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人気上昇中の「呪術廻戦」どちらも凄い作品だからこそ”ポスト「鬼滅」”とばかり言われると少し違和感の訳

小新井涼アニメウォッチャー
(筆者撮影)

週刊少年ジャンプで連載中の人気漫画「呪術廻戦」が、テレビアニメの放送を機に更にその人気を上げ、現在書店では原作漫画が売り切れ続出するなどの大きな盛り上がりをみせています。

こうしたブームを受け、最近本作を同じ少年ジャンプ発の人気作になぞらえて“ポスト「鬼滅の刃」”と称して紹介されているのを各所でみかけるようにもなりました。

しかしこの“ポスト「鬼滅」”という表現、作品人気を一言で伝える言葉としてはとても分かりやすいのかもしれませんが、各作品のファンにとっては、あまり頻繁に使われすぎると時にネガティブなイメージも与えてしまうことがある諸刃の剣でもあると思います。

■間違ってはいないけれど…?

現在の「呪術廻戦」の盛り上がりをみてみると、

  • テレビアニメの放送を機に、より一層人気が高まった
  • 書店では原作漫画の売り切れも続出し、1人1冊の購入制限を設ける店舗もある
  • 10代20代以上の女性層からの人気が特に高い

…といった傾向があるようです。

これだけみてみると、確かに昨年2019年12月ごろの「鬼滅の刃」と盛り上がり方がそっくりで、ブームそのものを指して“ポスト「鬼滅」”と称することは、なんら間違っていないようにみえます。

しかし前述したとおり、そうは分かっていても、この「呪術廻戦」を“ポスト「鬼滅」の作品”とばかり言われることには、どこか違和感を抱いてしまう人も決して少なくはないと思うのです。

その『間違ってはないかもしれないけど、どこか腑に落ちない』もやもやの原因には、“ポスト~”という言葉から感じる、“代替感”と“作品そのものに目を向けられていない感じ”があるように思います。

■代替感と作品そのものに目を向けられていない感じ

“ポスト~”という言葉から感じる“代替感”とは、読んで字のごとく、「鬼滅の刃」への熱が一旦落ち着いたから、人々が“その代わりに”次は「呪術廻戦」を追いかけているように感じてしまうことです。

確かに「鬼滅」ロスの寂しさを埋めるため、新たに「呪術廻戦」にハマった人もいるとは思いますが、各作品への熱量のかけ方は変わっても、今も「鬼滅」が好きなことに変わりないことが多いと思います。

また、あたり前ですが、ずっと「鬼滅の刃」が好きな人、「鬼滅」ブーム以前から「呪術廻戦」が好きだった人、両作品ともに同じくらい好きな人などもいるように、そもそも人々の各作品へのハマり方自体が千差万別です。

しかしそんな中で生まれているブームを“ポスト「鬼滅の刃」の作品「呪術廻戦」”とばかり言われると、たとえ実状がそうでなくとも、まるで今まで「鬼滅の刃」で盛り上がっていた人々が、それを放り出して今「呪術廻戦」に群がっているかのような、本作の盛り上がりにどこかそんな軽薄さが与えられているようにも感じてしまうのだと思います。

“作品そのものに目を向けられていない感じ”というのは、“ポスト~”と称されることで、まるで今盛り上がりを生んでいる「呪術廻戦」そのものの魅力が、全く評価されていないように感じてしまうことです。

確かに、「鬼滅の刃」ブームがあったからこそ、多くの人々が“面白い漫画・アニメ”に対して広くアンテナを張っていたという状況があり、そこに今回「呪術廻戦」という素晴らしい作品が引っ掛かって、その盛り上がりが増していることはあると思います。

しかしそこまではいいとしても、それを受けて“ポスト「鬼滅」の作品「呪術廻戦」”とばかり言われると、たとえそういう意図が無かったとしても、まるで「呪術廻戦」の人気は「鬼滅」人気ありきのものであるような、今これだけの熱気を生んでいる「呪術廻戦」独自の魅力には全然目を向けられていないような印象を、どうしても感じてしまうのです。

『間違ってはないかもしれないけど、どこか腑に落ちない』もやもやの原因は、“ポスト~”という言葉から感じるそうした“代替感”や“作品そのものに目を向けられていない感じ”といった、どことなくネガティブなニュアンスから感じるものではないかと思います。

「鬼滅の刃」「呪術廻戦」共に、各作品が持つ原作の魅力、見事に映像化されたアニメが持つ魅力というのは唯一無二で、それが多くの人々に届いて現在“それぞれが”大きな盛り上がりを生んでいます。

なので、それを“ポスト「鬼滅」の作品「呪術廻戦」”とばかり称することは、各作品それぞれに情熱を注ぐ製(制)作者やファンに対して(もちろん両方の製作にかかわる人、両方のファンに対しても)、時と場合によっては称賛ではなく失礼になってしまうこともあると思うのです。

本作に限ったことではなく、かつて「君の名は。」や「バケモノの子」のヒットの際に、“ポストジブリ”や“ポスト宮崎駿監督”と言われたように、アニメのヒットが生じた際には、なにかとこの“ポスト~”という言葉が使われがちでした。

確かにそれは、普段アニメや漫画に親しみが無い人にも、一言でその規模感や様相を伝えることができるとても便利な言葉です。

しかし前述したように、その言葉が含む広範な意味は、時として各作品に情熱を注ぐ人々にネガティブな違和感を与えることもある諸刃の剣でもあるので、あまり頻繁に使いすぎてしまうのも危険なのかもしれません。

アニメウォッチャー

北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院博士課程在籍。 KDエンタテインメント所属。 毎週約100本以上(再放送、配信含む)の全アニメを視聴し、全番組の感想をブログに掲載する活動を約5年前から継続しつつ、学術的な観点からアニメについて考察、研究している。 まんたんウェブやアニメ誌などでコラム連載や番組コメンテーターとして出演する傍ら、アニメ情報の監修で番組制作にも参加し、アニメビジネスのプランナーとしても活動中。

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