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金正恩が新型コロナで思い知った「本当の弱さ」と深刻な挫折

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮は16日、「光明星節」(金正日総書記の生誕記念日)を迎えた。金日成主席の生誕記念日である「太陽節」(4月15日)と並び、北朝鮮の体制にとって最も重要な記念日のひとつだ。

例年なら、中央記念報告大会や忠誠の宣誓集会など大規模な行事が開かれてきたが、今年は新型コロナウイルスを警戒し、大規模な行事は中止されたもようだ。金正日氏が死去(2011年12月)して以来、北朝鮮が慶祝行事を中止するのは今年が初めてだ。

北朝鮮が「中止」したのはこの日の慶祝行事だけではない。

朝鮮労働党は2019年12月28日から31日まで、中央委員会第7期第5回総会を開催。金正恩党委員長は7時間にわたって行った「歴史的な報告」で、非核化を巡る米国からの対話の呼びかけについて「時間稼ぎ」だと断言。「対話をうんぬんしながらも朝鮮を完全に窒息させ、圧殺するための挑発的な政治的・軍事的・経済的悪巧みをさらに露骨にしている」と非難した。

そして、「誰も手出しできない無敵の軍事力を保有し、引き続き強化していくのはわが党の揺ぎない国防建設の目標である」と述べ、「戦略兵器の開発もより活気を帯びて推し進めるべきである」と主張。続けて「世界は遠からず、朝鮮民主主義人民共和国が保有することになる新しい戦略兵器を目撃することになるであろう」と宣言した。

北朝鮮は昨年、非核化などを巡る米朝対話の期限を年末までに一方的に設定。米国が制裁緩和などで譲歩しなければ、核実験や大陸間弾道ミサイル発射を再開すると示唆していた。そして、上述した党総会で遂に「時間切れ」を宣言したわけである。

ならば北朝鮮は、彼らにとって「適切」なタイミングを見計らい、金正恩氏が宣言した通り「新しい戦略兵器」を衝撃的な形で披露する必要がある。しかし現状、そのような動きはまったく見えない。理由は言うまでもなく、新型コロナウイルスである。

北朝鮮の防疫体制は、きわめて脆弱だ。特に、末端兵士が栄養失調に苦しむ軍は、相当な緊張下にあると思われる。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

新型ウイルスの猛威に緊張しているのは諸外国も同じだが、どの国もいずれ、国際協力によって平静さを取り戻すだろう。

しかし、北朝鮮はどうか。このような情勢下で「新しい戦略兵器」をぶっ放せば、国際協力が難しくなるのは言うまでもない。よしんば世界保健機関(WHO)などの協力を得られたとしても、誰かに助けられながら戦略兵器をぶっ放したり、ぶっ放した直後に助けを求めたりすれば、その戦略的効果は半減する。

つまりはこのような非常事態下においてこそ、真の「国力」が問われるのだ。ここ数年、核とミサイルで大暴れしてきた金正恩氏だが、いま初めて深刻な挫折を味わっているのではないか。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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