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北方領土のロシア軍近代化 公開資料で実像に迫る

小泉悠安全保障アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

はっきりしない北方領土駐留ロシア軍の実態

小欄でも度々取り上げているように、北方領土でのロシア軍近代化の動きが続いている(「北方領土でロシア軍施設の再建が本格化」)。

ただ、その詳しい実態となるとよく分からないというのが実情だ。

たとえば北方領土に駐留するロシア軍の兵力は3500人ということになっているが、防衛白書によるとその根拠は次のようなものである。

「1997(同9)年の日露防衛相会談において、ロジオノフ国防相(当時)は、北方領土の部隊が1995(同7)年までに3,500人に削減されたことを明らかにした。05(同17)年7月、北方領土を訪問したイワノフ国防相(当時)は、四島に駐留する部隊の増強も削減も行わないと発言し、現状を維持する意思を明確にしている。また、参謀本部高官は11(同23)年2月、北方領土の兵員数について旅団に改編する枠組みの中では3,500人を維持する旨述べたと伝えられている。」

(『防衛白書』平成28年度版)

つまり、ロシア側の言い分を信用している、というのが現状である(その背景には、ロシア側の言い分を信用し得ると判断できるだけの自衛隊独自の情報活動が存在している筈ではあるが)。

両島に存在する陸軍、海軍、空軍(後述するように、北方領土には少数ながら海軍と空軍の部隊も駐留する)の人数比がどの程度であるのかもはっきりしない。

編成については一応のことが分かっているので、以下に概略を示す。

北方領土駐留ロシア軍の編成
北方領土駐留ロシア軍の編成

北方領土の配備兵力は

だが、公開情報を丹念に追っていくと、ひょんなことからその実情を覗き見ることもできる。

たとえば近年のロシアでは軍事基地の建設に関する入札情報なども国家調達としてインターネットで公開されるようになってきた。2015年には国後島と択捉島の軍事施設を再建するための建設計画に向けた国家調達も公開されており、その際の設計要求が連邦特殊建設庁(スペツストロイ)の調達情報ページに掲載されているのを見つけた。

あくまでも陸軍の第18機関銃砲兵師団向け施設だけを対象としたものであり、また、「想定」ではあるが、これまで知られていなかった兵力の配分をある程度読み取ることができよう。以下は複数の調達情報を総合して筆者が整理したものである。

択捉島

・想定収容人員(軍人):1540名

-将校:230名(家族帯同)

-徴兵:293名

-契約軍人(兵士・下士官):1017名(うち、女性20名)

・その他の想定収容人員:300名

-他地域からの出張者(軍人):30名

-軍属:240名

-その他職員(ロシア銀行、FSB、捜査委員会、軍事裁判所、検察):30名

国後島

・想定収容人員(軍人):1108名

-将校:125名(家族帯同)

-徴兵:96名

-契約軍人(兵士・下士官):887名(うち、女性20名)

・その他の想定収容人員:260名

-他地域からの出張者(軍人):20名

-軍属:240名

北方領土の本当の人口

以上の想定に基づくと、北方領土に駐留する陸軍の軍人は出張者を除いて2648名ということになる。このほかに、図で示した海軍の地対艦ミサイル部隊や空軍のヘリ部隊も含めると、3500人というロシア側の自己申告は概ね信用できそうである。

このほかに将校は家族を帯同している者がいるはずだが、こちらについては想定が明らかでない。ただ、この資料では幼稚園と学校の収容人数が択捉島390名分(幼稚園150名分、学校240名分)、国後島225名分(幼稚園75名分、学校150名分)となっている。ここには海軍や空軍の将校の子供たちも含まれていると見られ、おそらく将校1名あたり子供1名強という想定なのだろう。これに将校の配偶者を加えると、1000人ほどの軍人家族が想定されているのではないか。

このほかに軍属が両島で500名、その他職員が択捉島に30名とされているので、概ね5000人ほどの軍関係者が両島に居住していると考えられよう。

我が国の外務省によると、択捉島の人口は3608名、国後島は7364名の合計約1万1000名とされているが、これは軍関係者を含まないとされるため、実際には公式統計の1.5倍ほどの人口があると見られる。

シミュレーターから装備を読む

前述の調達情報には、北方領土駐留ロシア軍の装備を推定する上でも興味深い記述がある。兵士の訓練を行うためのシミュレーターだ。これまで北方領土のロシア軍が保有している装備には曖昧な面が多かったが、どのようなシミュレーターを設置しようとしているのかによって、現在および将来の装備を推し量ることが可能である。

記載されているシミュレーターと、それに対応する装備は次のとおりである(内容は択捉島、国後島ともに共通)。

・操縦訓練装置

-MT-LB兵員輸送車用シミュレーター:2基

・操縦・射撃訓練装置

-TEK-184-PRD(T-72B戦車用)

-TTV-184(不明)

-TR-184(不明)

-SAZ-184(車載機関銃用)

・射撃訓練装置

-9F700-1(RPG-7V対戦車ロケット用)

-9F635M(イグラ歩兵携行対空ミサイル用)

-1U40(AK-74自動小銃用)

以上のうち、注目されるのは184の数字がつく一連のシミュレーターである。184はT-72B戦車の開発時に与えられていたコードネームであり、したがってこれらは両島にT-72Bを配備する準備と考えられよう。

ただし、これまで両島に配備されていた戦車はT-80BVであったので、おそらくはこれらの代替としてT-72B(おそらくは現在、ロシア軍への配備が進むT-72B3)を配備する計画なのだろう。

国後島に配備された新型ミサイル

国後島に配備されたのと同じバール地対艦ミサイル(ロシア国防省)
国後島に配備されたのと同じバール地対艦ミサイル(ロシア国防省)

3月30日、「産経新聞」は、国後島に配備されたバール地対艦ミサイルの鮮明な写真(消息筋から入手したとしている)を公表した(「国後島で進む露「要塞化」 兵舎、インフラ…駐屯地拡充 武器格納庫に地対艦ミサイル「バル」」)。

同ミサイルは昨年11月に配備されたことが明らかになったものだが、写真が公表されるのはこれが初めてである。

この写真から読み取れることもまた実に多い。

まず、周辺の景色から判断すると、バール部隊が配備されたのは国後島に駐留する陸軍のラグーンノエ駐屯地内と見られ、海軍として新たに基地を建設したわけではないようだ。

格納庫は空気で膨らませるインフレータブル式で、これは近年のロシア軍が装備品の保管状態を改善するために配備を進めているものである。

格納庫内にはバール・システムを構成する車両が2列に並んで収められており、向かって右側の列にはKh-35ウラン対艦ミサイル(射程130km)のランチャーを8本搭載した自走式発射機、その後方には移動式指揮車の姿が見える。左側の列に並んでいるのは弾薬補給車で、やはりKh-35のランチャーが8本搭載されている。

さらに後方に並んでいる車両については判然としないが、おそらく同じような移動式発射機や弾薬補給車と見られ、おそらく1個中隊分(指揮車1、発射機2、補給車2)程度がこの格納庫に収められているのではないか。

また、衛星画像でラグーンノエ駐屯地周辺を確認してみると、駐屯地の南側にも同じような格納庫を建設できそうなコンクリートのたたきが作られており、もう1個中隊分のバール・システムが配備される(あるいはすでに配備されている)可能性もある。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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