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「いい加減にしてくれ」金正恩印の贈り物に国民からキツイ評価

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮は、1月8日の金正恩総書記の誕生日と2月16日の光明星節(金正日総書記の生誕記念日)、そして4月15日の太陽節(金日成主席の生誕記念日)にお菓子や学用品など子どもたちへのプレゼントを配る。北朝鮮お得意の「贈り物政治」、言い換えると「物で釣る」ためのものだが、決して評判が良いとは言えない。

今年の光明星節にも、贈り物が配られた。しかし深刻化の一途をたどる経済難を反映し、例年に比べても粗末な内容になったようだ。また、新型コロナウイルス対策で貿易が停止された状況下、当局がお菓子作りのため国内のわずかな食材を買い集めたために物価が高騰。国民の間からは「いい加減にしてくれ」との声が上がっているという。

もちろん、大っぴらにそんなことを言えば最高指導者の権威を傷つけた罪で、どんな目に遭わされるかわからない。

(参考記事:金正恩命令をほったらかし「愛の行為」にふけった北朝鮮カップルの運命

だから批判は内々にとどまっているが、それでも国民の不満はかなり強いようだ。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋によれば、道内の会寧(フェリョン)市で、金正恩氏の名前で配られたのは鉛筆72本、消しゴム8個、クレヨン12色セット、水彩絵の具12色セット、水性ボールペン2本、油性ボールペン3本、物差し4本、鉛筆削り、筆箱、学用品箱それぞれ1個。

一見、豪華バージョンのように思えるが、実際に受け取れたのは新学期に小学校に入学する子どもたちのみ。その正確な数は不明だが、会寧市の人口15万人から考えると、多く見積もっても3桁だろう。また、質の良し悪しもわからない。

その他の幼稚園児と小学生に配られたのは、キャンディ、スナック菓子、コメで作ったおこし2袋ずつ、合計6袋だけだった。例年なら中高生や成人にも配られる特別配給だが、今年はなかった。一時は質が向上したと評判だったお菓子セットだが、それさえまともに調達できないほど、経済難が深刻ということだろう。

贈り物のリストには「光明星節を迎え、敬愛する父金正恩元帥様がお贈りくださった贈り物」とある。経済的苦境の中でも、「子どもたちのことを忘れない元帥様」というイメージづくりのためだが、市民の評判は散々だ。

あまりに粗末なお菓子セット、中学生以上には何も配られなかったことへの不平不満、「自力更生、自給自足を訴えていたがついに本当にそんな世の中になった」との嘆きはもちろん、「『先代の首領様の誕生日だから、なんとしてでも何かを配らなければいけない』という切迫感が伝わる」と市民から逆に心配されるなど、反応は様々だが、「さすが元帥様」などといったリアクションがあったのかは不明だ。

一方、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)の各地の情報筋は、「贈り物」の製造が物価を高騰させている現状を伝えた。

平安北道(ピョンアンブクト)の情報筋によると、新義州市場で売られている輸入品の砂糖の値段が、1キロ5万北朝鮮ウォン(約750円)と史上最高値を記録した。

この砂糖は、緊急物資として少量だけ輸入されたものだったが、高騰を始めたのは昨年12月から。これは金正恩氏からの贈り物として元日に子どもたちに配られたお菓子セットの生産が始まった時期と一致する。つまり、食品工場がお菓子生産のために砂糖を大量購入したために、価格が高騰したというわけだ。

ちなみに、こうした贈り物調達に要するコストは、様々な名目で国民に転嫁される。情報筋によれば、ある新義州市民は次のように不満を述べたという。

「毎回の贈り物政治の結果、苦しむのはわれわれなのに、なぜお菓子の生産費用を市民に押し付けるのか。われわれからカネを取って作った粗末なキャンディが最高尊厳からの贈り物だというのか。もう、いい加減にしてもらいたい」

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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