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金正恩氏が秘密資金を預けた大阪にルーツの「有能なギタリスト」

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

実兄・金正哲氏の新情報(上)

北朝鮮の金正恩党委員長の実兄である金正哲(キム・ジョンチョル)氏が、金正恩体制を支える統治資金の金庫番としての役割を担っているとの情報がもたらされた。

もうひとりの兄と対立か

一時期は金正日総書記の後継者レースに名前が挙がっていた金正哲氏だが、北朝鮮において公式の場に姿を現したことは一度もない。昨年夏に韓国に亡命した元駐英北朝鮮公使の太永浩(テ・ヨンホ)氏は金正哲氏について、「政治に関心がなく、役職もない。音楽に関心があり、有能なギタリストだ」と語っている。

(参考記事:金正恩氏の兄は「有能なギタリスト」だった!

実際、金正哲氏は世界的なギタリスト、エリック・クラプトンの大ファンとして知られ、これまでにドイツとシンガポール、イギリスで行われたコンサート会場を訪れた様子がメディアによってキャッチされている。一昨年5月にロンドンで行われたクラプトンのコンサートを訪れた際には、太氏も会場に付き人のような形で同行した。それだけに太氏の人物評には信憑性がある。

筆者も革ジャンを身にまとい、サングラスをかけてラフな姿でロック・コンサート会場を訪れる金正哲氏を映像で見て、政治とは一線を引いた立場であることに満足していると思っていた。

一方、韓国の情報機関である国家情報院(国情院)は昨年12月、金正哲氏は権力から遠ざけられ、監視を受けながら生活していると明かした。

(参考記事:金正恩氏の兄「精神に異常」か…弟の監視受け「幻覚が見える」

しかし、韓国在住の脱北者で北朝鮮中枢の人事情報に詳しい北朝鮮戦略情報センター(NKSIS)の李潤傑(イ・ユンゴル)代表が得た情報によると、金正恩氏の指示によって金正哲氏に海外の統治資金を管理するための権限が与えられたという。いわば金一族の金庫番である。

ここで言う統治資金とは、正規の貿易などの取引によるものではなく、違法な手段で集められた秘密資金に限定されるという。秘密資金の全貌は明らかではないが、一つ言えるのは、独裁者とごく近しい幹部しか近づくことができないということだ。

たとえば現在、北朝鮮外交の司令塔と見られている元駐スイス大使の李スヨン氏は、金正日氏の信任が厚く、金正恩氏のスイス留学時代に世話役を務めていた。駐スイス大使を務めていた頃には、金一族の秘密資金の管理をしていたと言われている。

北朝鮮に対する金融制裁が強まっているだけに、数十億ドル規模ともいわれる秘密資金の管理を任せられる人物が備えるべき条件は、以前より厳しくなっていると考えられる。日本の大阪にルーツを持つ異色の独裁者でもある金正恩氏にとって、金正哲氏がかけがえのない存在となっている可能性は低くない。

(参考記事:金正恩と大阪を結ぶ奇しき血脈

李潤傑氏によると、金正恩氏の父である金正日総書記の時代には、金正恩氏の母親違いの兄である金正男(キム・ジョンナム)氏が同様の役割を担ってきた。金正恩氏が後継者に内定された2009年頃には、この統治資金をめぐって金正恩氏と金正男氏の間で対立関係が生じたという。

その金正男氏は今年2月、マレーシアで猛毒の神経剤VXを顔に塗りたくられ、殺害された。筆者は、金正恩氏が金正男氏の暗殺を決断し、北朝鮮当局が企画、実行したと見ている。かつての金庫番とされる金正男氏が暗殺された後に、金正哲氏が金庫番になっていたとするなら、その関連性が気になる。

(参考記事:「喜び組」を暴露され激怒 「身内殺し」に手を染めた北朝鮮の独裁者

李潤傑氏は、金正哲氏が金庫番のみならず、国家保衛省(保衛省)の海外の反探(スパイ担当)組織でも大きな役割を果たしていると指摘している。次稿では、金正哲氏が与えられた意外な役割と金正男暗殺事件との関連性について見てみたい。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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