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国交省が検討する鉄道の「時間帯運賃」 通勤時間帯の値上げに大きな問題点

小林拓矢フリーライター
通勤時間帯に混雑する山手線(写真:kawamura_lucy/イメージマート)

 鉄道の運賃に「ダイナミックプライシング」を導入する動きが進められている。JR東日本とJR西日本は検討を表明し、国土交通省が3月29日の会合で運賃変動制の素案を示した。

 このことについては3月29日にNHKニュースが、4月21日に『朝日新聞』朝刊が報じている。

 混雑を緩和し、時間帯によって利用者が大きく変動することを抑制し、乗客数を均一化することを目的として、「時間帯運賃」の導入を鉄道事業者は検討している。国土交通省はその流れを受けて、実現可能かどうか検討している。

 鉄道の運賃を上限より引き上げる際には、国土交通省の認可が必要である。とくに時間帯によって運賃を変動させる「ダイナミックプライシング」は航空機や高速バスでは前例があるものの、鉄道では前例がない。

 法的に可能なのか、各事業者の旅客営業規則上可能なのか、その際には運賃計算のシステムをどう変えるのかなど、検討しなければならないことはいくらでもある。場合によってはそのためのコストに膨大なお金を投じなければならなくなる。

鉄道事業者にメリットはあるのか?

「時間帯運賃」は導入が大変であることを、鉄道事業者はわかっているのだろうか。鉄道は航空機や高速バスと異なり、運賃・料金体系は複雑を極めている。さらには紙のきっぷと交通系ICカードで運賃が違うことも多い。路線網は複雑を極め、だれがどの路線をどのように利用しているか把握する方法は、ほぼない。

運賃計算がさらに複雑になる。
運賃計算がさらに複雑になる。写真:アフロ

 そんな中で「時間帯運賃」を導入することは、鉄道の複雑なシステムをさらに複雑化することになり、そのぶんのコストがかかる。

 鉄道事業者側の主張では、通勤時間帯の運賃を高くすることで、乗客数を減らし、それにより車両や人員を削減、コストカットが可能だという。

 だが乗客数を減らすことで車両を削減させる、となると通勤電車は窮屈なままではないか。

 運賃も上がってさらに列車も窮屈なままだと、利用者にとってはデメリットでしかない。車両や線路への負担も変わらない。

 価格による需給コントロールは市場経済の中ではよくあることだが、鉄道は交通機関の中でも特に公共性の高いものであり、こういったことを行うのは公共性の放棄だと言わざるを得ない。

 検討はしても、システム改修だけで相当な費用がかかるのではないか。

 これまでは時間帯別の割引は回数券、最近ではポイントで行われてきた。これは任意の商品の設定であり、運賃のシステム全体に手をつけていない。回数券にはさまざまな制約があった。ポイントも条件を満たさないと付与されないケースも多い。ただし、運賃システムというメインのシステムに手をつけているわけではなく、サブシステムで割引の運用を行っていたから比較的簡単になっていたのであって、システムそのものに手をつけるとなると、問題は大きくなる。

 それでいて、「時間帯運賃」で通勤時間帯に値上げできる範囲は、通勤電車の利用距離なら10円~100円程度となり、費用に見合うだけの大々的な効果は出てこないと考えられる。

 またそうしたことで、鉄道事業者への不満は高まり、ネガティブイメージも一部広まるだろう。

利用者の不利益は大きい

 まずこの「時間帯運賃」でもっとも影響を受けるのは、定期券で利用している乗客だ。最初の「緊急事態宣言」ではテレワークが導入されたものの、その後はもとに戻したという企業も多い。また、働く時間が決まっていて、出社時間が決まっている人もまた多い。そういった人たちは、全時間帯利用可能な定期券を使用しなければならず、おそらく定期券の値上げが行われる。

 企業の定期券負担が大きくなるだけではない。

 現在、経済産業省では新しい働き方として「フリーランス」を推し進めている。だが、すべての「フリーランス」が在宅で働いているか、というとそんなことはない。「常駐フリー」という形態のフリーランスもおり、会社に出社して働くことを前提としながら、給与ではなく「報酬」を受け取っているケースもある。この場合、交通費は出ないことも多い。それでいて、拘束される時間は決まっている。自腹で定期券を買うケースも多い。

フリーランスとはいえ在宅で仕事を完結できるのか?
フリーランスとはいえ在宅で仕事を完結できるのか?提供:MORIKEN/イメージマート

 たいていの働く人は、フレックスタイム制や裁量労働制ではなく、働く時間が決まっている。フリーランスも例外ではない(法的にはかなりグレーだが)。

 また私のような在宅で記事を書いているようなフリーランスでも、時間で動かなくてはならないこともあり、混雑時に電車に乗ることは多い。

 どうしても「時間」で拘束される人にとっては、たまにしか乗らない航空機などではなく、ふだんから利用する通勤電車で「時間帯運賃」などをやられたら、ただの値上げでしかなく、人によってはそれが大きな負担になる。

 また、紙のきっぷだと固定価格、交通系ICカードだと値段変動という仕組みにするのでは、紙のきっぷを使用しないといけない障がい者とその介助者(割引がある)への対応にも問題が出てくる。紙のきっぷは、販売時間によって値段を変えるとなると、安い時間に買って高い時間に改札を通すという人が現れる可能性もある。

 多くの働く人はテレワークができる状況になく、この国の職場はそういったことに消極的だ。鉄道事業者が思っているほど、多くの人の「働き方」は自由ではない。混雑は緩和されないまま通勤時間帯だけ値上げ、というしゃれにならない結果にさえなる可能性がある。人によっても不利益を被ることもある。そんな中で「時間帯運賃」をやることは、収益構造の改善としても得策ではない。少額の値上げを一律にやったほうが、まだ公平でさえあるのだ。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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