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ハリウッドスターを体型コンプレックスと家族の死から救い出したスタッツ博士の心理療法とは?

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
患者のジョナ・ヒル(左)と精神科医のフィル・スタッツ

ハリウッド映画でよく見かけるシーンがある。悩みを抱えた主人公たちがカウチに横たわり、思いの丈を言葉にするのを精神科医、またはセラピストが黙って聞くという例のアレだ。それを見ると、セラピストとは実に楽な稼業だと思ってしまう。しかし、『マネーボール』(‘11年)や『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(‘13年)で知られるアメリカの人気コメディアン、ジョナ・ヒルが駆け込んだ精神科医、フィル・スタッツの場合は、患者に独自のメソッドを言葉とスケッチを使って分かりやすく説明してくれる。そんな2人の見たこともないような親密で、時に痛々しいセッションを1編のドキュメンタリーにしたのが、現在、Netflixから配信中の『スタッツ : 人生を好転させるツール』だ。

人生を好転させるツールって何?

スタッツは全ての患者に対して、『なぜキミはここにいるんだ?』と最初に問いかける。そこから、ただ患者の話を聞くのではなく、彼らが抱えている問題に積極的に関わろうとするスタッツの姿勢が伝わる。そして、彼は患者が本当に望んでいることを見つけ出し、そこに至るまでのステップを具体的に説明していく。そこで登場するのがツールと呼ばれるキーワードだ。『シンプルなステップ、アクション、前進するためのちょっとした動作』とスタッツが説明するツール=道具たちは、ビジュアライゼーション、つまりイラストで図式化されているところが特徴だ。例えば、糸を通した真珠の中に黒い斑点が描かれているとする。せっかく繋ぎ合わせた真珠に欠陥があるのはがっかりだが、そこに人生を重ね合わせたとしたら、努力が報われないことに傷つくよりも、真珠を繋ぎ合わせる努力を続けることが大事だと、スタッツはいう。

イラストで説明してくれるから分かりやすい

また、シャドウと呼ばれるキーワードは、患者自身が自分の中から消し去ってしまいたいと考えている部分を指す。しかし、スタッツはシャドウに蓋をするのではなく、逆に対話してみて相手が自分についてどう感じているかを聞き、否定されたり避けられたりするとどんな気分かを確かめてみるといいとアドバイスする。つまり、自分の欠点を尊重し、積極的に関われというわけだ。また、スタッツによると、多くの人は完璧なパートナー、完璧な収入、完璧な成功を追い求めるものだが、そのような人生観は瞬間を切り取って丸ごと保存したようなもので、彼が提案する現実認識とは相性が悪いと説明する。

スタッツ博士のイラストはこんな感じ
スタッツ博士のイラストはこんな感じ

スタッツによる図式ツール指南が患者にもたらすのは、不快な経験や思考をチャンスに換え、問題を可能性に転換する推進力だ。言葉だけだと空々しくなるこのプロセスを、イラストにして示してくれるから、患者はまるで子供の頃に戻ったような気分で治療が受けられるというメリットがある。

向かい合うジョナ・ヒル
向かい合うジョナ・ヒル

ジョナ・ヒルとフィル・スタッツ、向かい合う心

本ドキュメンタリーがユニークなのは、ジョナ・ヒルとフィル・スタッツの間に患者と医師の関係を超えた友情(愛情に近いものかもしれない)が芽生えること。ヒルが最初にオフィスを訪れた時、スタッツは相手が『スーパーバッド 童貞ウォーズ』(‘07年)と『伝説のロックスター再生計画!』(‘10年)に出ていた俳優という認識しかなかったという。だが、当時のジョナ・ヒルには複雑な事情があった。1983年12月20日、衣装デザイナーと会計士を両親にロサンゼルスで生まれたヒルは、兄弟と共に今もL.A.の富裕層居住地、シェブリオットヒルズに住んでいる。彼が少年時代に肥満体型がコンプレックスだったことはドキュメンタリーの中でも紹介される。その後、2011年には役柄を広げるために一念発起してダイエットに挑戦。専門の栄養士とトレーナーをつけて、寿司を中心にした食生活とブラジルの柔術、そして、瞑想とサーフィンの効果により、見事、減量に成功する。ホアキン・フェニックスと共演した『ドント・ウォーリー』(‘18年)では禁酒会を主催するゲイの富豪に扮して、劇中で突然ダンスを踊りだすシーンでの軽やかなステップが印象的だった。だが、依然として彼の体重を取り沙汰するファンに対して、ヒルはもうその話題はやめて欲しいと抗議。私生活では、2017年に6歳年上の兄で、音楽マネージャーをしていたジョーダン・フェルドスタインを肺塞栓症で亡くし、それがもう一つのトラウマとして彼を苦しめていることも、セラピーの中で言葉少なではあるが語られる。

受けるフィル・スタッツ
受けるフィル・スタッツ

そして、取り払われる壁

一方、スタッツは現在75歳。ニューヨーク大学で医学博士号を取得後、精神科医としてニューヨークで開業後、ロサンゼルスに移ってからはジャンルを問わずあらゆるセレブの駆け込み寺として広く認知されている。その推定資産は100万ドル以上と言われるスタッツだが、2006年にパーキンソン病であることが判明し、今も治療を続ける身だ。ジョナ・ヒルに病気がいかに厄介かを説明するスタッツは、種類こそ違え、同じ悩みを共有する仲間としてヒルの前に座り続ける。しかし、提案する療法は常に的確で的を射ている。そんな2人が向かい合う時、目には見えない動線を感じる人は多いと思う。

監督も兼任するヒルのスタジオ内に治療室を設営し、患者と医者による2人芝居に見立てた演出、彼らの間に生まれる独特の間を掬い取る感性、美しいモノクロ映像、等々、様々な角度から見て完成度が高いドキュメンタリー『スタッツ~』。批評集積サイト、ロッテントマトで100%フレッシュトマトの高評価を得ているのも頷ける。

因みに、作品完成直後、ジョナ・ヒルは今後一切、出演作品のプロモーションには参加しない意向であることを明言。その理由は定かではない。しかし、ヒルは今でもスタッツのセラピーを定期的に受けていて、スタッツによると、ヒルは今、自分が満足できるような別の方向に進んでいるのだとか。最良のパートナーを得た人気コメディアンは、自らをコントロールしつつ、どうシフトチェンジして行くのか?そんなことにも思いが至る話題のドキュメンタリーである。

2018年のサンダンス映画祭で。ホアキンと『ドント・ウォーリー』の監督、ガス・ヴァン・サントを挟んで
2018年のサンダンス映画祭で。ホアキンと『ドント・ウォーリー』の監督、ガス・ヴァン・サントを挟んで写真:Shutterstock/アフロ

Netflix映画『スタッツ : 人生を好転させるツール』独占配信中

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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