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予想されるシリアへの軍事攻撃 その規模と背景

小泉悠安全保障アナリスト

シリアに対する欧米の軍事介入がいよいよ現実味を帯びてきた。

先週21日、シリアのダマスカス郊外で大規模に化学兵器が使用され、数百人から1000人以上が死亡したとされる事件がそのきっかけである。

この事件を巡っては、使用されたロケット弾があきらかに制式兵器ではない急造品であったことから、化学兵器を使用したのは政府軍ではなく反政府軍自身ではないかとの疑惑もあった(アサド大統領自身もそう主張している)。

(使用されたロケットの画像はこのブログで閲覧できる)

ただし、敢えて反体制派に見せかけるために軍や情報機関が手作りロケットを用意することは考えられるし、それが政権の意図に基づかない暴走であった可能性も充分にある。

あるいは反体制派内部のいずれかの派閥が勝手に行った可能性やシリア国内に展開している外国の武装勢力(後述)の犯行であった可能性も排除できない。

いずれにしても、当時、化学兵器が使用された現場からわずか数km離れた場所に国連の査察団がいたことからして、攻撃は彼らに対するアピールだったのだろう。

「犯人捜し」が続く中、軍事介入は既定路線に

化学兵器使用の「犯人捜し」は現在、国連の査察団が実施している最中であるが、少なくとも欧米ではアサド政権による犯行であるとの見方が急速に固まっている。

フランス政府がアサド政権を非難したのに続き、26日はケリー米国務長官が化学兵器使用を政府側の犯行とほぼ断定する記者会見を行ったことで流れが決定的になった。

また、28日にはアラブ連盟も化学兵器使用がシリア政府によるものとの見方を公式に示した。

「シリア政府犯行説」を取る国々がいかなる証拠に基づいてそのように判断したのかは明らかにされていないが、この流れの中で、ここ2年ほどくすぶり続けてきたシリアへの軍事介入論が一気に具体化し始めたことは確かである。

24日には米軍がシリアに対する巡航ミサイル攻撃の準備に入ったと報じられたのに続き、27日には米NBCテレビが、早ければ29日中(つまり明日)にも米国がシリアへの攻撃を開始する予定であると伝えた。

また、28日には、米英政府が2週間以内に攻撃を行うと反体制派に対して通告を行っていたことも明らかになっている。

予想されるのは小規模な攻撃

ただし、その規模は限定的なものに留まるだろう。

現在、地中海に展開している米軍部隊はわずか4隻の駆逐艦(当初は3隻体制であったが、化学兵器使用後に4隻に増強するとオバマ大統領のアナウンスがあり、先週金曜日の4隻目の駆逐艦が実際に到着した)と原子力潜水艦1隻にすぎず、米軍のパワープロジェクションの要である空母機動部隊や強襲揚陸艦は展開していない。

米空母「ハリー.S.トルーマン」
米空母「ハリー.S.トルーマン」

先週までは地中海に空母「ハリー.S.トルーマン」を中心とする機動部隊が展開していたのだが、スエズ運河を通過して紅海側に出てしまい、そのままアフガニスタン作戦の支援に従事すると報じられている。

リビア空爆の際の例に鑑みれば、1隻で最大154発ものトマホークを搭載できるオハイオ級SSGN(巡航ミサイル原子力潜水艦)が展開してきてもおかしくないが、地中海に展開しているとされる1隻がこれに該当するのかどうかは明らかで無い。

また、報道によると米国はギリシャのKalamataとSoudaにある航空基地の使用を要請しているとされるが、シリア北部と国境を接するトルコや東部のイラク(トルコにはインジルリク空軍基地、イラクには軍事顧問団のみ)では航空兵力が大幅に増強されたという情報はない。

したがって、もし攻撃が始まるとしても、洋上の駆逐艦等から発射されるトマホーク巡航ミサイル(最大でも数百発。リビア作戦の場合を考えればおそらく100発程度)とギリシャから発進する航空部隊、それに米本土から飛来する長距離爆撃機部隊が主の、ごく小規模なものとなろう。

前述のNBCテレビが「攻撃は政権への警告としての役割が主であり、期間は3日程度」と述べていることや、27日にカーニー米大統領補佐官が「米国はシリアの政権崩壊を目指して軍事行動を行うことはない」と述べたこともこの推測を裏付ける。

一方、欧州について言えば、英国が揚陸艦「ブルワーク」を中心とする4隻の艦隊をアルバニア沖に展開させているほか、シリア国境までわずか160kmの位置にあるキプロスのAkrotiri空港で戦闘機部隊(国籍不明)が目撃されたという英報道が出ている。

フランスは原子力空母「シャルル・ド・ゴール」を地中海沖合に派遣したようで、リビア作戦と同様、米国は空母を出さずに巡航ミサイル攻撃だけで済ませ、空母はフランスに任せるつもりのようだ。

いずれにしても、現在、欧米諸国がシリア周辺に展開させている兵力は1999年のユーゴスラヴィア空爆やイラク戦争に及ぶものではない。

また、地上部隊の投入については、各国は最初から明らかにオプションとして考慮していない。

米国の思惑

欧米、特に米国がいまひとつ軍事介入に及び腰な背景はいくつか考えられる。

第一に、米国はようやくイラク・アフガニスタンの泥沼からの脚抜けを果たしたばかりでもあり、ここで再びシリアという新しい「泥沼」に足を突っ込みたくは無い。

第二に、財政危機に直面する米国は膨大な軍事費の削減を迫られている。

7月にデンプシー米統合参謀本部議長が議会に対して説明したように、シリア上空に飛行禁止区域を設定して米軍がパトロールを行うだけでも毎月10億ドル(1年間続ければ120億ドル)という途方もない額が掛かる。

まして大規模な空爆となればその費用はさらに膨れ上がるだろう。

米国の存立や核心的な国益が脅かされるような事態であればまた別であろうが、シリアにおける「人道の危機」に対して米国が出来るのは、今のところ小規模な空爆が精一杯というところだろう。

だが、同じことはリビアについても言えた筈だし、2011年から2012年頃までの米国は、シリアへの軍事介入にこれほど及び腰ではなかったように見える。

何故、最近になって米国は特に軍事介入に消極的になってきたのか。

これについては米国防総省系のシンクタンクRANDコーポレーションのテイラーのコラムや、立命館大学の末近の論考にあるように、シリアの「反体制派」が支持に値するかどうか怪しくなってきた、ということが指摘できよう。

当初、シリアの「反体制派」は一般市民や離反したシリア軍将校らから成っていたが、ここに在外シリア人ロビーや海外のイスラム過激派(特にアル・カーイダ系の「ヌスラ戦線」)、さらにはアサド政権側にもイランの影響下にある武装組織ヒズブッラーなどが参戦し、シリア紛争は単なる「内戦」ではなく国際紛争になりつつある。

しかもこれらの各アクターは統制を全く欠いている上、「ヌスラ戦線」とクルド人勢力の間では衝突が発生するなど、もはや政府軍vs反政府軍という単純な図式では全く捉えられなくなっている。

ヌスラ戦線が虐殺や無差別自爆テロといった「汚い」戦術を全面的に使用していることも見逃せない。

つまり、単に軍事介入でアサド政権を倒せば、民主的な(あるいは軍事介入を行った側にとって都合のよい)政権を樹立できるという望みはもはや持てなくなってしまった。

アサド政権が倒れても新たな混沌が続くだけという可能性が高いし、仮に新たな政権が樹立されても、それはアル・カーイダやイランの影響下にある過激なイスラム主義政権である可能性が高い。

実際、前述したデンプシー統合参謀本部議長の書簡でも、このような見立てを理由に軍事介入には消極的な姿勢が示されている。

軍事介入に懸念を強めるロシア

もうひとつの問題は、中露、特にロシアが軍事介入に強硬に反対していることだ。

特にロシアはプーチン大統領がキャメロン英首相との電話会談で「シリア政府による化学兵器使用の証拠はない」と主張したほか、ラヴロフ外相も国連の受託を得ない軍事介入は国際法違反であるとして強硬に軍事介入論を牽制している。

ロシアがアサド政権を支援し続ける最も大きな戦略的背景としては、中東における米国への対抗軸としてシリア=イランの同盟関係が存在してきたこと(上掲の末松の論考を参照)と、2000年前後以降、ロシアの同盟・友好国での体制転覆を欧米諸国が「民主化」の名の下に後押ししてきたことへの反発・脅威認識がある(これについては以前の拙稿を参照)。

また、シリアで戦っているイスラム過激派の中には、チェチェンやダゲスタンなどロシアの北カフカス地域出身者も多く、彼らがシリアで実戦経験とテロリスト・ネットワークを蓄積してロシアに帰ってくることも、ロシア政府は強く恐れている。

つまり、アサド政権の崩壊はロシアにとって対外関係上の利益を損なうばかりか、国内の安全保障にも直結してくる問題なのである。

個々1年ほどの間に米露関係が様々な局面で緊張状態となり、元CIA局員スノーデンの一時亡命受け入れでそれが決定的になりつつある現状を考えると、米国がアサド政権を崩壊させるほどの苛烈な軍事力の投入を行った場合、米露関係の悪化は現政権下では取り返しのつかないレベル(たとえば2008年8月のグルジア戦争時)まで悪化することが予想される。

それはオバマ大統領が自らのイニシアティブで始めた対露関係の見直し(リセット)政策の成果を台無しにするものであり、さらには「核の無い世界」に向けた核軍縮の動きを相当期間停滞させることになると予想される。

軍事介入に踏み切る理由

こうなると、逆に米国が小規模ながらシリアへの軍事介入を決めた理由の方が気になってくる。

第一に考えられるのは、政権側がこれ以上、無差別な暴力を使用することは看過しないというメッセージ(NBCで報じられた「警告」)としての役割である。

だが、「看過しない」ということはつまり大規模な軍事介入であって、それが困難な上に望ましい結果をもたらすわけでもなさそうなことは上で述べた通りだ。

第二に、「警告」の相手がシリア政府だけでなくイランであることも考えられる。

イランがシリア情勢に深く関与していることは前述の通りだが、核開発疑惑を巡ってイスラエルがイランへの空爆をほのめかし続けていることも見逃せない。

イスラエルがイランへの空爆を行おうとすればシリア領空を通過することになるわけで、シリアの防空能力が破壊されたり、飛行禁止措置が課せられれば、イラン空爆へのハードルは大きく下がる。

第三に、米国の国内政治というファクターを考える必要がある。

化学兵器使用が報じられた直後から米国ではこの事件への非難が湧きおこり、共和党のマケイン議員らが「何故早く介入しないのか」とオバマ大統領を突き上げた。

オバマ政権はこの2年ほど、軍事介入を避けてシリアの惨状を座視しているとの批判にさらされており、国際社会の目の前で起こった化学兵器使用(今回の件では犠牲者の苦しむ姿や遺体の映像・動画がインターネット経由で世界中に配信された)を見過ごすわけにはいなかった、という側面は大きいと思われる。

いずれにせよ、シリアへ向けて最初の巡航ミサイルが発射される日が近づきつつあることは間違いない。

だが、それによって事態が好転しそうもない、ということもほぼたしかなようだ。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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