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アニメ「ちはやふる」人気声優16人がオリジナルボイスでお出迎え:聖地あわらの新たな試み

小新井涼アニメウォッチャー
綾瀬千早役・瀬戸麻沙美氏とあわら市市長佐々木康男氏(筆者撮影)

「聖地巡礼」が流行語大賞となった2016年から早3年、増え続けるアニメ作品と比例して、コラボのされ方も多様になってきました。

ひと言で”アニメと地域のコラボ”といっても、アニメの作風、ファンの属性、地域の特徴は様々で、どれをとっても全く同じ取り組みはなく、日本各地で聖地が生まれる度に、新たな取り組みも続々と生まれてきています。

そんな数ある取り組みの中で、先週発表されるやいなや、作品ファンですら驚いた、とある地域の企画がありました。

現在第3期が放送中のアニメ「ちはやふる」の聖地、福井県あわら市が開催する「ちはやふるスペシャルVOICE inあわら」です。

■「ちはやふる」とあわら市

「ちはやふる」とは、競技カルタを巡る高校生達の青春を描いた末次由紀氏原作の青春漫画です。

原作は数々の漫画賞を受賞、2011年のアニメ化をきっかけにその人気は国外にまで広がり、2016年には広瀬すず氏主演での実写映画化も話題となりました。

この「ちはやふる」において、上記動画の冒頭に登場する3人のメインキャラクターのひとり、”綿谷 新(わたやあらた)”が住む市として作中で描かれているのが、福井県あわら市です。

■ちはやふるスペシャルVOICE inあわら

「ちはやふるスペシャルVOICE inあわら」キャラクターパネル(カワドン撮影)
「ちはやふるスペシャルVOICE inあわら」キャラクターパネル(カワドン撮影)
瀬戸麻沙美氏・パネル設置場所のひとつあわら湯のまち駅にて(カワドン撮影)
瀬戸麻沙美氏・パネル設置場所のひとつあわら湯のまち駅にて(カワドン撮影)

そんなあわら市が、この度”新”の誕生日である12月1日から開催するのが、上述した「ちはやふるスペシャルVOICE inあわら」となっています。

内容は、あわら市内の各所に設置された「ちはやふる」キャラのパネルを目指し、そこで聴ける録り下ろしのオリジナルボイスを楽しむというものです。

アニメのキャストによる音声ガイドや録り下ろしボイスが聴ける地域の企画は数あれど、今回ファンを驚かせ、同時に喜ばせていたのが、その参加キャストの多さと豪華さでした。

市内に設置されるパネルの数は16、その全箇所で違うキャラクターの、あわら市でしか聴けない録り下ろしボイスが楽しめてしまう内容なのです(※1)。

※1・参加されるアニメ「ちはやふる」のキャスト陣は以下16名。瀬戸麻沙美、細谷佳正、宮野真守 、茅野愛衣、奈良徹、代永翼、潘めぐみ、入野自由、中道美穂子、東地宏樹、坂本真綾、三宅健太、中井和哉 、林原めぐみ、安済知佳、うえだゆうじ(敬称略)

■あわら市だから実現したこと

これだけ聞いてしまうと「アニメで地域を盛り上げるためには有名な声優さん達がいればいいの?」と思ってしまう方もいるかもしれませんが、決してそんな単純な話ではありません。

もしも地域がアニメとのコラボを、作品に理解がないまま昨今の聖地巡礼ブームに便乗し、有名なキャスト陣を使って行ったとしても、一時的には盛り上がれど、恐らくその”温度差”はファンに伝わり、長続きすることはないはずです。

また製作側からしても、精魂込めて作り上げた作品や大事な仲間であるキャスト陣を、それらに理解の無い地域においそれとコラボさせる訳にはいかないと思います。

そう考えると、今回の「ちはやふるスペシャルVOICE inあわら」が、その内容はもちろん、これを実現するに至ったあわら市の取り組みがいかに特別であったのかも窺い知ることができるのではないでしょうか。

そこには、あわら市による長年の取り組みによって培われてきた作品と地域との独自の信頼関係がありました。

■原作×アニメ×ファン×地域の関係性

あわら市が「ちはやふるweek in あわら」として作品とのコラボを開始したのは、アニメ第2期放送終了後の2014年からなので、今年で6年目となります。

アニメのキャスト陣を招いたトークイベントの開催やあわら市限定グッズの発売を始め、作中の”新”のバイト先「勝義書店」の再現展示や公式まちあるきガイドブックの整備など、当初”week"から始まった取り組みは徐々に広がり、今ではいつ訪れても「ちはやふる」の世界に触れることができる市となりました。

何度も訪れてくれるファンのために、常に何か新しいあわら市での作品の楽しみ方を用意したいという中心メンバーの熱が伝わったのか、「段々と市民の方々からもこれをやってみたいという声をいただくようになりましたし、今では自主的に住民の人達が集まって定期的に今後何ができるか話し合いをしている」という、長年に渡るコラボならではの変遷を教えてくださったのは、中心メンバーの一人、あわら市経済産業部観光振興課主査の竹内優美氏。今では地元店舗の方々も、訪れてくれたファンの方と、作品の話をして楽しんでいるほどだそうです。

また、あわら市の特別なところは、そうして原作や実写映画化の新しい展開とのコラボはもちろん、アニメ2期放送終了後から、今年のアニメ3期放送に至るまで、6年間ずっとアニメ「ちはやふる」の聖地でもあり続けたことだと思います。

「有難いことに、あわら市はアニメの放送が無い間も毎年ちはやで何かしらやってくれていた」と、地域へ感謝の気持ちを伝えたのはアニメ「ちはやふる」統括、日本テレビ放送網株式会社の中谷敏夫氏。キャストイベントはもちろん、アニメ1・2期全50話の前後半を百首の短歌にして配布したカードラリー企画や、まちあるきガイドブック内へのキャストによる旅写真の掲載など、毎年アニメ関連の新しい企画も次々と展開されてきました。

そうして年々地域とアニメチームが培ってきた信頼関係は、その後2018年に、本来ならば東京や大阪で行われるのが普通であろうアニメ第3期の製作決定を、あわら市でサプライズ発表することになった経緯にも、間違いなく繋がっていると思います。

■挑戦的な取り組みが出来る訳

こうした様々な新しい取り組みを長年に渡り地域が続けてこられたことにも、あわら市ならではの理由がありました。

行政の要である現あわら市の佐々木康男市長自らが、地域の取り組みの仕掛人として、市の観光振興課と共に積極的にコラボを手掛けているという点です。

これまで、アニメの声優トークイベントや、劇場映画の撮影への協力なども積極的に行ってきましたが、さらに独創的な取り組みを行ってきました。

例えば、原作やアニメの中で実際に登場する場所を”新”に因んで「あらた坂」と命名し石碑まで建立したことなどがそうです。

これにより地元企業や、関係各所への調整などを経て、市内に新たな名所を誕生させるに至りました。

「2023年には北陸新幹線が延伸することもあり、若い旅行者の方へのアピールが重要。『ちはやふる』が市の観光の礎のひとつとして、寄与してくれているのは非常に嬉しいことです」と、佐々木氏。

そしてさらにもう一点。実際のあわら市の「地域観光振興課」には、ファンには嬉しいサプライズが用意されています。

作中にあわら市役所の職員でもある”村尾 慎一(むらお しんいち)”というキャラクターがいるのですが、実際のあわら市役所観光振興課には、なんとこの”村尾さん”が”在籍”しているのです。

”村尾さん”の名前が書かれた配席表(筆者撮影)
”村尾さん”の名前が書かれた配席表(筆者撮影)
”村尾さん”の名前が書かれた行動予定表(筆者撮影)
”村尾さん”の名前が書かれた行動予定表(筆者撮影)

まるで作中のキャラクターが実在しているかのような茶目っ気のある小ネタはファンにとってはたまらないものですが、ここが本物の市役所内であることを考えると、それがいかに珍しい光景であるかは想像できるかと思います。

こうして市庁舎を始め、市全体がファンを楽しませる環境づくりを柔軟に展開している点は、作品にとっても市にとっても付加価値となっているといえるのではないでしょうか。

■瀬戸麻沙美氏によるあわら市役所訪問

こうして市をあげて「ちはやふる」を応援している市長のもとへ、昨日11月28日、主人公綾瀬 千早役の声優・瀬戸麻沙美氏が、キャスト陣を代表して「ちはやふるスペシャルVOICE inあわら」の完成ボイスを届けるという企画が行われました。

彼女自身は「ちはやふるweek in あわら」が始まった2014年から毎年イベントなどであわら市を訪れ、今年に至っては2度目の訪問とのことです。

日本のみならず海外でのアニメイベントにも多数出演する彼女に、あわら市でのイベントの独自性をうかがうと、「そもそも市長さんとお話させていただくという機会がここ以外ないです!」と話し、市長が改めて説明するあわら市の見どころや歴史について、興味深そうに聞いていました。

実は、以前あわら市で行われたアニメ3期製作発表でも共演していたこの二人、それもあって終始穏やかな雰囲気が流れていたものの、本来の目的である録り下ろしボイスを渡し、市長に千早のボイスを聴いてもらう段階になると、彼女も少し心配そうな面持ちでそれを見守ります。

市長の様子を心配そうにうかがう瀬戸さん(筆者撮影)
市長の様子を心配そうにうかがう瀬戸さん(筆者撮影)

気になる市長の感想は「(今まで一緒に話していた)素の声と、千早に変身した声というのが全然違って、この子(パネルの千早)が喋っているように思えた」というもので、それを聞いた本人も「嬉しい…!」と、ほっとしたような笑顔をみせます。

無事に役目を終えた彼女に、録り下ろしボイスが気になるキャラクターを尋ねると「”周防さん”です。どれくらい小声で録られているのか楽しみですよね」と答えてくれました。

実際の内容がどうなっているのかは、ぜひ現地で確かめてみてください。

あわら市役所内で”村尾さん”体験をする瀬戸さんと観光振興課主査・竹内さん(筆者撮影)
あわら市役所内で”村尾さん”体験をする瀬戸さんと観光振興課主査・竹内さん(筆者撮影)
あわら市役所内で”村尾さん”体験をする瀬戸さん(筆者撮影)
あわら市役所内で”村尾さん”体験をする瀬戸さん(筆者撮影)

■これからの「ちはやふる」とあわら市

その参加人数と豪華なメンバーで注目が集まった「ちはやふるスペシャルVOICE inあわら」ですが、それも決して予定調和で生まれた訳ではなく、原作・アニメ・ファン・地域が6年間の信頼関係の積み重ねの中で実現したことだというのは、今後アニメと組んで町おこしや地域振興に取り組む人にとって注目すべき点になってくると思います。

6年間の歩みを紹介するには紙幅が足らず、今回は概観に止まってしまいましたが、これだけの企画を毎年新たに生み出し続け、作品がメディアミックスした各媒体やファンと共に「ちはやふる」の世界観を構成するあわら市が、いかに今”アニメと地域のコラボ”として熱い取り組みをしているのかは、いくらか伝わったのではないでしょうか。

来年2020年5月にあわら市で開催される競技カルタの世界大会「オリンピック・パラリンピック記念 あわら世界大会」や、2023年北陸新幹線延伸に向け、今後のあわら市と「ちはやふる」との取り組みがどのように展開されていくのか、引き続き注目していきたいと思います。

アニメウォッチャー

北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院博士課程在籍。 KDエンタテインメント所属。 毎週約100本以上(再放送、配信含む)の全アニメを視聴し、全番組の感想をブログに掲載する活動を約5年前から継続しつつ、学術的な観点からアニメについて考察、研究している。 まんたんウェブやアニメ誌などでコラム連載や番組コメンテーターとして出演する傍ら、アニメ情報の監修で番組制作にも参加し、アニメビジネスのプランナーとしても活動中。

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