正念場を迎えた米露のミサイル防衛問題 「非対称的措置」を繰り出すロシア

新型ICBMの配備を開始

以前の小欄で、ロシアの戦略核兵器の減少傾向が止まり、新型核兵器の配備が増加しつつあることをご紹介した。

この傾向がさらに加速することになりそうだ。

2011年以降、ロシアは正体不明の新型ICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射試験を繰り返していたが、最近になってこの謎のICBMが「ルベーシュ」として年内に実戦配備されることが公表された。

ルベーシュはこれまでロシア軍が実戦配備してきた「トーポリ-M」やその改良型「ヤルス」のさらなる大規模改良型とされ、以前は「アヴァンガルド」の名で知られていた。

ルベーシュの詳細は明らかになっていないが、誘導システムの改良によって命中精度を示すCEP(円形半数必中界)が改善されているほか、新型燃料を使用して飛行性能が向上していると言われる。

また、ヤルスと同様に弾頭は複数個が搭載されているものと思われる(発射実験に関する報道では弾頭は複数形で表現されている)。

面白いのは、2011年から今年6月7日までに行われた5回の発射試験の目標だ。

ロシアの弾道ミサイルはカプスティン・ヤールやプレセツクといったロシア西部の試験場から発射され、カムチャッカ半島にあるクラ射撃場の目標に弾頭を落下させるのが普通だ。

しかし、過去5回の発射試験のうち、失敗した1回を除くとクラに弾頭が落下したのは1回のみで、残る3回はカザフスタンのサリ・シャガンに落下している。

これは米国を標的とするICBMの発射試験としては異例の短距離発射だ。

ルベーシュは米国のミサイル防衛網を突破可能な「MDキラー」であると言われており、何らかの特殊な弾頭(飛行中に軌道を変更できる機動弾頭など)を搭載している可能性もある。

軍需産業を担当するロゴジン副首相などはこれが「現在、そして将来のあらゆるミサイル防衛システムも突破可能なミサイル」と述べており、米国のミサイル防衛網に対するロシアの「非対称的措置」のひとつと考えられる。

前述のように、ルベーシュは年内にも実戦配備が始まる予定で、2014年には最初のミサイル連隊が編成される計画だ。

南半球でのSSBNパトロール再開

「非対称的措置」と見られるもうひとつの措置が、SSBN(弾道ミサイル搭載原潜)の南半球でのパトロールである。

南半球でのパトロールは冷戦期にも実施されていたが、ソ連崩壊後にはSSBNの稼働率が極端に下がったこともあり、オホーツク海や北極海といったロシア近海でのパトロールのみが実施されていた。

だが、今月初めに参謀本部筋の情報として伝えられたところによれば、ロシア海軍は2014年から南半球でのパトロールを再開する計画であるという。

旧式SSBNへのメンテナンスや近代化改修によって稼働率が向上したことにより、ロシア海軍は昨年6月から常時1隻のSSBNを洋上パトロールにつける体制を復活していた(それまでは稼働率低下によってパトロールにたびたび穴が空いていた)。

さらに今年からは新型SSBNの就役が始まったことで、北極海やオホーツク海以外にもSSBNを派遣する余裕が出てきたのだろう。

このような南半球でのパトロールが何故、「非対称的措置」になり得るかといえば、従来の米国のMD網が基本的に北半球を対象としてきたためだ。

イランにせよ、北朝鮮にせよ、あるいはロシアにせよ、いずれも北半球に存在する国家であるから、米国に向けて発射された弾道ミサイルは北極圏またはその付近を通過する。

したがって早期警戒レーダー網や迎撃ミサイル網もこれに併せて展開されていたわけだが、南半球からの攻撃にも対処しなければならないとすると、警戒・迎撃範囲は格段に広がることになる。

「非対称的措置」の背景は

このような「非対称的措置」をロシアが打ち出してきている背景には、ミサイル防衛問題を巡る米露関係が大きく動きつつあるためだ。

これも以前、別の記事で紹介したが、ロシアは欧州へのミサイル防衛計画に強硬に反対してきた

欧州ミサイル防衛はロシアの脅威にならないと主張する米国に対し、ロシアはあくまでもこれが脅威であると主張し、ミサイル防衛システムの配備を制限する「法的保障」を求めている、という構図だ。

また、西側はロシア側から早期警戒情報の提供を受けて共同ミサイル防衛を実施することを提案しているが、ロシアは米露がそれぞれの担当空域を決めて対等な立場でミサイル防衛を担う(つまりロシアは単なる情報提供者ではなく、実際の迎撃も担当する)のでなければ受け入れられないとしている。

最近、米国が4段階から構成される欧州ミサイル防衛の最終段階を取りやめたことでロシアの態度は軟化するかと思われたが、ロシアの立場は変化しなかった。

また、今年4月には米国のドニロン大統領補佐官(安全保障担当)がオバマ大統領のミサイル防衛に関する妥協案を盛り込んだ親書を持参し、プーチン大統領に手渡した。

その内容は非公表とされているが、リーク報道や最近のバーシュボウNATO副事務総長の発言から判断すると、米露でミサイル防衛情報を共有・交換する「データ・フュージョン・センター」と、ミサイル防衛計画の調整などを行う「計画オペレーション・センター」を設置することについての「法的保障」を行うということのようだ。

要するにミサイル防衛網に本格的な制限を掛けようとすれば議会(特にミサイル防衛に熱心な共和党)からの突き上げを喰うのは必至だが、情報共有や透明性の向上などに関してならば妥協の余地がある、ということだ。

実はこの種のセンター設置の提案はかなり以前からミサイル防衛問題の落としどころとして提案されてきており、プーチン大統領も幾度かこの案で妥結する寸前に至っていたと言われる。

だが、今年5月に訪米したパトルシェフ安全保障会議議長からオバマ大統領へと手渡されたプーチン大統領の親書は、このようなデータ交換センター設置案を拒否するものであったようだ。

実際、パトルシェフの訪米直後にモスクワでロシア国防省が開催した欧州安全保障問題についての会議では、「透明性を高める程度では不十分である」「あくまでミサイル防衛の配備を制限する法的保障を求める」といった発言がロシア側高官から相次いだ。

ロシアとしてはあくまでも、米国のミサイル防衛システム配備に制限を加えると共に、欧州ミサイル防衛を米露対等で進めさせるために圧力を掛ける姿勢と言える。

本稿の前半で取り上げた新型ICBMの配備や南半球でのパトロールは、通常の核抑止力の維持・発展という側面はあるにせよ、あえてこれをプレイアップすることでミサイル防衛交渉に関する圧力の一助とする意図もあると考えられよう。

だが、前述のバーシュボウNATO副事務総長は最近の演説の中で、「欧州ミサイル防衛の最終段階取りやめでハードルが下がったのに、ロシアが勝手に新しいハードルを立てた」と苛立ちを露わにしている。

実際、ミサイル防衛計画の縮小やオバマの提案は2006年から足かけ8年にわたって続いてきたミサイル防衛問題にケリをつける絶好のチャンスであった筈だ。

にも係わらず、プーチン政権はそのチャンスを蹴った。

これは単に米国を焦らすための戦術的な動きなのか、それとも2009年以来の米露「リセット」を覆す戦略的なシフトなのか?

来週のG8サミットで予定されている米露首脳会談は、その先行きを見定める上での一つのメルクマールとなろう。