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金正恩氏の無邪気な「新兵器自慢」に危ういウラ側

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

北朝鮮の朝鮮中央通信は22日、金正恩第1書記が、新型大口径ロケット砲の試射を視察したと報じた。北朝鮮は前日、北東部の咸興(ハムン)市付近から飛翔体5発を発射しており、正恩氏が視察したのはまさにこれであろう。

朝鮮中央通信は、視察を報じた記事(朝鮮語版)の中で、これが「実戦配備を前にした最終試験射撃」であると報じている。金正恩氏が開発中や配備されたばかりの新兵器のテストを視察することはよくあるが、「最終試験」であることが明言されるのは珍しい。

口径300ミリと伝えられるこのロケット砲の射程は、推定で約200キロ。これが軍事境界線付近で発射された場合、韓国の首都圏全域と中部の米軍基地、陸海空軍本部がある忠清南道(チュンチョンナムド)鶏竜台(ケリョンデ)にまで到達する。音速の5倍のスピードで低空を飛行するため、今ある韓国軍の迎撃システムは用をなさない。

(参考記事:金正恩氏、新型大口径ロケット砲射撃を現地指導

これが意味するのは、金正恩氏はいつでも韓国を攻撃できるようになった――ということではない。そうではなく、仮に米韓が北朝鮮への先制攻撃を意図した場合、このロケット砲による破壊を覚悟しなければならなくなった、ということなのだ。

こうした構図は、金正日時代までの朝鮮半島には存在しなかったものだ。極端な秘密主義を取る北朝鮮は、兵器の数や性能をひた隠しにした。それに対して米韓は、最新兵器の増強ぶりを誇示することで、北からの不気味な軍事圧力を抑止していた。

その関係が、最近になって逆転してきているように見える。米韓が、金正恩氏への「斬首作戦」の動きを見せて不気味さを漂わせる一方、正恩氏は最新兵器から自分の“ヘンな写真”までをかたっぱしから公開する情報戦略で対抗しているのだ。

(参考記事:金正恩氏が自分の“ヘンな写真”をせっせと公開するのはナゼなのか

(参考記事:米軍が「金正恩斬首」部隊を韓国に送り込んだ

それでも、総合的な軍事力で勝る米韓が優勢なのは言うまでもない。しかし現代の民主主義国家というものは、「国民と国富の一部を犠牲にしてでも、先手必勝でやっちまおう!」などという判断は出来ないようになっている。一方、北朝鮮のような残忍な独裁体制は、国家のために国民を平気で犠牲にする。だから、経済制裁にもよく耐えてしまう。

(参考記事:北朝鮮の「公開処刑」はこうして行われる

(参考記事:橋崩落で500人死亡の「地獄絵図」…人民を死に追いやる「鶴の一声」

(参考記事:北朝鮮「核の暴走」の裏に拷問・強姦・公開処刑

こうした構図のまま時間が経過すれば、いずれ朝鮮半島のパワーバランスにも変化が出てくる可能性はある。

もし、30年後も金正恩体制が今と変わらず、その間に300発の核弾頭が製造され、日本の大部分を射程に収める中距離弾道ミサイル「ノドン」や弾道ミサイル潜水艦に搭載されたらどうなるだろうか。正恩氏がブチ切れて「核の報復」に出てくるのを覚悟で、経済制裁を強化したり、集団的自衛権の行使に踏み切ったりできるだろうか?

(参考記事:金正恩氏が日本を「核の射程」にとらえる日

そうなる前に根本的な原因を除去すべきなのだが、そのために使える時間は無限にあるわけではない。金正恩氏の暴走の裏に何があるかを読み、抜本的な対策を練ることが必要だ。

(参考記事:金正恩氏が「暴走」をやめられない本当の理由

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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