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経済制裁に苦しむ北朝鮮で「牛泥棒」が横行する理由

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮の農村で牛泥棒が続発している。保安署(警察署)は捜査に乗り出したが、牛を取り戻せるケースはほとんどないという。それは北朝鮮特有の事情に起因する。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

朝鮮半島において牛は昔から食用ではなく、畑を耕したり荷物を運んだりするのに使われてきた。韓国では機械に取って代わられて久しいが、北朝鮮ではまだまだ現役だ。協同農場に登録された牛は国家財産として扱われ、許可なき転売、屠殺は処刑される可能性すらあるほどの重罪だ。

絶対に捕まらない犯人

それでも毎年、春以降に牛泥棒が横行する。今年は特にひどかったという。国際社会の経済制裁による燃料不足が激しさを増し、農業用の機械を使えなくなったためだという。

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咸鏡北道の情報筋によると、清津(チョンジン)市青岩(チョンアム)区域の稷下(チッカ)協同農場から数回に分けて牛7頭が盗まれた。周辺の農場を合わせると被害は数十頭に及ぶ。

被害はさらに、橋院里(キョウォンリ)、連津(リョンジン)など海辺の村から、富居(プゴ)、方津(パンジン)など山奥の村、さらには50キロ以上離れた茂山(ムサン)郡にまで拡大している。

保安署は普段、窃盗などの犯罪捜査をあまりやろうとしないが、今回ばかりは必死になって捜査をしている。それもそのはず、稷下協同農場はかつて金日成主席や金正日総書記が現地指導に何度も訪れた「教示単位(モデル組織)」だからだ。

また、在北朝鮮中国大使館のウェブサイトによると、2015年5月に、清津駐在の李杰総領事率いる中国領事館の職員や、咸鏡北道華僑連合委員会のメンバーなど50人が訪れ、農作業を手伝うなど、外国人が訪れるところでもある。そんな重要な農場の牛を見つけられなければ、どんな罰を下されるかわからない。

別の情報筋によると、富寧(プリョン)郡の保安署が近隣の農場を対象に被害の実態調査を行ったところ、盗まれた牛は15頭に達することが判明した。捜査を行ってはいるものの、牛を取り戻せることはまずないという。

それもそのはず、牛泥棒は、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の兵士の仕業だからだ。朝鮮人民軍の軍紀は乱れ切っており、盗みを戒める幹部もほとんどいないのだろう。

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彼らが牛を盗んで、農耕用に使おうが、煮て食おうが焼いて食おうが保安署は手を出せないのだ。結局、各協同農場は牛を守るための自警団を作って警備に当たるしかない。

人民軍兵士による窃盗は今に始まったことではない。国からの食糧配給がまともに行われないため、餓死を免れるために周囲の民家を襲撃するのだ。民間人からは「馬賊」「土匪」と恐れられるほどだ。国内だけでは飽き足らず、国境を越えて中国に忍び込み、強盗殺人を犯す者すらいる。

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多発する兵士の犯罪に対して業を煮やした金正恩党委員長は昨年7月、「軍人が民間人の生命、財産に被害を与えたら、絶対に許さない」と指示を下したが、あまり効果が上がっていないようだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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