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「しなの」に新車導入決定、「やくも」は273系登場が間近に 振子式特急の未来は?

小林拓矢フリーライター
高水準な仕上がりの383系車両も交代の時期が来た(写真:イメージマート)

 カーブを高速で走行する際にぐいっと車体を倒すのが魅力の振子式特急車両。近年はコスト削減のためか、従来この種の車両を導入していた路線でも振子や車体傾斜装置すら搭載しないケースも相次いでいる。

 曲線が多い路線では、線路の改良もしくは振子式特急の導入で高速化がなされる。しかし、線路の付け替えをともなう大規模改良工事は、手間も時間もお金もかかる。地上設備の改良を最小限にし、車両性能の向上で速達性を高めるには、振子式特急車両の導入がもっともいいとされる。

 JR北海道が振子式特急車両や車体傾斜装置つき特急車両による高速化を断念し、JR四国のみが新型振子式特急車両に注力する中で、曲線の通過速度を高速化できる振子式は厳しいと考えられていた。そんな中で、「やくも」用の381系は老朽化が進み、後継車両をどうするのかがJR西日本の課題になっていた。

 いっぽう、381系を世代交代させ383系を成功させていたJR東海でも、車両の老朽化という課題は目に見えていた。JR西日本は国鉄型車両を大切にしすぎる傾向があり、JR東海のように一定の時期が来れば車両を交代させるというのが本来の姿であるものの、振子式特急が衰退傾向にある中で、これらの鉄道会社はどうするのかが注目を集めていた。

 なにせ、JR西日本では「くろしお」に直近で導入された車両は新車ではなく、他路線を走行していた車両が転属してきたという状況で、当然ながら振子式ではない。

 振子式特急車両が新しくできる日は来るのだろうか、ということを気にしていた人も多いだろう。

 そんな中で先日、JR東海は「しなの」への新車導入を発表した。

「しなの」385系は次世代振子制御技術を導入

 7月20日、JR東海では東海道新幹線車両の「AMBITIOUS JAPAN!」車内チャイムの終了が多くの鉄道ファンに惜しまれていた。そんな中で、新しい時代に突き進むような話が同社から出てきた。

 特急「しなの」用の新型車両、385系の量産先行車の発表である。

「しなの」が走る中央西線は、勾配・曲線の多い山岳路線であり、この区間の速達性を高めるために国鉄時代から振子式特急電車が導入されている。振子式特急退潮の情勢で、この区間で振子式特急が走らなければどうなるのか、という路線である。

 現在使用されている383系は、基本の速度プラス最大35km/hでカーブを走行することができ、そのために振子制御技術が大きく寄与している。

 では385系はどんな車両か。次世代振子制御技術を導入し、速達性だけではなく乗り心地も向上させる。乗り心地のためには、カーブ開始位置から車体を傾斜させることが重要である。385系では車両とカーブの位置を常時監視し、カーブ開始位置をより正確に検知する技術が使用される。車上のジャイロセンサにより車両とカーブの位置関係を常時監視し、カーブ開始位置を正確に検知する。検知したカーブ開始位置から振子傾斜を開始する。

 これまでの振子制御では、地上子通過時に位置を検知し、カーブ開始位置までの距離を取得して計算、その距離に達したタイミングで振子を傾斜する。

 こちらのほうが一見、手の込んだシステムかもしれない。しかし雨天による滑走などが発生した場合、カーブ開始位置での振子傾斜ができず、乗り心地に影響する。

 カーブの開始位置から車体を傾斜させることが重要という考えで、それに合わせた技術をJR東海は採用した。

 量産先行車は2026年度に完成し、走行試験で次世代振子制御技術などの確認を行い、2029年度ごろに量産車を導入するという。

「やくも」に待望のJR型車両

 JR西日本の特急「やくも」は、伯備線電化時に381系になり、その後ずっとこの車両が使用されてきた。いかにせん老朽化が問題ということになり、2024年春以降に新車・273系が導入されることになった。

国鉄色の381系「やくも」
国鉄色の381系「やくも」写真:イメージマート

 JR西日本は「くろしお」の状況から振子式特急電車が導入されるかどうかがファンの注目を集めていた。いっぽうで、岡山から出雲市までを結ぶ陰陽連絡の特急「やくも」は、新幹線の接続列車として重要な列車であり、振子式ではない車両を他線区から転属させて速達性を犠牲にするわけにもいかない。

 さらに「やくも」の381系は国鉄時代の振子式の技術で、乗っていると酔うという問題もあった。

 そういった状況をあわせて解決するには、振子式の新車しかない。

 そこで273系が導入される。

 この273系には、国内初の車上型の制御付自然振子方式が導入される。これは、車上の曲線データと走行地点のデータを連続して照合し、適切なタイミングで車体を傾斜させるというものだ。JR西日本と鉄道総合技術研究所、川崎車両の共同開発による。

 JR東海の385系も、鉄道総合技術研究所の振子式関連の技術を使用していることから、どちらもタイミングを見て振子を制御するということで、近しい技術を採用していることになる。

 ただ、381系は曲線通過時に自然に振子が作動するというシンプルな仕組みだったため、それゆえ遅れて車両が傾くという問題があったことを考えると、273系は大きな進化である。

振子式特急車両の復活はなるか

 線路の抜本的改善は難しく、曲線の多い在来線で特急を走らせるには、振子式車両の技術が欠かせない。しかしコストやメンテナンス、運用の際の有効性が一部の路線にしかないという問題から、振子式特急車両はなかなか増えていかない。車体傾斜装置を使用した特急も増えない。

 このあたりの有効性があるのはJR四国の路線で、それゆえにJR四国は車両が傾く特急が多く走っている。とくに気動車による振子式特急はJR四国のお家芸ともいえるもので、利用者からも速達性が支持されている。

JR四国は振子式特急で速達性を向上させてきた
JR四国は振子式特急で速達性を向上させてきた写真:イメージマート

 JR北海道のように社内事情から速達性重視を断念した鉄道会社ならまだしも、そうではない鉄道会社は、もっと振子式特急にチャレンジしてもいいのではないだろうか。とくに曲線の多い路線の速達化と乗り心地向上で、鉄道離れを食い止めるには必要なことであると考える。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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