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年末年始の終夜運転中止 鉄道の危機対応から何が見えるのか?

小林拓矢フリーライター
京急電鉄は初詣や初日の出輸送に例年は力を入れている(写真:アフロ)

 長いコロナ禍の一年も終わろうとしている。鉄道業界も、さまざまな業界と同じく、コロナ禍に振り回されたといえる。

 その中で問われたのは、各事業者の危機対応能力だ。これまで、地震や津波、風水害で問題が起こるたび、鉄道の危機対応が問われることもあった。そこから各事業者の体質や、置かれた状況などがわかることが多かった。

 東日本大震災では、津波がやってくるとわかりとっさの判断で乗客を下車させ、命を守ったという話もあれば、復旧のために迂回ルートを設定し、ふだんは貨物列車が走らない路線に貨物列車を走らせたということがある。

 いっぽう、混乱を避けるために首都圏の全駅を閉鎖し、乗客の利用を制限、結果的に帰れない人が多く現れ、社会的な非難を浴びた事業者もあった。

 近年相次ぐ風水害により、事前に予告した上で運休するという「計画運休」が行われるようになった。かつてはよほど風雨がひどくならない限りぎりぎりまで運行しようとしたものの、それだと乗客がいるまま運転を打ち切られ、出かけても帰れないという事態が発生するため、あらかじめ告知を行った上で運休するという手法が取られるようになった。

 鉄道施設や車両に被害があるということはあっても、乗客や鉄道員の命が奪われるということはこれによりなくなった。

 この一年はコロナ禍が続いた。来年もどうなるかわからない。近年の鉄道にはまったく関係のなかった疫病という事態に、どう対応するかが鉄道事業者には問われていた。

年末年始の終夜運転中止決定は二転三転した

 年末年始の終夜運転は、都市部の鉄道恒例の行事である。ふだんは終電から始発まで鉄道の運行は休むものの、12月31日深夜から1月1日朝まではカウントダウンイベントの帰宅客や夜中からの初詣客、そのたもろもろの移動の人のために、都市鉄道は夜を徹して運行する。

 京成電鉄や京急電鉄、京王電鉄のように、初詣客の輸送に力を入れている鉄道事業者も関東圏にはある。関西圏では、沿線に多くの寺社仏閣があり、しかもその中に伊勢神宮がある近鉄は、特急列車まで終夜運転を例年は行っていた。

 しかしこれらの終夜運転は、この年末年始は行われないことになった。

 ただ、各事業者が終夜運転を行うかどうかの判断には、相当な迷いがあったことがうかがえる。

 早々に終夜運転を中止すると発表したのは、東急電鉄と東武鉄道。東急はとくに終夜運転に力を入れない傾向があったものの、浅草寺や西新井大師が沿線にある東武の判断は意外だった。

 いっぽうでそのころ、終夜運転を行うと発表したのはJR東日本。理由は初詣客の輸送のためだという。発表の際には、「感染拡大の状況により中止する可能性もある」などの留保条件の文言はなかった。その後東京メトロも行うと示す。

 注目すべきは小田急だった。終夜運転を行わないとした一方で、初日の出向けの臨時特急などを運行するとした。

この車両を利用した東京メトロから小田急に直通する「メトロニューイヤー号」も初日の出のために運行されていた。
この車両を利用した東京メトロから小田急に直通する「メトロニューイヤー号」も初日の出のために運行されていた。写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

 関西圏では、留保条件をつけたOsaka Metro以外は終夜運転を行わず、多くは終電の繰り下げのみで対応するとしていた。そんな中で近鉄は、11月に判断を先送りし、12月初旬にコロナ感染の状況を見て決めるという発表を行っていた。

 その後、Osaka Metroも終夜運転を行わないとし、近鉄も中止の発表を下した。関西圏での急激な感染拡大の状況を踏まえてのものだ。

 いっぽう、関東圏では沿線に大寺院のある京急・京成・京王が行うと発表、九州の西日本鉄道も行うと発表した。

 しかし、さらに感染が拡大し1都3県の知事が国土交通省や鉄道事業者に終夜運転の中止を要請、関東圏では終夜運転は行われなくなった。小田急の初日の出列車も運行を行わないとした。

 全国的な感染拡大のなか、関西圏でも最後まで終夜運転実施の意向を示していた水間鉄道が中止、西日本鉄道も中止した。

 なぜ、二転三転したのか?

鉄道事業者のものの見方と、危機対応能力

 鉄道事業者は、なるべく例年通りにことを進めたがる傾向がある。また、乗客の需要がある限り、鉄道を動かそうとする。一方で、世の中の情勢を先導するのではなく、それに対応していくという形で事業を行っていかなければならないという性質を持っている。

 百貨店や土地開発などの関連事業においては需要を喚起するということは可能であるものの、本業の鉄道事業は世の中に振り回されることでしか事業ができない、主体的に鉄道サービスを提供していくことができないという構造になっている。

 多くの乗客が押し寄せる通勤ラッシュではその対応を何年、何十年とかけて行い、いっぽう終電の需要があるかぎり人手不足でメンテナンスが大変でも繰り上げることができないということが続いていた。

 社会の情勢を見極めないと新しい取り組みができないのが鉄道事業の性質だ。コロナ禍への対応は過去に例がなく、各事業者とも試行錯誤するしかなかった。鉄道事業者のものの見方がしっかりしているかどうかわかったのは、5月にあった新幹線の本数削減である。JR東海などによる東海道・山陽・九州新幹線の本数削減は、早期に削減の方針を示し実行、「緊急事態宣言」の状況を見てもとに戻すというものであった。JR東日本などによる東北・上越・北陸などの各新幹線の本数削減は、実際の削減は5月の末ころであり、「緊急事態宣言」解除で本数削減が見送られた。

 関西圏では、大阪市政のコロナ対応が後手に回り、市長や大阪府知事の発言に疑問が広がる中、Osaka Metroは終夜運転を行うという判断をいったん行い、そして中止した。Osaka Metroの場合、市政や府政に振り回されたということになる。

 寺社への対応のために自前の判断ができなかったのは、京急・京成・京王。午前0時からの初詣客を受け入れるということから、事業者判断での終夜運転中止は不可能な状況にある。コロナ禍の危機を察知していてもそれに対応できないという難しい状況にあるのだ。

 そしてJR東日本。大きな鉄道事業者であり、優秀な従業員も多く、個々の働く人たちは決して能力的に劣っているわけではない。しかし、新幹線の本数削減の際には後手に回り、終夜運転の判断でも結果として誤った判断をした。前例のない危機に対して巨大すぎる組織で正常性バイアスが働き、早々になんの条件もつけず終夜運転を行うとした。初日の出向けの列車も運行すると計画していた。そして現在のような状況になり、地方行政トップの判断があってようやく中止した。JR東日本の上層部には、社会の情勢を見極めて判断できる人はいなかったのか。

 何かに対応するという姿勢で事業を行い、危機に際してどう判断するかがいまいちで楽観的な姿勢を示すというのが鉄道事業者の中でも多くある。今回の危機対応は、各事業者の体質を考える上で参考になるものではないだろうか。

 なお、もっとも面白い対応をしたのは都営地下鉄である。他事業者の反応を見つつ、地方行政トップが中止を要請してからようやく終夜運転を行わないと発表した。ある意味かしこいといえるだろう。その都営地下鉄も、都営大江戸線の運転士の間で感染が拡大し、終夜運転どころか本数の削減が行われる。ある意味タイミングが合っているので興味深い。

※本年のYahoo!個人執筆はこの記事で終わりです。喪中のため、元日の記事発表は行いません。ご了承ください。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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