Yahoo!ニュース

ロシアで開かれた「戦車バイアスロン」

小泉悠安全保障アナリスト
戦車バイアスロンの告知(ロシア国防省)
戦車バイアスロンの告知(ロシア国防省)

ロシアで「戦車のバイアスロン」なる競技が行われる、というニュースは、NHKでも放映されたのでごらんになった方は多いと思う。

演習場の中をピンクや黄色に塗られた戦車が走り回り、戦車砲を発砲する映像を見て、「相変わらず訳の分からない国」、「恐ろしあ」といった感覚を新たにされた方もいるかもしれない。

しかし、この「戦車バイアスロン」はロシア国防省が主催し、ロシア全土の戦車部隊から最優秀の戦車搭乗員を集めて開催する大まじめな企画だ。

最終の「全国大会」では、モスクワ近郊のアラビノ演習場に全長20kmの特設コースが設けられ、障害を乗り越えたり射撃を行ったりしながらより速くゴールを目指す。

最終決戦は今日すなわち8月14日から17日にかけて実施される予定だ。

では、ロシア国防省がなぜ、このような一見奇抜な企画を始めたのかについて、背景を簡単に説明してみたい。

ロシア軍をなやませる戦車兵の練度の低さ

最大の要因は、ロシア軍における戦車兵の練度が低いことだ。

ロシアは徴兵制と契約軍人制(志願制)を併用しているが、前者は任期がわずか1年の上、優秀な人材や何とかして徴兵逃れをしてしまうため、人材の質に問題がある。

このため、より任期が長く、きちんと給料を貰いながら高度な技術を習得する契約軍人の増加が不可欠だが、軍人の給与は任務の危険さの割に民間と大して変わらず(それでさえ2012年に軍人給与を一気に3倍に引き上げた結果で、それまでは生活していけないような給料しか支払われていなかった)、なかなか人が集まらないのが実情だ。

ロシア軍は技能職種には優先的に契約軍人を割り当てるとしているが、原子力艦艇の乗組員や弾道ミサイルの取り扱い要員、パラシュート部隊といった最重要の部隊に優先的に割り当てられるため、一般の戦車部隊などではまだ練度が低く経験不足の徴兵が主と見られる。

こうした問題が一挙に露呈したのが、今年2月に南部軍管区で実施された抜き打ち検閲だ。

これは全く予告なしにある部隊に対して戦闘準備態勢への移行を命じ、日頃の訓練・準備態勢をチェックするというもの。ソ連時代には実施されていたが、ソ連崩壊後のロシア軍では大規模な抜き打ち検閲は行われなくなっていた(抜き打ち検閲についてはこちらの記事も参照)。

それを、昨年11月に就任したばかりのセルゲイ・ショイグ国防相が復活させたのだが、その結果は非常に厳しいものだった。

演習の総括を行った制服組トップのゲラシモフ参謀総長によれば、車両・装甲車両の操縦手の練度が低く、出庫時、行進時、任務中に事故を起こす車両があったほか、戦車・走行車両の射撃成果が芳しくなかったという。

ロシア軍のT-90A戦車(筆者撮影)
ロシア軍のT-90A戦車(筆者撮影)

今回の「戦車バイアスロン」は、戦闘車両乗組員を競わせ、最終的に「全国大会」まで開いてみせることで、全体のレベルを底上げすることを狙ったものと言える。

発案者は抜き打ち検閲の場合と同様、ショイグ国防相自身で、企画の責任者には戦車乗り出身でチェチェンでの実戦経験もあるブバリツェフ訓練総局長が任命された。

ちなみにロシア空軍も最近、「リョートヌィ・ダールツ(=flying darts)」と呼ばれる航空機パイロットの競技会を開催しているが、ロシア国防省によると、今後は海軍歩兵部隊(海兵隊)や空挺部隊など、あらゆる部隊を対象にこうした競技会を行っていく方針であるという。

軍事予算の増加などによって大規模な作戦行動を行う余裕は出てきたので、今度はそのクオリティの方が問題になり始めたということだろう。

兵器調達と対米関係

もうひとつの背景は、西側諸国との関係だ。

今回の「戦車バイアスロン」にはロシア軍だけでなく、同じく集団安全保障条約機構(CSTO)に加盟するベラルーシ、アルメニア、カザフスタンからも戦車が参加している。

これに対してショイグ国防相は、来年の「戦車バイアスロン」に米国、ドイツ、イタリアを招待する意向を示した。

これについては、いくつかの意味が考えられる。

第一は、ロシア軍の兵器調達方針に関するものだ。

従来、ロシア軍は基本的に国産装備のみを調達していたが、納期遅れや価格高騰が相次ぎ、しかも性能面でも西側の最先端装備に劣るとの不満があった。

これに対してセルジュコフ前国防相は、価格や性能面で問題のある国産兵器の調達を中止し、外国から大々的に兵器導入を行う方針を打ち出した。

戦車について言えば、T-95戦車の開発を打ち切り、より高性能の戦車を開発するように命じる一方、イタリアからホイール装備のユニークな戦車「チェンタウロ」のサンプルをロシア国内の演習場でテストし始めた。

この方針は当然、軍需産業界の猛反発を呼び、セルジュコフ失脚の原因のひとつとなったと見られている。

その後、「チェンタウロ」のテスト状況についての動静は途絶えており、セルジュコフ失脚と供に潰えたと思われていたが、どうもテストはまだ続いており、来年の「戦車バイアスロン」にイタリアが参加するならば、この「チェンタウロ」を持ち込むことになるようだ。

この話が興味深いのは、セルジュコフの失脚後も外国製兵器の導入話が完全に覆されてしまったわけではないことと、セルジュコフの後を継いだショイグも外国製兵器導入の途を閉ざすつもりはなさそうだということが伺える点だ。

ロシア国防省筋からは「チェンタウロを導入するかどうかは戦車バイアスロンの結果が目安になるだろう」との話も伝わってきており、今後のロシア軍の動向を占う上で興味深い。

一方、米国は今ひとつ冷淡だ。

ショイグ国防相は米露外務・防衛会談(2+2)に参加するために訪米した際、「戦車バイアスロン」への参加を米側に持ちかけたとされる。

人権問題、ミサイル防衛問題、シリア問題、さらには元CIA局員スノーデンの一時亡命受け入れ問題と米露関係はここ数年で最大の危機を迎えており、肝心の2+2もほとんど成果が無いままに終わってしまった。

こうした中で「戦車バイアスロン」への招待は幾らかなりとも雰囲気を和らげる提案として持ち出されたようで、ショイグは「米側が招待を受け入れた」としているものの、今のところ米国務省は否定も肯定もしていない。

来年、アラビノ演習場に並んでいるのがロシアの戦車だけなのか、米独伊といった西側諸国の戦車が肩を並べているのか、注目される。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

小泉悠の最近の記事