北方領土を越えて 千島列島での軍事力強化が示唆する日本への「シグナル」

2017年のロシア海軍記念日における1コマ(写真:ロイター/アフロ)

北方領土におけるロシア軍近代化

 小欄では、北方領土におけるロシア軍近代化の動きについて継続的に報じてきた。

 2016年12月のプーチン大統領訪日後も日露間の懸案である北方領土問題には解決のメドが立たない中、国後島と択捉島ではロシア軍の駐留が続いているのが現状である。

 なかでも昨年11月には、両島に新型地対艦ミサイルが配備されたことが明らかになったほか、今年2月にはショイグ国防相が「クリル列島」(北方領土と千島列島をまとめて指すロシア側の呼称)に1個師団を配備すると発言して話題となった。さらに今年6月、プーチン大統領は北方領土駐留ロシア軍を東アジアにおける米軍事プレゼンスへの対抗措置として位置づけるなど、北方領土の軍事的価値をプレイアップすることで日本側に揺さぶりを掛けている。

 これ以外にも、北方領土ではロシア軍基地の近代化が進められており、老朽化した基地施設に代わる新たな建造物が活発に建設されていることが衛星画像で確認できる。

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中千島に新海軍基地?

マトゥア島(出典:ロシア国防省公式サイト)
マトゥア島(出典:ロシア国防省公式サイト)

 こうしたなかで、ロシア側から新たな動きが見られた。

 ロシア上院国防安全保障委員会のクリンツェヴィチ第一副委員長が、千島列島に新たな海軍基地を建設すると発言したのである。クリンツェヴィチ議員はこれを「一等艦(巡洋艦などの大型艦)を含むあらゆる艦艇が停泊可能」なものとしており、それなりの規模を備えた拠点を想定していることが窺われる。また、建設作業は「近いうちに」開始されるという。

 基地の建設予定地は明らかにされていないが、多くのロシアメディアでは千島列島中部にあるマトゥア(松輪)島を指すとの見方が有力だ。同島は第二次世界大戦当時に日本海軍が飛行場を建設し、約3000人が駐留していた。その後も2001年まではロシアの国境警備隊が駐留していたが、現在は無人島となっている。

 しかし、ロシア太平洋艦隊とロシア地理学協会(RGO。ショイグ国防相が会長を務める)は2016年に合同調査団を同島へ派遣し、今年も第2次調査団を派遣。日本軍が遺棄した飛行場跡地を部分的にヘリコプターの離着陸を可能としたほか、調査キャンプを設置した。

ロシア国防省が公表したクリル列島での飛行場建設作業の様子(出典:ロシア国防省)
ロシア国防省が公表したクリル列島での飛行場建設作業の様子(出典:ロシア国防省)

 また、クリンツェヴィチ議員は、クリル列島において飛行場ネットワークを建設するとも述べている。これに先立つ9月には、ロシア軍東部軍管区がクリル列島のうち1か所に野外飛行場を建設したと発表しており(建設地点は明らかにされなかったが、これもマトゥア島の可能性が高いと見られる)、今後、この種の簡易飛行場がいくつかの島に建設されていくものと見られる。

軍事戦略か対日牽制か

 これまでも幾度か触れてきたとおり、北方領土を含むクリル列島はロシアにとって戦略的に重要な意義を有する。第一に、その内側に控えるオホーツク海は、太平洋艦隊の弾道ミサイル原潜(SSBN)のパトロール海域であり、北方艦隊のSSBNが遊弋する北極海と並んでロシアの核報復能力を支える核抑止の基盤である。第二に、オホーツク海はロシアが将来の重要航路と見なす北極海航路の東端にあたり、同海域の制海権確保はシーレーン防衛の観点から譲れない一線と言える。

 この意味では、北方領土や千島列島での軍事力近代化はまずもって、ロシアとしての戦略的要請によるものであり、安易に「対日牽制」に結びつけて考えるべきものではない。どちらかといえば、ロシアが北極圏で進めている軍事力強化の延長線上にあるものと理解されよう。

 ただ、ロシアが何故マトゥワ島に新基地を、それも海軍基地を建設するのかについては一考の余地がある。

 現在、ロシア海軍太平洋艦隊の拠点はウラジオストク周辺(主として水上艦艇と通常動力潜水艦)とカムチャッカ半島のペトロパヴロフスクカムチャツキー周辺(主としてSSBN)に置かれており、クリル列島はその中間地帯に当たる。ここに新たな基地を建設することには一定の軍事的有用性が存在するとの専門家の見解はたしかに見られる(『モスコフスキー・コムソモーレツ』紙10月27日付に寄せられた政治軍事分析研究所のフラムチーヒン副所長の見解)。

 一方、かつて太平洋艦隊に勤務したことがあるバルーエフ元バルト艦隊司令官は、クリル列島への海軍基地建設は以前にも検討されたことがあるものの、3つの理由から放棄されたと述べる。すなわち、冬季に厚い氷に覆われてしまうこと、海面の干満差が6mもあること、強風が吹き荒れることの3点だ。同人は、基地建設自体は可能であるとしつつも、これらの理由から相当のコストが掛かると予測している(『RIAノーヴォスチ』10月26日付)。

 さらにマトゥア島北部には火山があり、2009年にも噴火したばかりである。霧が多く発生するために基地を置くのには適切でないという見解もある(BBCロシア語版10月27日付)。

 こうした悪条件をおしてでもロシアが本当に千島列島の軍事化を進めるとすれば、そこにはやはり軍事的要請以外の理由、たとえば対日交渉上の何らかのレバレッジとして用いる意図が存在する可能性は考慮しておくべきであろう。

日本への「シグナル」

 おりしもロシアは今年9月、オホーツク海南部で中国海軍との合同海上演習を実施したばかりである。合同演習はサハリン付近で実施されたと見られ、北方領土に両国艦艇が接近することはなかったが、重要なのは具体的な演習海域というよりも、その周辺に何があるかだ。これまでの例からして、中露はそれぞれが係争地点を抱える海域から少し離れた場所に艦隊を送ることで、暗黙の政治的支持を表明しあうシグナルとして機能させてきたためである(たとえば南シナ海、東シナ海、黒海、地中海、バルト海など)。

 このようにしてみれば、マトゥア島を含むクリル列島での軍事力強化はオホーツク海の戦略的重要性を強調するという政治的意図を示唆するものとも取れる。これが北方領土問題に関する日本の主張を封じるシグナルである、とする主張(軍事専門家でロシア国防省付属有識者委員会のメンバーであるイーゴリ・コロトチェンコの見解)などはその一例であろう。

 北方領土問題に手詰まり感が漂う中、オホーツク海におけるロシアの軍事的動向は日本にとっても引き続き注視すべき問題であるといえよう。