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北朝鮮の美人ウェイトレスが「祖国と決別」するいくつかの理由

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
2016年に集団脱北した北朝鮮レストランの従業員たち(デイリーNK)

 韓国の聯合ニュースが統一省当局者の情報として伝えたところでは、北朝鮮を逃れ今年上半期(1~6月)に韓国に入国した脱北者は99人と、昨年同期(19人)の5倍を超えている。韓国入りした脱北者数の累計は女性2万4448人、男性9533人の計3万3981人となった。

 もっとも、今年の数字も以前と比べ多いとは言えない。

 年間2914人と最も多かった2009年をピークに、韓国に入国する脱北者の数は減少傾向にある。2019年までは1000人台を維持してきたが、コロナ禍を契機に激減し、2020年は229人、2021年は63人、2022年は67人に留まっている。

 韓国に入国する脱北者が減った最大の理由は、金正恩政権による統制強化だ。国境警備が厳しくなり、脱北に失敗して捕まった際のリスクも高くなった。単なる出稼ぎ目的なら処罰は受けても社会復帰が可能だが、韓国行きが目的だったと見なされれば反逆者(政治犯)として扱われる。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

 そこにコロナ禍が重なって以降、韓国に入国する脱北者は貿易関係や北朝鮮レストランの従業員など海外在住者が主流になった。

 北朝鮮レストランからの集団脱北事件としては、2016年4月に上海の南にある浙江省寧波の北朝鮮レストラン「柳京食堂」から従業員と支配人ら13人が韓国に亡命した事例がある。

 また昨年10月には、中央アジアのウズベキスタンの首都・タシュケントにある北朝鮮レストランの女性従業員5人が、脱北して韓国に到着したと、朝鮮日報など韓国メディアが報じた。

 タシュケントではまず、現地在住の韓国人男性と恋仲になった1人が韓国に逃れた。その件で、ほかの4人は保衛部(秘密警察)の取り調べを受け、帰国させられた後に極刑が下されるのを恐れて脱北したという。

 一方、最近、中国遼寧省の瀋陽とその周辺で、北朝鮮レストランの数が増えていると米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が伝えている。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて営業が困難になっていた既存のレストランがそれぞれ、いくつかの小規模な店舗に分かれて開業したのだという。

 毎日、客の前で歌や踊りを披露するため、閉店後も深夜まで練習を続けるウェイトレスたちの仕事は激務だ。しかし、食生活などの心配がなく、毎月140ドルを蓄えられるというのは、北朝鮮のほかの海外派遣労働者と比べ相当に恵まれている。

 その一方、売上ノルマ達成のため売春を強制されたり、中国人社長から殴打されたりといった問題も漏れ伝わっている。

 北朝鮮は2020年1月、コロナ対策として国境を封鎖し、現在まで海外駐在員の帰国を許していない。海外生活が長期にわたっている人々の中には、家族にも会えないことから相当なストレスを抱えているケースもあるが、それとは逆に、もはや統制の厳しい国内生活への順応は無理だと考え、帰国しない選択をしている人々もいると見られる。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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