ロシアが繰り返す「核の脅し」 その背景は

プーチン大統領の「核準備」発言

3月17日はロシアがウクライナ領クリミア半島を併合してから1周年であった。

それと前後してロシアは西側に対する軍事的な牽制を強めている。しかも、そこで中心的な役割を果たしているのは核兵器だ。

発端となったのは、3月15日にロシアの国営テレビ「チャンネル1」が放映したドキュメンタリー「クリミア、祖国への道」だった。この番組に出演したプーチン大統領は、クリミア編入後、「ネガティブな情勢」が発生した場合に備えて核戦力を準備態勢に移行させる可能性があったと発言し、国際的な注目を集めた。

プーチン大統領の言う「核戦力の準備態勢」が何を意味するのかははっきりしないが、戦略核部隊が運用するICBM(大陸間弾道ミサイル)やSSBN(弾道ミサイル搭載原潜)の警戒レベルを上げたり、戦術核兵器(通常は集中管理されている)を現場の部隊に配布することなどが考慮されていたのだと思われる。

抜打ち演習で先制核攻撃訓練を実施

抜打ち演習に参加したSu-27戦闘機(ロシア国防省)
抜打ち演習に参加したSu-27戦闘機(ロシア国防省)

翌3月16日、ロシア軍は大規模な抜き打ち演習を開始した。抜き打ち演習というのはロシア軍の戦闘準備態勢をチェックするために行われている予告無しの臨時演習だが、2014年以降はウクライナ情勢に連動した軍事的圧力としての側面を強めている。

共同通信が複数の軍事外交筋の話として伝えたところによると、この演習では限定的な先制核使用が想定されていたという(4月2日配信記事)。

そこで演習の中身に少し立ち入ってみよう。

演習は、まず北方艦隊(海軍の一艦隊であるが、最近、陸海空に渡って北極圏全般の防衛を担う「北方統合戦略コマンド」へと格上げされた)で始まった。ショイグ国防相によるプーチン大統領への報告では、これはSSBNを含む艦艇部隊の緊急展開、外国潜水艦の捜索、北極圏への地上部隊の展開等であったようだ。

そして演習開始3日目の3月18日、モスクワに新設された国家国防指揮センター(NTsUO)から北極海に展開したSSBN部隊に対して核兵器の(模擬)発射命令が下された。ロシア軍の演習では最終段階で核兵器の使用を想定した訓練を行うことが多いが、この抜き打ち演習では開戦初頭の段階から核兵器使用が想定されたことになる。

参謀本部から潜水艦発射弾道ミサイルの発射命令をうけとるSSBN「エカテリンブルグ」

これに続いて戦域はバルト海方面、黒海方面、オホーツク・日本海方面へと拡大。バルト海に面したロシアの飛び地カリーニングラードに「イスカンデル」戦術ミサイルがロシア本土から陸揚げされるとともに、クリミア半島には初めてTu-22M3長距離爆撃機が展開した。日本海及びオホーツク海でも複数の長距離爆撃機がパトロール飛行を実施した。これらが核兵器発射訓練を実施したかどうかは明らかでないが、いずれも核兵器・通常兵器の双方を運用可能である。

演習は21日に終了した。

演習の模様

「エスカレーション緩和」という思想

ロシアがクリミア併合の節目に合わせて「核」をプレイアップした背景には、ロシアの核ドクトリンが考えられる。ロシアが公式に発表している軍事ドクトリンによると、ロシアが核兵器を使用するのは、大量破壊兵器による攻撃を受けた場合か、通常兵器による攻撃であっても国家存亡の危機に立たされた場合だけとされている。

しかし、実際には第3の基準があるのではないかとの疑念は絶えない。すなわち、たとえロシアの存亡に直接関わらないような小規模紛争であっても、あるいはそのような紛争が差し迫ったと判断される段階で先制的に核兵器を使用してしまうというものである。

かなり乱暴な話にも聴こえるが、2009年にはパトルシェフ安全保障会議書記が実際にこのような基準が軍事ドクトリンに盛り込まれると発言したことがあり、実際、軍事ドクトリンと別の機密文書にはこのような核使用基準が規定されている可能性がある(2010年版の軍事ドクトリン策定時に「2020年までの核抑止の基礎」とする文書が同時に採択されたが非公開)。

何故ロシアはこれほど核を重視するのだろうか。

冷戦後に続発した小規模紛争では西側による精密誘導兵器の威力がクローズアップされ、核兵器の存在感は低下したように思われていた。

しかし、ロシアにしてみれば、事態は全く逆である。小規模紛争と言っても、ロシアが関与するのは「近い外国」と呼ばれる旧ソ連諸国への軍事介入が主であり、こうした紛争は常に西側から「侵略」や「人権侵害」として非難を受けてきた。それゆえ、ロシアは小規模紛争が西側による限定的な軍事介入へとつながる可能性を常に恐れてきたのである。

そこで近年、ロシアで言われるようになったのが「エスカレーション緩和(デエスカラーツィヤ)という概念である。西側で言うエスカレーション緩和とは通常戦争が核戦争にエスカレートしないようにすることを言うが、ロシアの言うデエスカラーツィヤは、ロシアが関与する小規模紛争に西側が軍事介入してくることをエスカレーションと定義し、これを阻止することに主眼を置いている。

その手段として重視されているのが核兵器だ。軍事介入を受けるか又は受けそうになった段階で限定的に核兵器を使用し、それ以上の介入を思いとどまらせる、というのがその核心である。

前述したパトルシェフ発言は2009年に行われたものだが、その前年のグルジア戦争で、ロシアは黒海に展開した米イージス艦から巡航ミサイル攻撃を受ける可能性を懸念していたと言われる。

本稿冒頭で取り上げたプーチン大統領の「核準備」発言も、その前段でクリミア併合後に米イージス艦が黒海に展開したことを取り上げた上で行われたものだった。

「核化された思考」

以上のような背景を鑑みれば、クリミア併合一周年前後に相次いだ発言や演習の意図するところは明らかであろう。クリミアの軍事的な奪回やウクライナ紛争への軍事介入を試みれば、ロシアの先制核攻撃の対象となるというメッセージである。

もちろん、これはロシアにとってかなり都合のよい理屈であることはたしかだが、かといって無視することもできない。3月31日付の独「フランクフルター・アルゲマイネ」紙は、ロシア政府指導部の思考は西側が考える以上に「核化」されていることに警鐘を鳴らしている。

実際問題として、ロシアによる核使用の可能性は、欧州における大規模戦争の可能性をほぼ度外視してきた従来のNATOにとって頭の痛い問題である。

以前の拙稿で紹介したように、ロシアが欧州正面においてのみ、限定的な核使用の脅しをかけてきた場合、米欧関係は冷戦期に懸念されたような「デカップリング」(米国は自国が核報復の対象となることを覚悟してまで欧州を助けてくれるのか?という疑念による米欧離間)に陥りかねない。

しかも冷戦後、欧州に配備されていた戦術核兵器は少数を残してほぼ撤去されている。このため、多種多様な戦術核兵器を保有するロシアに対して、欧州はロシア側の出方に応じた核反撃を行う「柔軟反応戦略」が取れず、全面核戦争を覚悟で戦略核兵器を使用するか、さもなくばロシアによる「エスカレーション緩和」の強要を受け入れるほかなくなっているという指摘がある(Matthew Kroenig, “Facing Reality: Getting NATO Ready for a New Cold War,” Survival. Vol.57 No.1 (Jan-Feb 2015)

加えて、今回の抜き打ち演習でロシアはカリーニングラードにも戦術弾道ミサイルを展開した。バルト三国や東欧の一部を収めることから注目を集めているミサイルだ。

ウクライナ危機が欧州北部にも飛び火しつつあることは以前ご紹介したが、その後、米軍が欧州に戦車等の重装備配備を再開する一方、ロシアは2007年に加盟を凍結していた欧州通常戦力(CFE)条約から完全に脱退するなどの動きが相次いだ。核に関連して言えば、ロシアが1987年の中距離核戦力(INF)全廃条約に違反して中距離ミサイルを開発しているのではないかとの疑念は絶えず、米国ではこれに対抗して地上発射巡航ミサイルを欧州に配備する可能性が持ち上がってきた。

ロシアのいう「エスカレーション緩和」は、むしろ欧州の緊張を高めているのが実情であると言えよう。