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「金正恩バンザイ」のスローガンが消え去る日…中朝国境最新レポート

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
中国長白県から撮影した北朝鮮の恵山市(5月10日デイリーNK撮影)

北朝鮮で、36年ぶりの朝鮮労働党第7回大会が9日、閉幕した。その直後から、大会を盛り上げるために町中の至る所に掲げられていたポスターやスローガンが、あっという間に消え去ったという。一体、どういうことか。

現地取材班は「ポスター、スローガンの撤去」をとらえた!

中朝国境を取材するデイリーNK取材班は、党大会閉会の翌日10日、両江道(リャンガンド)恵山(ヘサン)市の様子を、鴨緑江の対岸の中国吉林省長白県から観察した。その結果、市内に掲げられていた朝鮮労働党旗、党大会を祝うポスター、スローガンが書かれた看板などが、すべて撤去されていることが確認された。(下の写真)

北朝鮮の恵山市(2016年5月10日デイリーNK撮影)
北朝鮮の恵山市(2016年5月10日デイリーNK撮影)

両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋も、プロパガンダポスターの撤去を確認しながら、街の様子を伝える。

「党大会のせいで、何も言えず、息の詰まるような状態だったが、街はようやく活気と余裕を取り戻した。市場の営業が再開され、人々は商売を再開。女性たちは、鴨緑江の川べりで洗濯をし、子どもたちはのびのびと遊んでいるよ」

北朝鮮当局は、党大会を前に国全体が、盛り上がっているかのように宣伝していたが、実際はそうじゃなかったようだ。

放火テロも発生

開催期間中と前後には「事件事故を一件たりとも許してはならない」と、特別警戒態勢が敷かれ、住民生活には多大な支障が生じていた。連日の勤労動員、強制募金に加え、市場も営業を制限されていた。商売に欠かせない携帯電話も今月初めから使えなくなっていた。

市場の商品の多くは中国からの密輸品だ。携帯電話で中国側業者と連絡が取れなくなることは、市場にとって死活問題である。街では「お上は高性能の新型電波遮断機を導入したのだろう」との噂が立ち、庶民たちの不満は募る一方だった。

実際、大会初日には、行政機関に対する放火テロ事件も発生している。

(参考記事:北朝鮮で放火テロ、国民の怒りが爆発か

しかし、なぜスローガンが撤去されたのだろうか。情報筋は、「党大会の内容が期待外れだったから」と述べる。

ポスターをトイレットペーパー代わりに

「期待していた『改革・開放』などの新路線が提示されなかったせいで、多くの人ががっかりして不満をもっている。一歩間違えれば、党大会関連の宣伝物に不満をぶつけて、破壊事件が起きかねない。そうなると、最も責任を問われるのは当局自身だ。そうしたことを未然にふせぐため、さっさと撤去したのだろう」(両江道の情報筋)

いまや、北朝鮮名物ともいえるスローガンや政治ポスター、いわゆる「プロパガンダポスター」は、金正恩党委員長の偶像化を目的としている。つまり、「神聖」なもので、大切に扱わなければならない。というのは、実は建前で、ポスターの破損などは頻繁に起きており、当局もそれほど神経をつかわない。貧しい人々のなかには、剥がれ落ちたポスターを持ち帰り、トイレットペーパーに使うほど、本来の用をなさない。いや、こういう場合は、有効活用されているというべきか…。

(参考記事:「金正恩ポスター」をトイレットペーパー化する北朝鮮大衆

いずれによせ、プロパガンダポスターやスローガンが「速度戦」で撤去された背景には、北朝鮮社会の変化がある。当局でさえも、長年続けてきたプロパガンダが、いかに厄介で、無駄であるかということを知っている。もちろん、庶民たちはいうまでもない。

金正恩氏は、こうした北朝鮮社会の変化に薄々気づいているからこそ、自らの権威を守るために「暴走」をやめられないのかもしれない。

(参考記事:金正恩氏が「暴走」をやめられない本当の理由)

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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