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明日発表!アカデミー主演男優賞5人目の候補、ポール・メスカルが実は誰よりも熱い理由

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
四角い顔、ローマ鼻、屈強な骨格が魅力的なポール・メスカル(写真:REX/アフロ)

いよいよ日本時間で明日発表される第95回アカデミー賞で、最大の注目は早くから予想が困難だと言われて来た主演男優賞部門だ。当初はファットスーツと特殊メイクによって喪失と絶望の只中にいる父親を演じた『ザ・ホエール』(4月7日公開)のブレンダン・フレイザーが一歩リードしていたが、最終段階になって実在の人物に生きた魂を投入した『エルヴィス』のオースティン・バトラーがかわしたという見方もある。だが、フレイザー、バトラーに『イニシェリン島の精霊』のコリン・ファレルを加えた3人全員に受賞の可能性があるし、『生きる LIVING』(3月31日公開)のビル・ナイも物静かで不気味な存在だ。そして、可能性では恐らく5番目に位置するのが、『aftersun/アフターサン』(5月26日公開)のポール・メスカルだ。しかし、5番目の男は今、注目度の高さではトップランナーだ。その理由はいくつかある。

まずは、その若さ。26歳(1996年2月2日生まれ)での主演男優賞候補入りは、『市民ケーン』(1941年)のオーソン・ウェルズ、『ブロークバック・マウンテン』(2005年)のヒース・レジャー、『ハーフネルソン』(2006年)のライアン・ゴズリングたちに並ぶ記録。もしも受賞したら『戦場のピアニスト』(2002年)のエイドリアン・ブロディを抜いて史上最年少での主演男優賞受賞者となる。

『aftersun/アフターサン』
『aftersun/アフターサン』

若さだけではない。『aftersun/アフターサン』でメスカルが演じているのは、主人公のソフィがかつて少女時代にトルコにあるリゾート地で過ごした夏の日の思い出の中に登場する父親、カラムの”残像”だ。その夏、まだ11歳だったソフィ(フランキー・コリオ)の目に映る無邪気だがどこか問題を抱えていそうな父親の姿は、終始謎めいていて観客の想像力を掻き立てて止まない。本作が長編映画デビューとなる監督、脚本のシャーロット・ウェルズにとって自伝的な要素が濃いと言われる物語は、今は成長したソフィが幼い頃の記憶を拾い集めながら、父親とはいったいどんな人物だったのかを観客にも探らせる構成になっている。誰もが子供の頃には理解できなかった親の苦悩や、二度と戻らない時間への歯痒さと切なさが、メスカルの演技を介して伝わってくるのだ。つまり、メスカルは特殊メイクや実在の人物になるための準備は必要としない、自由奔放な役作りでミステリアスな父親像にリアリティを注入しているわけで、この演技パターンは昨今の賞レースではとても斬新なのではないだろうか。

『aftersun/アフターサン』
『aftersun/アフターサン』

そして、メスカルはすでに舞台とTVシリーズで着実にキャリアを積んでいる。生まれ故郷アイルランドのトリニティ・カレッジの国立演劇アカデミーで演技の基礎を学んだ後、ダブリンにあるゲートシアターでスコット・フィッツジェラルドの『華麗なるギャツビー』(2017年)に主演。アイリッシュ・タイムズから”即興と自己創造の蝶(自由に舞うという意味)”と絶賛される。それから5年後、ロンドンのアルメイダ劇場での『欲望という名の電車』(2022~年)では、映画でマーロン・ブランドが演じた粗暴な職工、スタンレーに扮して、四つん這いになって心が傷つきやすいヒロインのブランチ(スペイン系イギリス人俳優パッツィ・フェラン)を追いかけるという台本にはない即興演技をぶちかまし、メディアから”時限爆弾”と絶賛されている。『aftersun/アフターサン』がアワードシーズンを賑わせ始めた頃の話だ。

一方、TVシリーズ『ノーマル・ピープル』(2020年・Prime Videoで視聴可)では高校から大学を通して付かず離れずの関係を続ける若いカップルの片割れに扮して、セックスの後にフルヌードを披露するなど、パンデミック下で閉塞感に苦しむ世界中の視聴者に強烈なパンチを喰らわせる。それは英国TVアカデミー賞主演男優賞受賞も納得の役作りだった。このシリーズで独特の四角い顔とローマ鼻、フットボールで鍛えた太腿のイメージは定着し、それは『aftersun/アフターサン』でも如何なく発揮されている。

俳優組合賞の授賞式にゼンデイヤと共に登壇。服はグッチ。
俳優組合賞の授賞式にゼンデイヤと共に登壇。服はグッチ。写真:REX/アフロ

映画での活躍ぶりはさらに目を見張るものがある。マギー・ギレンホールが監督した『ロスト・ドーター』(Netflix)では、オリヴィア・コールマン演じる主人公が訪れるギリシャのビーチスタッフを演じたメスカルには、今後、話題作が目白押しだ。すでにポストプロ段階にあるのは、同じアイルランド出身の演技派、シアーシャ・ローナンと共演しているSFスリラー『Foe』とクレア・フォイ共演のファンタジードラマ『Strangers』。また、撮影中の作品としてはジョシュ・オコナー共演のラブロマンス『The History of Sound』があるし、リチャード・リンクレーターがブロードウェーの作曲家、フランクリン・シェパードが作曲家として成功するまでの20年間を時間を逆回しして描く青春ミュージカル『Merrily We Roll Along』も製作段階にある。メスカルは主役を代役で勝ち取り、得意の歌を披露してくれるはずだ。

インデペンデント・スピリット・アワードにもグッチで登場
インデペンデント・スピリット・アワードにもグッチで登場写真:REX/アフロ

最大の話題は、リドリー・スコットが監督する『グラディエーター2』で、メスカルが前作でホアキン・フェニックスが演じたローマ皇帝、コモドゥスの若き甥、シリウス役をオーディション抜きで勝ち取ったというニュースだろう。今年85歳になる伝説の巨匠がメスカルを主役に抜擢した決め手は、強烈なルックスだけではないはず。それも含めて、今後5年間はポール・メスカルの名前がメディアの賑わすことになるだろう。26歳でのオスカー候補入りはほんの序章に過ぎないのだ。

ファッション業界がそんな個性を見逃すわけはなく、すでにメスカルはハリー・スタイルズたちと共にアンバサダーに任命されているグッチの最新コレクションを身につけ、数々のアワードショーで個性を放ちまくっている。明日のオスカーでも恐らくグッチでレッドカーペット改めシャンパンカラーのカーペットに登場するはずだ。

『aftersun/アフターサン』

5/26(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリーほか全国公開

(C) Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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