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「男たちは私を何度も『品定め』した」北朝鮮女性の悲劇を止めるには

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

米財務省は26日、北朝鮮の個人7人と3つの団体に対し、殺人、拷問、強制労働、亡命申請者の追跡を含む甚だしい人権侵害を行ったとして、新たな制裁を科した。

制裁が科された個人は、鄭永秀(チョン・ヨンス)労相、朝鮮人民軍保衛司令部のチョ・ギョンチョル司令官とシン・ヨンイル副司令官、中国・瀋陽に駐在するク・スンソプ総領事、キム・ガンジン対外建設指導局長、リ・テチョル人民保安省第1副部長、在ベトナム大使館の外交官キム・ミンチョルの7人。

団体は保衛司令部と対外建設指導局、チョルヒョン建設の3つだ。

声明を発表したムニューシン財務長官の声明によれば、保衛司令部は軍内の秘密警察として活動し、反体制勢力を抑えつけているという。また、対外建設指導局などは北朝鮮国内と中東やアフリカにおいて、北朝鮮労働者を劣悪な環境で強制労働させている。

さらに中国とベトナムに駐在する外交官らは、脱北者の強制送還に従事しているという。

(参考記事:北朝鮮、脱北者拘禁施設の過酷な実態…「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も

これらの個人と団体は、米国内の資産が凍結され、米国企業や米国人との取引が禁止される。もっとも、米国に資産を持つ北朝鮮人などほとんどおらず、米国企業と取引する機会も皆無に近いから、こうした制裁が持つ意味は象徴的なものにとどまる。

だが、中国とベトナムに駐在する外交官が制裁の対象となったのは、なかなか興味深い動きだ。

強制送還された脱北者は拷問を受けた末、劣悪な環境の拘禁施設で長期にわたり収容される。北朝鮮における人権侵害の典型的な事例だが、この問題は、北朝鮮に協力する外国政府があるからこそ生まれているものだと言える。

とくに北朝鮮と国境を接する中国は、脱北者の強制送還に協力することで膨大な数の人権侵害に加担してきたのだ。また、そのような中国当局の姿勢が、人身売買など脱北女性らに対する人権侵害を助長してもいる。

(参考記事:中国で「アダルトビデオチャット」を強いられる脱北女性たち

米AP通信は昨年、そんな女性のひとりである40歳のキム・ジョンアさんの体験を伝えている。キムさんは貧困と栄養失調に苦しんだ挙句、脱北という選択をした。

「何度自殺しようとしたかわからない。私にとって脱北だけが唯一の生きる道だった」

中国に着いた彼女はブローカーのもとに行、「そこで何度も『品定め』をさせられた」。立ち上がって、クルッと回り、体型を見せた。そして、遼寧省瀋陽郊外の農村からやって来た男性に売られた。2万元(約13万円)だった。

(参考記事:「中国人の男は一列に並んだ私たちを選んだ」北朝鮮女性、人身売買被害の証言

一方、先ほどのキム・ジョンアさんとは別のキムさん(35歳)は、20代の頃に見知らぬ男性の友人と結婚させられた。相手は14歳年上、借金のかたに売られたのだった。夫からはほぼ月に一度暴力を振るわれたとした上で、「警察に突き出すぞと脅された。どれだけ屈辱的だったか」と語っている。

米国による今回の制裁措置は、このような状況を止めるための重要なヒントと言えるかもしれない。米国がもう一歩踏み出し、脱北者の強制送還に協力した政府に圧力をかけるようになれば、強制送還は今までよりはるかに難しくなるはずだからだ。

北朝鮮に核兵器を放棄させるには、究極的には北朝鮮を民主化させるしかない。そしてそれには、北朝鮮の反体制派がいつでも逃げ込むことのできる、安全地帯が必要だ。つまり脱北者を保護することは、北朝鮮社会の変化につながり得るのであり、それは世界の安全保障にとって必要なことになっているのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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