「現場で築かれる死体の山」金正恩の脳裏をよぎる地獄絵図
北朝鮮の金正恩総書記は、今年1月の朝鮮労働党中央委員会第8期第19回政治局拡大会議で「地方発展20×10政策」を打ち出した。首都・平壌への偏重が著しい投資を地方にも広げて経済の発展を図り、地方の人々の生活を向上させるという政策だ。「20×10」とは、毎年20の市や郡に現代的な工場を建設し、10年以内に経済を活性化させることを意味している。
国防省は、この政策の実現は朝鮮人民軍(北朝鮮軍)が担うべきという金正恩氏に指示に基づき、建設部隊「124連隊」を立ち上げた。この部隊は、各道に20か所選定されたモデルケースとなる地域において、工場の建設を行っている。
咸鏡北道(ハムギョンブクト)鏡城(キョンソン)郡と漁郎(オラン)郡には、朝鮮人民軍第9軍団の124連隊がやって来て、地方工業工場の建設を行っているが、現地の情報筋は、連隊が先週、「事故を徹底的に防止するための軍人建設者の集い」を開き、軍団、道、郡の幹部が参加したと伝えた。
(参考記事:「手足が散乱」の修羅場で金正恩氏が驚きの行動…北朝鮮「マンション崩壊」事故)
これは国防省が今月2日に各124連隊に下した、「工事全期間中に一件たりとも事件、事故を出さないことについて」との指示に基づいてい行われた模様だ。建設過程においての事故は、地方発展20X10政策を指示した金正恩氏の権威と威信に傷をつける、などといったことが伝達されたようだ。集いでは以下のような決議がなされたとのことだ。
「事故を出さないことは、地方人民のための金正恩氏の愛と恩徳を輝かしめるものであり、金正恩氏の絶対的な権威と威信を守ること」
「建設のすべての過程で規定と秩序を守り、皆が自分の責任と役割を高めよう」
毎年5月と11月は事故防止対策月間で、労災事故防止のキャンペーンが繰り広げられるが、このような集会まで開くのは見たことがないと情報筋は述べ、「どこかの工場建設現場で事故が起きたのでこんなことをしているのではないか」と推測した。
北朝鮮では、安全規則の不徹底、装備の不備、手抜き工事など様々な理由で、数百人単位の貴重な人命が失われる地獄絵図が幾度となく繰り広げられている。現場で働く人たちはもちろん、金正恩氏も過去の悪夢を繰り返すまいと思っているのだろうが、事故を止めるのは難しそうだ。
平安北道(ピョンアンブクト)の雲山(ウンサン)郡では、建設部隊の兵士と突撃隊(半強制の建設ボランティア)の隊員が同様の集まりを開いたが、これを伝えた現地の情報筋は、「こんなものは言葉遊びに過ぎない」と吐き捨てた。
北朝鮮における労災事故多発の一因となっている「速度戦」が未だに行われているからだ。計画より速く建設することを最大の美徳とする考え方だが、労働者の安全は無視されて事故が多発し、手抜き工事の原因ともなっている。
雲山の建設現場では、当局が各道、市、郡から派遣された突撃隊と124連隊の兵士を競争させる形で建設を進めている。何もしなければ工事が遅々として進まないため、アメとムチをちらつかせて、「ともかく速く工事を進めろ」と夜遅くまで作業をさせている。
そんな状況が2ヶ月も続き、突撃隊員や兵士は、休憩時間ともなれば、そそくさと日陰に入って昼寝をする。連日連夜の残業で、まともに睡眠が取れていないようだ。
自身も長らく突撃隊に身をおいていた情報筋は、事故が起こる寸前だとして、このように指摘した。
「仕事中に居眠りして足場から落ちたり、日陰で昼寝をしていて落下物に当たったりするなどの事故が多数発生する」
その原因は速度戦にあるとして、「速度戦が人を殺す」という言葉は間違っていないとも述べた。どうやら北朝鮮でも、速度戦に対する否定的な考えが広がっているようだ。実際、速度戦が今までに死に至らしめた人は数え切れないほどだ。