている。

「オープンスカイズは、バンクーバーからウラジオストクまでの領域をカバーし、軍事部隊とその活動に関する公開性と透明性を推進する今日までで最も広範な国際的取り組みです」

 当初、24カ国+NATOでスタートしたオープンスカイズ参加国は、2020年までに34カ国(このほかにキルギスが調印はしたものの未批准)にまで成長した。かつて「鉄のカーテン」と呼ばれた東西両陣営の間を、査察機が行き来できる時代がやって来たのである。

なお、2002年の条約発効から2019年までに実施された査察飛行の回数は1500回以上にも及んでいる。

「偵察機」ではなく「査察機」

 では、オープンスカイズ条約に基づく査察は実際のところどのようにして実施されるのだろうか。

 査察には、専用の航空機が使用される。

 軍用偵察機を使えばいいようにも思われるが、「偵察」と「査察」は似ているようで少し異なる。偵察機の場合、搭載するセンサー(要はカメラなど)はなるべく分解能=解像度が高くなければならず、敵の迎撃から生き延びるために高速性能や自衛用ミサイルの搭載能力などが求められることも多い。当然、乗組員は最小限とされ、外国には公開しない秘密部分もある。

 これに対して、オープンスカイズ条約用の査察機は非武装でなければならないと定められており、搭載するセンサーの種類(光学センサー、赤外線センサー、合成開口レーダーの3種類がある)や性能(それぞれ分解能30cm、50cm、3m以上)も各国共通でなければならない。また、査察飛行を行う際は査察を受ける国の当事者も含めて20名以上が関与しなければならないとされているため、ある程度大柄な機体のほうがよい。このため、米露をはじめとする各国は、旅客機や輸送機を改造してオープンスカイズ条約用査察機として運用しているのである。

米空軍が運用している査察専用機OC-135Bオープンスカイズ(米空軍公式サイトより)
米空軍が運用している査察専用機OC-135Bオープンスカイズ(米空軍公式サイトより)
ロシアの新鋭査察機Tu-214ONと視察に訪れたショイグ国防相(ロシア国防省公式サイトより)
ロシアの新鋭査察機Tu-214ONと視察に訪れたショイグ国防相(ロシア国防省公式サイトより)

「見た分だけ見せる」仕組み

 査察飛行の実施には、国ごとに毎年の割り当て(クォータ)が決まっている。これには「実施クォータ」と「受け入れクォータ」があり、前者は「査察飛行を実施できる回数」、後者は「査察飛行を受け入れる回数」を意味する。

「実施クォータ」は「受け入れクォータ」の回数に比例して決まる*。さらに「受け入れクォータ」は国土面積に概ね準ずることになっているので、国土が広い国ほど多くの査察を受ける義務を有し、また査察を行う権利も持つ、というのが「原則」である。

  • オープンスカイズ条約付属文書Aでは、ある国の実施クォータは同国の受け入れクォータの75%以下に最も近い整数を基礎に交渉で決まるとされている。

 ここで「原則」と断ったのは、やはり米露が別格扱いされているためで、それぞれ年間の実施クォータは42回(ロシアは「連合国家」であるベラルーシと合同でカウント)と群を抜いて多い。続いて英国、カナダ、ドイツ、フランス、イタリア、ウクライナ、トルコが年間12回を割り当てられているが、どう考えても国土のサイズがかなり違う国が混在している。この辺りは面積比例ではなく「主要国」枠なのだろう。他方、これ以下になると、ノルウェーとスウェーデンが年間7回、ベネルクス連合、デンマーク、ポーランド、ルーマニアが6回、フィンランドが5回などかなり細かく刻まれており、こちらは面積比例の原則が比較的よく守られているようだ(最少はポルトガルの年間2回)。

 なお、この実施クォータはある国が年間に行える査察飛行の総数を示すものにすぎず、どの国を何回査察できるかについてはまた別の制限が付いている。査察を行う国は相手国の受け入れクォータの50%を超える回数の査察飛行は申請してはならないとされているので、理論上は米露とも相手国を査察できるのは年間21回までであり、実際にはもっと少ない(2019年の場合、ロシアから米国への査察飛行は8回、米国からロシア及びロシア/ベラルーシ連合への査察飛行は計15回であった)。

 また、相手国領域のどこを査察するかは、査察機が離陸する24時間前まで通告されない。他方、査察機側には最大飛行距離が設定されており、オープンスカイズ条約で認められた拠点飛行場(例えばロシアの場合、モスクワ郊外のクビンカ飛行場や極東のマガダン飛行場など4カ所)から一定の距離(飛行場ごとに異なる)以上の距離には進出してはならないとされている。

オープンスカイズ条約で指定されたロシア側拠点飛行場の一つ、クビンカ飛行場(2016年、筆写撮影)
オープンスカイズ条約で指定されたロシア側拠点飛行場の一つ、クビンカ飛行場(2016年、筆写撮影)

オープンスカイズの意義

 このように、オープスカイズ条約の実施には厳しい制限が課されており、「オープン」という言葉から想像されるほど気軽に外国の領空に立ち入れるわけではない。しかも査察機に搭載されるセンサーの性能は最新鋭の偵察衛星に比べると見劣りするし、撮影頻度に至っては全く勝負にならない(米国は2019年までにロシア上空で134回の査察飛行を行なっているが、これは平均すると年間8回弱に過ぎない)。

 それでもオープンスカイズに基づく査察飛行が続けられてきたのは、一種の信頼醸成措置という側面が大きい。決められた手順を守れば、査察機が相手国の領空まで入っていって、どんな場所でも見せ合えるという事実に意味があったとも言える。

 また、オープンスカイズによって取得されたデータは条約締約国間で共有されることになっている。機密扱いで基本的に公表されない偵察衛星の画像とは異なり、査察機が撮ってきた画像であれば、軍縮条約その他の違反に関する動かぬ証拠として広く共有することが可能である。実際、ウクライナ危機が起きた2014年以降、米国はロシアやウクライナ上空で10回以上の査察飛行を行い、ロシアによる軍事介入の証拠となる画像を収集してきた。

 ちなみにこれらの査察飛行の一部は、日本の横田基地からも実施されている。

閉ざされていく空

 オープンスカイズ条約をめぐっては、この10年ほど、米露間の対立が目立つようになっていた。

 その第一は、ロシアがグルジア国境付近での査察飛行に制限を設けるようになったことである。2008年のグルジア戦争後、ロシアはグルジア内の二分離独立地域(アブハジア及び南オセチア)を「国家」として承認した。アブハジアと南オセチアは「国家」であり、しかもオープンスカイズ条約に非加盟なのだから、条約第6条第2項(「査察機の飛行経路は接続する非締約国の国境から10km以下であってはならず、ただしこれを上限として認められる」)にしたがって査察機の立ち入りを制限するというのが2010年以降のロシアの立場である。

 他方、アブハジアと南オセチアの独立を認めない米国は、そこはロシアとグルジアの国境であると主張し、グルジアはオープンスカイズ条約締約国なのだから10km以内まで立ち入ることができるはずだと抗議してきた。

 ソ連崩壊後の境界線確定をめぐる問題は、2014年のウクライナ危機後にも起きている。前述のように、オープンスカイズ条約では査察飛行の拠点となる飛行場が指定されるのだが、ロシア側がその中にクリミア半島の飛行場を指定してきたことが米露の論争の種になった。クリミア半島を自国領として「併合」したとするロシアと、これを認めない米国という、グルジアの例と似たような対立が生じたのである。

 2014年以降には、バルト海に面したロシアの飛び地であるカリーニングラードでの査察飛行にロシアが一方的な制限を設けるようになった。同地上空での飛行距離を500km以内にしなければ査察を認めないというものである。

狭いカリーニングラード上空を査察機が細かい変針を繰り返しながら飛行すると航空管制が混乱して危険だというのがロシア側の言い分であるが(おそらくこのこと自体は事実であると思われる)、このような制限はオープンスカイズ条約のどこにも規定されていない。

 ロシア西部での査察を行う際に米国が拠点とするクビンカ飛行場からカリーニングラードまでは往復で約2000kmであり、クビンカ発の査察飛行は5500kmまでの飛行が認められているので、本来であればカリーニングラード上空では3000km強の飛行が行える筈である。それを一方的な通告で1/6ほどに削減するというロシアのやり方に米国は反発し、報復措置として2016年以降、ハワイとアラスカの軍事施設上空ではロシアの査察機の飛行を認めない方針を取るようになった。同年、シリア紛争をめぐってロシアとトルコの関係が緊張すると、トルコもロシア機の査察飛行に対する制限措置を導入している。

 2018年には、米国によるロシアの査察機受け入れをめぐる問題も起きた。

 すでに述べた通り、査察機に搭載されるセンサーは一定以上の性能を持たないよう厳しく制限されており、性能オーバーの機材を積んでいないかどうかを締約国同士で公開しあって確認する仕組みも整えられている。ただし、外観からある程度性能を推し量れるのはフィルムカメラの話であって、電子工学センサー(デジカメ)になるとそうはいかない。

このため、ロシアが新型査察機Tu-214ONにデジタル光学センサーを搭載することを申し出ると米国は難色を示し、2018年には同機による米国領空での査察飛行を拒否するという事態にまで発展したが、最終的には専門家や同盟国との協議を経て受け入れることとなった。

 直近で報じられているオープンスカイズがらみの話題としては、2019年にロシアが米国の査察飛行を拒否したことが挙げられよう。米国が申請した査察飛行ルートはロシア軍の秋季大演習「ツェントル2019」の実施エリアに当たっており、これを嫌ったものと思われる。

なぜ今だったのか?

 いずれにしても、オープンスカイズ条約をめぐっては従前から米露間で多くの問題が燻っており、米国内では脱退論も幾度か取り沙汰されていた。米露関係の悪化で軍縮・軍備管理枠組みが崩壊しつつある現状を考え併せると、オープンスカイズ条約もまた時間の問題であったと言えなくもないだろう。

 ただ、5月初頭の段階で報じられたところによると、ロシアはカリーニングラード上空での制限を撤廃したり、軍事演習エリア上空での飛行制限を不適切であったと認めるなど、かなりの譲歩を示していたという(オープンスカイズ条約の事務局がある全欧安保協力機構米国代表の発言)。

 にも関わらず、このタイミングで米国が脱退を表明するに至った決め手はなんだったのか。条約履行に関わるロシアとの問題なのか、米国の政権内でのパワーバランスに変化があったのか…この辺りについては未だにはっきりしたことが明らかになっていない。

 また、オープンスカイズは34もの国が参加する多国間条約であるから、米国の脱退は条約そのものの崩壊を意味するわけではない。今回の米国の決定に対して他の当事国であるロシアや欧州がどのように反応するかは、条約の今後を決める大きな指標となろう。

 特に注目されるのはロシアの対応である。仮にロシアが条約に残留するならば、米国以外の西側諸国は査察を継続するために条約に残留することを選ぶかもしれないし、この場合は米国がいずれ条約に復帰することも期待しうる。他方、ロシアが報復的にオープンスカイズから脱退すれば条約の瓦解は避けられないだろう。

 オープンスカイズ条約では、脱退表明から実際の脱退までに6ヶ月を要することが定められている。「バンクーバーからウラジオストクまで」の空が閉ざされるのか否か。今後半年ほどの動向が注目されよう。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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