「物乞いを収容せよ」金正恩命令に国民から疑問の声

金正恩氏(朝鮮中央通信)

かつての北朝鮮は、日々の食料品はもちろん、細々とした生活必需品から住宅に至るまで国が配給する、高度な配給国家だった。それを支えていたのは旧共産圏からの援助だったが、旧共産圏の崩壊で援助が得られなくなったことに加え、長年の失政、度重なる自然災害などで、1990年代後半には配給が実質的にストップしてしまった。

数十万とも言われる人が飢えて命を落とし、生き残った人は食べ物を求めて各地をさまよい歩いた。そういう人々のことを「コチェビ」と呼ぶが、今に至るまで物乞いをして食いつないでいる人々が存在する。特に子どもや老人が多い。

金正恩党委員長は、家がなく物乞いをして生きている老人について、国が面倒を見るように指示を下した。国民は一定の評価はしつつも、事業の行く末に懐疑的な見方を示している。

金正恩氏は、孤児院に当たる育児院、愛育院、コチェビを収容する中等学院などの施設の施設拡充などにも力を入れ、「人民愛」を強調してきた。しかし、宣伝とは裏腹にその内実は極めて劣悪だ。半ば強制的に収容された子どもたちは、厳しい規律、虐待、食糧不足に苦しめられ、逃亡を余儀なくされてきたからだ。

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デイリーNKの内部情報筋によると、金正恩氏の「心配のお言葉」は次のようなものだ。

「世界的な観光国家に跳躍しようとする党の意図に反して、全国に老人流浪物乞い者が増えたのは、孝行を第一の美風良俗と考える朝鮮式社会主義の民族的なあるべき姿に反する非道徳的な現象で、外国人や世界の進歩的人民に社会主義のイメージを乱す重大な対外的権威毀損問題だ」

一言でまとめると「物乞いをする人が外国人の目に触れては見栄えが悪い、沽券に関わる」ということだ。

「お言葉」を受けて中央党(朝鮮労働党中央委員会)の宣伝扇動部は、道党(朝鮮労働党の各道の委員会)や人民委員会(道庁)、司法機関(警察など)に、60歳以上で家もなくさまよっている老人を、国の施設である養老院に収容するための組織的な作業を行えとの指示を下した。また、養老院の施設を補完、整備し、食事、生活、医療の環境を綿密に調査し、補完事業を行えと指示した。

さらに、各道の党委員長に対して「自分の親を面倒見るように、いなくなった自分の親を探すように」事業に励めと注文をつけ、ノルマの達成状況を報告させ、各道で競わせるとした。

前述したとおり、金正恩氏は孤児院などの整備にも力を入れてきたが、半ば強制的に収容された子どもたちは厳しい規律、虐待、食糧不足に苦しめられ、逃亡を余儀なくされてきた経緯がある。

これと同様に、養老院も劣悪な環境に置かれていると言われている。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)は昨年、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋の話として、羅先(ラソン)にある養老院に支援品を届けた市民が、党委員会の関係者に立ちふさがれ、老人に会えなかったと伝えている。

また、「遠目で見えた老人は健康状態がよくなさそうだった」としながら、前年に山羊を購入すると言って支援金を募金させられたが、敷地内に山羊はいなかったと証言。地元当局が老人をネタに市民から金品を巻き上げ、老人たちを放置しているのではないかという疑惑の声が上がっているとも伝えている。

今月18日から、全国13の道と特別市、直轄市では、「社会主義の本来あるべき姿と文化、道徳的な面貌を一新する」との名目で、家もなく物乞いをしている老人を探し出し、登録する事業を行う部署として「責任指導分課」が作られた。住民登録台帳で一人暮らしになっている老人、死亡扱いになっている老人などに対して調査を行うとのことだ。

今回の件について、一般住民は肯定的に受け止めながらも、その負担が自分たちのところに来るのではないかと心配している。

「国が老人の面倒を見るという政策はいいが、調査して家族がいれば家に送り返して無条件で面倒を見ろと押し付けるのではないか」

「自分の子どもにすらまともに食事を与えられない人が、親を押し付けられても面倒など見るのか。また追い出したり、餓死させるのではないか」

年老いた親の面倒を見る家庭に対しては、国から何らかの補助があってしかるべきではないかとの声も上がっている。

「生活が苦しいのに(市場で商売して)カネを稼ごうにも、(所属する)企業所に出勤せざるを得ないように締め上げる。商売を始めても商売をしていると品物を取り上げる。食べ物が充分にあるなら、誰が自分を産んでくれた親を棄てるものか」

また、「戸籍で面倒を見る家族がいる老人は入れない養老院を拡張してどうする」という人もいれば、道党幹部や司法関係者や、養老院の空き部屋を休息に利用している現状を訴える人もいるという。