Yahoo!ニュース

鉄道の運賃・料金値上げが容易に? 新しい制度の議論がいま国土交通省で進行中

小林拓矢フリーライター
JR東海は消費税増税時以外の値上げを行っていない(写真:イメージマート)

 最近、鉄道の運賃・料金の値上げについての話が多くなった。中小私鉄ではここ数年値上げが目立ち、大手私鉄でも東急が値上げを予定、いっぽうでJR東日本は時間帯別の運賃を導入することを検討している。

 これまで鉄道の運賃・料金を値上げするのは、国土交通省に申請などが必要で、許認可に時間がかかった。

 コロナ禍での鉄道の利用者減少による収入減で鉄道は厳しい状況にさらされる一方で、近年の気候変動による災害の激甚化に対して鉄道施設の被害を減らすための設備投資や、セキュリティ対策などへの投資も、待ったなしの状況となっている。

 状況が状況なので原資は運賃などの収入に頼るしかない。

 そんな中、国土交通省の交通政策審議会陸上交通分科会鉄道部会では、「鉄道運賃・料金制度のあり方に関する小委員会」を開催することになった。第1回の会合は2月16日に行われた。

国土交通省
国土交通省写真:西村尚己/アフロ

 この小委員会では、鉄道事業の持続的な運営と、利用者ニーズへの鉄道サービスの対応を可能にするために、運賃や料金をどうするか検証する。

 おそらく、委員会の議論としては、運賃や料金を値上げしやすくすることになるだろう。

鉄道の運賃・料金はどう決まる

 鉄道の運賃と料金は、それぞれ決め方が異なっている。運賃は、人または物品を運ぶことに対する対価ということで、上限認可制としている。事業者はあらかじめ国土交通省に上限価格を申請し、その申請が降りたところで、どう運賃を値上げするかを決める。実際には申請の際にどう値上げするかを決めておくところが多い。能率的な経営のもとで、適正な原価に適正な利潤を超えないものであるかを審査する。

 なぜこのような制度になっているかといえば、支払わなければ鉄道輸送の利用が不可能であり、不当に高額な料金を強いられる可能性があるからだ。この規定は新幹線の特急料金にも適用されている。

 いっぽう新幹線以外の特急料金などは、事前届出制となっている。料金を支払わなくても鉄道輸送が可能であり、高額となることが想定されないものだからだ。

 料金は設備の使用や、運送以外の役務に対する対価となっている。

 JRや大手私鉄・地下鉄の場合、「ヤードスティック方式」というしくみで運賃や新幹線の料金は決まっている。複数の企業の費用を比較した上で、基準価格を算定し、運賃などを設定する。人件費や経費の一部について適用する。線路費・電路費・車両費・列車運転費・駅務費の5項目に分け、単価化した上で基準価格を算出、基準単価に施設量を乗じて基準コストを決めるというしくみだ。

 これに利潤を適宜加えて、適切な運賃であるかを審査する。

 地方私鉄などでこの方法が適用されないのは、事業規模や経営規模のばらつきが大きいからであり、いっぽうで原価などもかかりすぎるという状況があるからだ。そのため、地方私鉄はよく値上げの申請を行っている。

 消費税導入以降、大手私鉄は時々運賃を上げ、JRでも北海道・四国・九州は運賃値上げを行っているものの、JR東日本・東海・西日本は消費税増税時以外に値上げを行っていなかった。

 鉄道事業者は値上げをしたい、より簡単に値上げをする方法が欲しいと思っているところである。ではなぜ、値上げが必要なのか?

鉄道が値上げをしたい理由

 鉄道が運賃などの値上げをしたいのは、コロナ禍や気候変動、設備投資だけが理由ではない。国土交通省に対して鉄道事業者はこんな要望をしている。利用者ニーズに対応した投資に対して適切な利用者負担によって回収したい、運賃改定の審査手続きを簡素化・迅速化したい、総収入を増加させない範囲内で運賃設定を自由化したい(オフピーク定期券や運賃エリア見直し)、路線や需要に応じた柔軟な運賃・料金の設定をしたい、コロナ禍の影響や物価上昇時に対応できる機動的で柔軟な運賃改定をしたい……。そのあたりが鉄道事業者として現在の運賃設定システムに対して困難を抱えているというのが現状だろう。

 もちろん、鉄道の値上げがあれば利用者としては負担が増えるわけで、値上げしないということがありがたいことではあるのだが、それゆえに経営難になり、設備などが充実しなくなるというのもまた困る。とくに安全に関する設備投資は鉄道にとって大事である。

ドクターイエロー。鉄道は安全のための投資を多く行っている。
ドクターイエロー。鉄道は安全のための投資を多く行っている。写真:イメージマート

 なお、国内線の飛行機や高速バスは事前届出制であり、鉄道に比べて運賃の設定はゆるいものとなっている。タクシーは認可制である。路線バスは、鉄道に準じた存在であるためか、上限認可制である。

今後の見通しは?

 この小委員会は、「運賃・料金制度について今日的視点から検証」を行うためのものである。料金は比較的値上げをしやすいものの、運賃(と新幹線の特急料金)は代替となるものがないという公共交通なので、厳しく制約されている。

 各省庁の審議会や委員会・検討会は、たいていは論点が二分するものを議論するものではなく、一定の方向にもっていきたいと省庁が考え、「お墨付き」を与えたいとするものである。その中で問題点を見出し、そこをどう克服するかが議論の中心となっていく。

 その意味では、現在よりも運賃や料金の値上げを行いやすい状況にするという方針のもとで議論が進んでいくだろう。

 この小委員会で議論が進めば、とくに鉄道の運賃が値上げしやすいものとなり、いまよりも許認可の仕組みが簡便なものとなるだろう。「総収入を増加させない範囲」とはいうものの、コロナ禍の影響などで鉄道の収入は減少しているのだから、収入ぶんの埋め合わせの値上げということも考えられる。

 事業の存続・維持のために値上げという方針を取る鉄道事業者も現れることだろう。

 通勤や用事のために移動する人が多く利用する都市部の事業者は、状況改善のために値上げを迅速に行いたいと考えていてもおかしくはない。

 東急電鉄は来年の値上げを予定しているものの、いまから準備を始めている状況である。

 利用者としては正直、値上げはつらいものがある。しかも規制を緩和するなんていかがなものかと思う。しかし、運賃や料金の値上げがしやすくなるという動きがあるということは、知っておいてもいいことである。あわせて、路線バスも同等の扱いとなることも考えられる。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

小林拓矢の最近の記事