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劇場アニメ『プロメア』プロデューサーが語る 異例のロングラン 勝負は「公開3週目」

小新井涼アニメウォッチャー
(c)TRIGGER・中島かずき/XFLAG

2019年5月24日に公開された劇場アニメ『プロメア』。最初は一部のコアなファンの間で盛り上がりを見せていたこの作品が、異例のロングランヒットとなっています。

劇場での応”炎”上映(応援上映)は平日でも客足が途絶えることなく、興行収入もついに10憶円の大台を超え、その勢いは止まるところを知りません。

通常、映画の興行といえば、公開初週から2週目にかけて一番盛り上がり、徐々に落ち着きをみせてくるというのが定石とされています。

しかし、『プロメア』は公開からを頂点に徐々に終息していくのではなく、じわじわと観客の間で熱が広がることでここまでのロングランに繋がる、異例の盛り上がり方をみせているのです。

劇場アニメ『プロメア』とは

(c)TRIGGER・中島かずき/XFLAG
(c)TRIGGER・中島かずき/XFLAG

『プロメア』は、『天元突破グレンラガン』や『キルラキル』で監督と脚本・シリーズ構成を務めた今石洋之氏と中島かずき氏が三たびタッグを組み、『SSSS.GRIDMAN』や『リトルウィッチアカデミア』を送り出したアニメーション制作会社TRIGGERによって制作された、初のオリジナル劇場アニメです。

物語は、炎を操る人種〈バーニッシュ〉と、対バーニッシュ用の高機動救命消防隊〈バーニングレスキュー〉のそれぞれに属する2人の主人公が、己の信念の下ぶつかりあいながらも、共に地球規模の脅威に立ち向っていく、熱く激しいバトルエンターテインメント作品となっています。

アニメ界注目の制作陣ということで、制作発表から公開にかけても大いに話題になっていたものの、前述の通り、この作品が他とは違う盛り上がり方をみせてきたのは、公開後しばらく経った6月上旬からのことです。

本作の常識を外れた盛り上がりの秘密はどこにあるのでしょうか。

本作品の製作会社である、XFLAGのプロデューサー・鵜飼恵輔氏にお話を聞いてみました。

鵜飼恵輔氏 XFLAG本社にて(写真撮影:倉増崇史)
鵜飼恵輔氏 XFLAG本社にて(写真撮影:倉増崇史)

“製”作会社の役割と、”制”作会社との違い

―まずは製作会社であるXFLAGさんの本作での役割と、制作会社であるTRIGGERさんとの違いを教えていただけますでしょうか。

シンプルに言うと、映像を作るのが制作会社であるTRIGGERさんだとしたら、映像を作る以外の仕事全部が“製作”の仕事になります。

例えば、ビジネススキームや契約といった公開前の準備から、プロジェクト全体の予算管理、宣伝プロモーションの方針を決めて実行すること、商品化や海外での上映等のような公開した後の展開、それら全てが“製作”の仕事になります。

―本来であれば、そういった映像制作以外の業務はいくつかの会社で製作委員会を組んで個々の会社が請け負うのが一般的ですが、本作ではXFLAGさんの一社製作という形をとられています。

実際には東宝さんやアニプレックスさんに様々なところで協力してもらっているのですが、今回は、どういう方針にしていこうかという最終的なジャッジや、大きな方向性の判断が少数のメンバーで決められるのは大きいですね。

一般的な製作委員会方式と比べてスピード感は出せた気がします。

宣伝の先行事例はあの話題作

―映像制作以外のマーケティングを取り仕切る会社のプロデューサーとして、今回の作品ではどのような方針を立てていたのでしょうか。

実は僕がプロデューサーとして宣伝の方向性を決める時に参考にした先行事例が『マッドマックス 怒りのデス・ロード』と『KING OF PRISM』(キンプリ)シリーズ、『バーフバリ』シリーズの3作品だったんです。

この3作品は、最初に作品についた熱いファンによって徐々に盛り上がりをみせていたので、『プロメア』もそういうふうになったらいいな、とはずっと思っていました。

マスに向けた一般的な宣伝はもちろんやりますが、実際のマーケティングでも、とにかく作品の熱さがすさまじいのと、最初についてくれる熱いファンの人たちは絶対にこの作品のとんでもない熱量を持って帰ってくれると信じていたので、とにかくまずはそこの一点集中と考えていました。

―そのために何か特別な施策をされたりはしたのでしょうか。

作品の力がとにかくすごいと思っていたので、こちらから発信するメッセージも、あれもこれもとあまり分散させずに「熱い作品です、とにかく観て!」ということだけに集中するようにしました。

だから『天元突破グレンラガン』や『キルラキル』のファンや、女性のアニメファンならきっと喜んでくれるだろう本編中のネタもあえて公開までは一切表に出さなかったんです。

それで最初に劇場に来てくれた人たちが観て「言いたい!」と思った時に、どこにも情報が出ていないので「とにかく映画を観て!」と言うしかない。

『プロメア』は「劇場で観てほしい」という口コミの広め方をしてもらいたかったので、ネタバレ要素には気を使いました。

(c)TRIGGER・中島かずき/XFLAG
(c)TRIGGER・中島かずき/XFLAG

勝負は“3週目”から

―では結果としてそれが効果を発揮したという感じですね。

正直、結構怖かったですけどね。

映画業界では1週目の数字が大事だっていう共通認識があります。

だから、1週目に色々盛り上がるネタを投下してください、とも言われていたんですけど……。

僕は始まる前からずっと「いやこれは3週目が勝負なんで」って思っていたんです。

―どうして3週目なのでしょうか。

(写真撮影:倉増崇史)
(写真撮影:倉増崇史)

3週というのは、ギリギリそれ以上は引っ張れないだろうという数字ですね。

2週目くらいまでは映画館数も上映回数もある程度は確保されるんですが、3週目からは入りが悪いとどんどん削られていきます。

本当は1ヶ月後が勝負って言いたかったんですけど、それ以上はさすがに配給さんや劇場さんの都合もあるので、そのギリギリが3週目だったんです。

―3週目からはどのようになると予想されていたのですか。

1週目に観る人がいて、2週目の週末に初週の反応を聞いて観に行く人がいて、その1、2週目の人たちが「良かったよ」と言ってくれることによって、3週目から盛り上がっていくだろうという予想でした。

3週目からはリピーターの方も増えると思うので、そこで入場特典を切り替えたり、弊社のアプリゲーム『モンスト(モンスターストライク)』とのコラボも始めたりして、話題が集中するようにしました。(※注 XFLAGは2013年に『モンスト』をリリースした株式会社ミクシィ内のエンタメ事業ブランド)

1、2週目で落ちて3週目で切り返す映画なんてほとんどないので、そうやって3週目が盛り上がれば、周りもざわついて「じゃあ観に行こうかな」ってなっていくのではないかと思ったんです。

―本作が6月上旬くらいから盛り上がり始めたのをみると、結構その通りには進んだと。

ありがたいことに、そうですね。ただもし3週目でそうして盛り上がらなかったら、そこで終わっていたので、これも結構賭けでした。

ファンによる盛り上がり

―「#滅殺開墾ビーム」がTwitterトレンドに入った※のも丁度それくらいの時期でしたね。

(※注 本編終盤に出てくる必殺技「#滅殺開墾ビーム」を一斉ツイートしよう(≒みんなで滅殺開墾ビームを撃とう)というファンの呼びかけにより、該当ハッシュタグがトレンド入りした出来事)

(c)TRIGGER・中島かずき/XFLAG
(c)TRIGGER・中島かずき/XFLAG

この滅殺開墾ビームに関してはこちらからは全く仕掛けてはいないんですよ。

基本的にこちらからネタを仕掛けるというよりは、ファンが何かで盛り上がっていたら、一緒になって盛り上がるっていうやり方をしたいと思っていたので、そこに丁度という感じでした。

ファンの方の呼びかけに気づいて、「これは何かやりましょう!」という感じで動き出したのは、確か一斉ツイートの3時間くらい前でしたね。

『プロメア』の宣伝チームもノリが良いので、じゃあここで今までネタバレとして隠していた画像とかも出しちゃいましょうということになって、『まさかこんなところで使う羽目になろうとはなぁ……』なんて、本編のセリフなんかも入れつつ。

最後はビーム発射部分のアニメGIFを作って監督にも許可を頂いて、そうやって夜中までみんなで連絡取り合って、本当にノリと勢いでファンと一緒に盛り上がっていました。

―あえて自分達からは仕掛けず、ファンの盛り上がりに備えて準備していたからこそ出来た動きですね。

これが出来たのには2点ほど要因があるかなと思っていて、ひとつは今回『プロメア』が一社製作だったことですね。

製作委員会だと「やっていいですか?」と各社に確認を取るだけで終わっちゃう気がするので、やろうと言って、宣伝チームとTRIGGERさんに確認をとれば進められるという、一社製作ならではのスピード感があったからだと思います。

もうひとつは、僕個人がこれまでアニメというよりもWEBサービスやアプリゲームのプロデューサーを多く経験してきたこともあって、ユーザーが反応したらこうしようとか、ファンとのコミュニケーションの取り方がどちらかというとゲームの運営のノリに近かった、というのも理由としてあるのかなと。

作って終わりというよりは常にリアルタイムで運営し続けるスタンスや、上からの宣伝というよりはボトムアップでファンと一緒に盛り上がっていこうという考え方は、アプリゲームの運営経験が活きたんじゃないかと思います。

(c)TRIGGER・中島かずき/XFLAG
(c)TRIGGER・中島かずき/XFLAG

応援上映と劇場の盛り上がり

―そうして3週目以降も盛り上がっていった訳ですが、こうして8月まで続くロングランに繋がったのは何が原因だったのでしょうか。

やっぱり応炎上映(応援上映)が大きいと思います。

そのおかげで上映終了日を出していた劇場さんも結構延長してくれました。

川崎チネチッタさんとイオンシネマ海老名さんの存在も大きかったです。

チネチッタさんはLIVE ZOUNDで話題になって、海老名さんは支配人やファンの方が劇場の装飾をしたりして盛り上げてくれて。(※注 LIVE ZOUNDとは、音の職人が映画作品毎に最適な音を調整し、広音域の表現を可能にした超シネマサウンドシステム)

あれも僕らからは全く何も仕掛けていなくて、劇場さんやファンの方が自発的に盛り上げてくださったんですよ。

ロングランに関してはそうした形で、チネチッタさんや海老名さんのような劇場さんと、ファンの皆さんが一緒になって独自に盛り上げてくれて、自然と「聖地」みたいになってくれていたのは、大きかったと思います。

―実際に応援上映での盛り上がりをご覧になっていかがでしたか。

仕事ではもちろん、個人的にも何回か行きましたが、劇場で見ていると、一緒に来た人同士じゃなくても、応援上映で知り合って、差し入れや挨拶をしている人たちがいたりして、応援上映で出会う人同士で人間関係が広がっているのを見られたのはすごく嬉しかったです。

弊社はSNSのmixiや『モンスト』等、コミュニケーションを非常に大切にしているので、それが応援上映の場で実現しているのを見ると、やってよかったなと思いました。

それと『プロメア』はアクション映画なので、他に応援上映をやっている『うたプリ(うたの☆プリンスさまっ♪)』」さんや『キンプリ』さんみたいに、ライブシーンがない中でどんな応援になっていくのかと思ったら、“一緒にセリフを言う”ってところに収斂していっているのが面白かったですね。

脚本の中島かずきさんの書くセリフってなかなか日常では言えないんですが、すごくケレン味があって格好いいので、僕自身もあれを声に出して言える環境って絶対気持ちいいし、楽しいだろうなと思っていたんですよ。

そしたらやっぱりお客さんもセリフを覚えて、タイミングもばっちりで一斉に言うから、やっぱり『プロメア』の応援上映はそうなっていくんだって思いました。

―一般的に応援上映というと女性の方が関心が強いようですが、観客層はやはり女性が多いのでしょうか。

(写真撮影:倉増崇史)
(写真撮影:倉増崇史)

今は女性が8、9割ぐらいになりましたね。

応援上映で成功している作品は女性に人気のものが多いというイメージもあるのかな、という感じはします。

でも声を大にして言いたいんですが、『プロメア』の応援上映は性別年齢関係なく、誰が行っても楽しいんですよ。

男性が観ないのはもったいない!僕自身の体験としてもそうですし、中島かずきさん自らも登壇されたイベントで、楽しいって言ってくださっていたので、男性もぜひ勇気を出して観に来て欲しいです。

もちろん、応援上映だけじゃなく、『プロメア』は音響にもすごくこだわっているので、是非、通常(?)上映でも観てほしいですね。「応援」で燃えて「通常」で冷ましてって感じで、サウナのように交互に観るのもきっと楽しいと思います。

盛り上がりの立役者たち

―こうして公開から熱く盛り上がり続けてきたわけですが、この作品の盛り上がりの立役者というのは一体何だと思いますか。

それはもう間違いなく、盛り上げてくれたファンの皆さんです。

僕らはファンの皆さんが絶対に好きになって盛り上げてくれるだけの力がある作品だというのを信じて、ひたすら皆さんが楽しみやすい環境を作ろうとしていただけで、僕らが作ったムーブメントなんて何一つないんです。

応援上映をやりたいと声をあげてくれた人や、滅殺開墾ビームの企画をしてくれた人だったり、海老名さんやチネチッタさんのような『プロメア』を応援してくださる劇場さんだったり、ユーザーの皆さんが盛り上げてくれたところに、僕等は一緒になって盛り上がっているだけなんです。

そう考えると、僕ら製作や宣伝チームは、ある意味『プロメア』という作品の一番最初のファンに過ぎないのかなと。

TRIGGERさんや今石監督、中島かずきさんの脚本ですとか、コヤマシゲトさんのキャラクターデザイン、澤野弘之さんの音楽、Superflyさんの主題歌といった方々のお仕事を一番最初に見て、一番最初に熱いファンになっていたという。

僕ら自身が作品のファンだからこそ、映画を観た人も同じように作品を好きになってくれるだろうし、盛り上げてくれると信じていたので、盛り上がった瞬間に一緒になって色々やっていこうという準備が出来ていた。

そうやって、僕たちが最初に作品のファンになっていたことが原点、決め手の一つだったのかもしれないですね。

―自分達が好きな作品だからこそ、ここまでのヒットを信じてこられたという訳ですね。

そうですね。手前味噌ですが今回の製作チームはすごく作品愛のあるいいチームなんです。

熱いクリエイター陣がいて、同じくらい熱い宣伝チームがいて、僕もファン代表くらいの気持ちで、ファンだったらどっちが嬉しいかなと考えながら迷ったときに方向性を示してきた感じです。

―最後に、まだまだ当分熱も冷めない状態かと思いますが、今後の展開として更に盛り上がる仕掛けなども用意されているのでしょうか。

(写真撮影:倉増崇史)
(写真撮影:倉増崇史)

本当にファンの皆さんに盛り上げてもらってここまできたというのがありますので、お礼の意味でも何かやりたいですね(※注 8月19日に『プロメア』前日譚「ガロ」編/「リオ」編付き上映が発表された)。

ゲームプロデューサーとしての経験で、ユーザーが楽しむためにはコンテンツをどんどん提供していかないといけないし、それが止まってしまうのがファンにとって一番悲しいことだと思っているので。

とはいえアニメは、弊社にとってはまだまだ未知の事業領域ではあるので、そういった今後の展開に関しては、「こんなものが観たいです! こんなことをしてほしい!」といった熱い声を、弊社までどんどん届けていただけると、担当としてはとても心強いです。

『プロメア』は、ファンの皆さんあってのこうした盛り上がりで、皆さんの声に応えてここまでやってこられた作品ですので、皆さんの声が本当に力になります!

(本インタビューは2019年8月6日に行われました)

作品情報

「プロメア」大ヒット上映中

(c)TRIGGER・中島かずき/XFLAG
(c)TRIGGER・中島かずき/XFLAG

CAST

松山ケンイチ/早乙女太一/堺 雅人

ケンドーコバヤシ/古田新太/佐倉綾音 ほか

STAFF

原作:TRIGGER・中島かずき/監督:今石洋之/脚本:中島かずき

キャラクターデザイン:コヤマシゲト/美術:でほぎゃらりー/美術監督:久保友孝/色彩設計:垣田由紀子

3DCG制作:サンジゲン/3Dディレクター:石川真平/撮影監督:池田新助/編集:植松淳一

音楽:澤野弘之/音響監督:えびなやすのり/タイトルロゴデザイン:市古斉史

主題歌:「覚醒」「氷に閉じこめて」Superfly

クリエイティブディレクター:若林広海/アニメーションプロデューサー:舛本和也

アニメーション制作:TRIGGER

製作:XFLAG

配給:東宝映像事業部

公式WEBサイト:https://promare-movie.com/

(c)TRIGGER・中島かずき/XFLAG

【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

アニメウォッチャー

北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院博士課程在籍。 KDエンタテインメント所属。 毎週約100本以上(再放送、配信含む)の全アニメを視聴し、全番組の感想をブログに掲載する活動を約5年前から継続しつつ、学術的な観点からアニメについて考察、研究している。 まんたんウェブやアニメ誌などでコラム連載や番組コメンテーターとして出演する傍ら、アニメ情報の監修で番組制作にも参加し、アニメビジネスのプランナーとしても活動中。

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