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イランが米保有貨物船を拿捕 背景にイランの影響力拡大戦略

小泉悠安全保障アナリスト

イランが米貨物船を拿捕

突然の拿捕

ホルムズ海峡の位置(Google Earth)
ホルムズ海峡の位置(Google Earth)

4月28日、貨物船Maersk Tigris号がホルムズ海峡のイラン領海を航行中にイランのイスラム革命防衛隊(IRGC)から攻撃を受け、拿捕されるという事件が発生した。

Maersk Tigris号の船籍はマーシャル諸島だが、米国企業が所有しており、現在はシンガポールの海運会社にリースされている。拿捕当時、船内には欧米出身者を含む34名の船員が乗務していたと見られるという(ただし米国防総省は米国籍者が乗務していた事実はないとして否定)。

米国防総省によると、Maersk Tigris号は、イスラム革命防衛隊の艦艇からイラン領海のさらに内部へ進路を変更するよう求められ、拒否すると銃撃を受けたために命令に従った。その後、ペルシャ湾に面したバンダルアッバス港付近のララク島へ護送されたと伝えられるが、現在の状況は明らかでない。

一方、イランのファルス通信は、Maersk Tigris号の拿捕について、イラン港湾海洋機関(IPMO)の要請に従って裁判所が出した命令に基づいて行われたとしている。だが、IPMOがどのような理由で何を裁判所に要請したのか、いかなる令状が出されたのかは明らかになっていない。

米国の対応

ホルムズ海峡に急派されたイージス駆逐艦ファラガット(写真:米海軍)
ホルムズ海峡に急派されたイージス駆逐艦ファラガット(写真:米海軍)

以上の事態に対して、米国は猛反発している。

前述の米国防総省の発表によれば、たしかにホルムズ海峡はイラン領海に含まれるものの、国際的な航路地帯であるため、無害航行は国際的に認められている筈だと指摘。ただちに現場海域にイージス艦1隻と偵察機を派遣したと発表した。

Maersk Tigris号は米国企業が保有しているばかりか、米国はマーシャル諸島(1986年に米信託統治領から独立)の防衛と安全保障に関して全面的な責任を負うとされているためだ。

拿捕の背景は?

しかし、イランは今月、同国の核開発を協議する6カ国協議で枠組み合意を成立させ、欧米との関係改善に大きく足を踏み出したと見られていた矢先であった。

その最中に、米国との関係を緊迫化させかねない拿捕に及んだ理由はなんだろうか?

現時点ではいずれも憶測の域を出ないが、ここでは拿捕を実行したのがイラン海軍ではなくイスラム革命防衛隊(IRGC)であった点に注目したい。

イラン軍がイランの国境と領土を防衛する「国家の軍」であるのに対し、IRGCは文字通りイスラム法による統治体制の防衛を任務とする。その規模は約12万人と見られ、国軍(35万人規模)に次ぐ兵力を有する。

しかもIRGCは航空部隊や海上部隊を保有しており、ことに今回の拿捕事件が発生したホルムズ海峡はIRGC海上部隊の管轄範囲とされている。同海上部隊は小型水上艇が主ながら50隻以上を保有し、非武装の商船相手であれば、原油輸出ルートであるホルムズ海峡を封鎖する能力を充分に有している。

IRGCにはもうひとつ、中東全域で戦う特殊部隊の管轄機関という側面がある。シリア内戦やイラクにおける「イスラム国(IS)」との戦いには「クッズ」を中心とするIRGC隷下の特殊部隊が参加していると見られる他、イエメンの反政府組織ホーシー派に対しても様々な軍事援助を展開して来たと言われる。

一方、米国やサウジアラビアはイエメン政府を支持する立場を取り、サウジ空軍の空爆や米特殊部隊による支援作戦が展開されるなど、アラビア半島に対するイランの影響力拡大を巡ってイエメンで激しい対立の構図が生じていた。

4月20日には、イランの貨物船9隻がイエメンに向かっており、同船団がホーシー派に対する軍事援助を搭載している可能性があることなどを理由に、原子力空母セオドア・ルーズベルトを中心とする空母機動部隊がイエメン沖に派遣されたばかりである。

結局、イランの貨物船団はイエメン領海に進入することができず(米国防総省はあくまでもイラン船団を阻止するつもりはなく「航路がオープンで安全であることを保障するため」に空母機動部隊を派遣したと説明)、撤退した。

Maersk Tigris号の拿捕がこの件の報復であるのかどうかを判断する材料は現在のところ乏しいが、有力な説明の候補とは言えるだろう。

とすると、今回の拿捕事件は中東を巡るイランの影響力拡大戦略や湾岸諸国及び米国との関係にまで影響を及ぼす可能性もあり、今後の動向が注目される。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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