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金正恩「赤い貴族」専用の“高級食品”が腐っていて大問題に

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(平壌写真共同取材団)

「万民が平等」を謳う社会主義国家の欺瞞性の象徴として挙げられていたのが、旧ソ連を含めた共産圏各国の特権的幹部階級「ノーメンクラトゥーラ」だ。豊富な配給、外貨ショップでの贅沢品購入など、一般人が手にし得ない様々な特権を享受し、「赤い貴族」などと揶揄されていた。

 共産圏は崩壊し、権力構造のあり方は大きく変化したが、北朝鮮は何も変わっていない。その象徴と言うべきなのが「8号製品」または「9号製品」と呼ばれるものだ。

 これは、金正恩総書記の一族や高位幹部、国賓、特別な外国人客だけに献上される製品のことを指す。それらを生産する工場、農場では品質管理や衛生管理も完璧だ。なお、金氏一族だけに供されるものは「1号製品」と呼ばれる。

 首都・平壌に接する黄海北道(ファンヘブクト)の黄州(ファンジュ)は、果物の名産地として知られているが、8号製品として献上される食品の質に問題があったことで、責任問題に発展している。

(参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導

 デイリーNK内部情報筋によると、光明星節(2月16日の故金正日総書記生誕記念日)を控えた7日、朝鮮労働党中央委員会(中央党)経理部は、黄州で8号製品のリンゴの出来栄えについて調査を行った。

 経理部は毎年、黄州で収穫されたリンゴを等級別に分けて、緩衝材に巻いて段ボールに詰めた上で平壌に送り届ける。その量は3トンに達する。今年は光明星節を控え、幹部に配給する用のリンゴをさらに2トン増やそうとしたが、保管されていたリンゴの多くが腐っているのを発見した。

 結局、献上に値するリンゴは1トンにも満たなかったことで、経理部は激怒し、中央党に報告した。朝鮮労働党黄海北道委員会(道党)は、黄州郡品質監督所の責任監督員と監督員が無責任な仕事をしていたと叱責した。

 リンゴは地下の室(むろ)に保存し、品質監督所の担当者が、月2回保存状態を確認することになっていた。しかし、これを怠っていたことが、道党の調査結果で明らかになった。

 道党組織部は、8号製品を腐らせた責任を問い、責任監督員1名と監督員2名を厳重警告し、責任監督員は職を解く決定を下した。

「8号製品のリンゴを腐らせた責任は、単純なものではない。品質監督イルクン(幹部)の革命の首脳部に対する思想と態度が反映されたものだ」(組織部)

 そして、昨年9月に改定された品質監督法に激しく違反しているとして、黄海北道安全局(県警本部)の経済監察課に、「法的に厳しく処罰すべき者がいれば、事案に応じて適切に措置せよ」との指示を下したという。

 今回の処分に対して、品質監督所の職員は不満なようだ。

「こんな質の良いリンゴは、一般人は見ることもできない貴重品だ。小さなキズ一つあっても、切り取って食べられるのに、中央党は不良品扱いしている。国の品質監督の基準が厳しすぎる」

 養殖のスッポンを死なせたとして、金正恩氏を激怒させ、処刑された人もいるくらいなのだから、解任ならごくごく軽い処罰と言えよう。

 また、道党は、中央党経理部から不良品だとの烙印を押されたリンゴを、8号製品を保存する倉庫に入れてはならないとして、道内の育児院、中等学院(孤児院)、戦争老兵(朝鮮戦争参戦者)に配り、残りを道党経理部が処理、つまり売りさばくように指示した。

 これを聞きつけた市場の果物商人は、普段なら中央党の幹部しか食べられない献上用のリンゴが市場に入荷すると喜んでいるという。

 庶民にとって果物がどれだけ貴重品かというと、物価が高騰する中でも、果物価格が下落していることからわかる。普段の食事もままならないのに、高価な果物に手を出す人はいないのだ。一方で、そんな高級品を頻繁に口にしている人がいる。これが「万民が平等」を謳っている北朝鮮の現実だ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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