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女性に「性上納」強要…人権侵害の「お墨付き」与えた金正恩氏

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

北朝鮮の金正恩党委員長は今年春、国家保衛省(秘密警察)に対して「人権侵害をやめよ」との指示を出したと伝えられている。

保衛省に対する厳しい検閲(監察)と同時期に出されたこの指示により、保衛員(秘密警察の要員)の態度はかなりソフトになったと伝えられたが、北朝鮮の人々は「どうせ一時的なものだろう」と冷ややかな目で見ていた。実際、その通りになっている。

北朝鮮の両江道(リャンガンド)恵山(へサン)市に住むキムさんは、デイリーNKにとくに極悪な保衛員のことを知らせてきた。その人物は、市内の蓮峯二洞(リョンボンイドン)を管轄する保衛指導員、カン・ジニョク上尉だ(※注=上尉は大尉と中尉の間の階級)。

地域住民を懐柔、脅迫してカネをせびり取るばかりか、言うことを聞かない女性に対して性的暴行まで行っているというから、悪行三昧だ。そんなカン上尉がターゲットにしたのは、蓮峯二洞で一人暮らししていた20代の女性、ホさんだ。彼女は脱北して韓国に住む母親と連携し、送金ブローカーをしている。

そのことを知ったカン上尉はホさんを訪ねた。「ケツ持ちしてやるから、思う存分カネを稼げばいい」と告げ、交換条件として情報提供と「性上納」を迫った。つまり、性行為を求めたのだ。

ホさんは激しく反発し、抗議した。するとカン上尉は「お前ごときを処理するのは朝飯前だ」などと数回にわたり脅迫。それでも従おうとしなかったホさんに対し、力ずくで性的暴行に及んだというのだ。

こうした行為は、北朝鮮で数多く行われている。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

ホさんは他の多くの被害者と同様、カン上尉の報復を恐れ、上級機関に信訴(告発)もできずに一人で苦しんでいる。

カン上尉の悪行三昧はこれにとどまらない。ホさんと同じ町内に住む30代女性ハンさんも、その餌食となった。

事件が起きたのは今年2月のことだ。一人暮らしをしていたハンさんの家に、カン上尉が「保衛事業」(見回り)の名目で訪ねてきた。最初は酒を飲みながら自然な感じで話していたカン上尉だが、突然ハンさんを襲い、性的暴行に及んだというものだ。

彼女は上級機関に信訴しようとしたが、どうせ聞き入れてもらえないだろうと思い、友人にだけ打ち明けたという。

カン上尉の病的なほどの加虐性は、男性に対しても向かう。

2015年8月、市内の恵新洞(へシンドン)在住の50代男性、キムさんは脱北を幇助していたことが明るみに出て、保衛部に連行された。取調官だったカン上尉は、何も質問せずに拷問から始めた。

椅子を投げつけ、頭を壁に打ちつけるなど、拷問は2時間あまりに渡った。何もしていないと言うキムさんに対して、カン上尉は机の上にあった分銅を投げつけた。キムさんは、肋骨4本と前歯6本を折られて、痛みのあまり気を失った。

カン上尉は激しい拷問により恐怖心を受け付けた上で、キムさんを脅迫し始めた。3万元(約49万3000円)を払わなければ、教化所(刑務所)送りにして、無期懲役にしてやると迫ったのだ。情報筋は言及していないが、キムさんは要求に従ってカネを払ったものと思われる。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

ちなみに北朝鮮においては、金正恩氏の指示は不可侵の法となる。彼が「人権侵害をするな」と言えば無条件で従わねばならず、背けば死刑にされかねない。

ではなぜ、保衛員たちはこのような所業を続けられるのか。実は、彼らの行動は金正恩氏の指示に背いているようでいて、実はそうなっていないからだ。

金正恩氏は「人権侵害をするな」と言いながら、同時に「脱北者や中国キャリアの携帯電話を使う者に対しては厳しく対処せよ」との指示を出している。

この2つを合わせると「一般人民への人権侵害はするな、ただし外国との内通者は除く」ということになる。かくして金正恩体制の「番犬」たる保衛省は、改めて人権侵害のお墨付き得たというわけだ。

(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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