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「金正恩と記念撮影時に殴られ流血」被害者たちの生々しい証言

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

 北朝鮮で最近強化されている「偉大性教養」。文字通り、金正恩総書記がどれほど偉大かを教える思想教育のことだが、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)がその内容と、それに対する若者たちの反応を伝えている。

 平安北道(ピョンアンブクト)の情報筋は、今年に入ってから若者たちに向けた思想教育が強化されていると伝えた。それに使われる資料だが、タイトルは「敬愛する金正恩同志をお手本として学ぶ学習会参考資料」というものだ。

 資料は金日成主席(祖父)と金正日総書記(父)、そして金正恩総書記の偉大さについて説いた8〜10ページの文章と、1つのエピソードからなる。

「カメラマンの幸運」というタイトルのこのエピソードは、金正恩氏が2015年、忙しい合間を縫って咸鏡北道(ハムギョンブクト)の水害復旧現場に投入された朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の兵士4万人と記念写真を撮った際の話だ。金正恩氏の兵士らに対する「お心遣い」に感動したカメラマンの目が涙でくもり、なかなかシャッターを切れなかったという「美談」である。

 情報筋は、「建設現場で実際に金正恩氏と共に写真と撮った兵士たちにより、偉大性教養の資料の真実が明らかになっている」として、この話が嘘だということが広く知れ渡っていることを伝えた。

「兵士らは撮影現場で『元帥様(金正恩氏)からもっと離れろ』と護衛要員から無慈悲に銃床で殴られ流血した。結局、4万人を集めて記念写真を撮ったが、金正恩氏の偉大さを見せつけようとするプロパガンダのための詐欺だった」(情報筋)

(参考記事:金正恩氏の「高級ベンツ」を追い越した北朝鮮軍人の悲惨な末路

 資料では、「金正恩氏が兵士たちの労をねぎらうため、急きょ現場に行くことにし、カメラマンが同行した」ということになっているが、実際には朝鮮中央テレビの中継車が動員されたと、情報筋は証言している。

 そうした裏話を知る若者たちは、こんな思想教育に対して強い拒否感を示しているとのことだ。

 咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋も、現地で若者を対象にした同じ思想教育が行われているが、彼らは非常に不満を持っていると伝えた。現地でもエピソードが嘘がということが知れ渡っているようで、資料を読んだ若者たちは、共感するどころか、むしろ反発しているとのことだ。

 また、金氏一家の偉大さを強調した文章も、2000年代生まれの若者には、「古臭い宣伝」としか受け止められないばかりか、金正恩氏に対して「あいつは(偉大性宣伝に出る)お笑いタレントか」と鼻で笑っている有様だという。

 国家による配給が行き届いていた時代を知らず、自らの力で生き残ってきた20歳前後の若者にとって、国や党、最高指導者はありがたいものでも何でもなく、ダサい存在なのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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