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カルロス・ゴーンがカメラに向かい潔白を主張。それでも話題のドキュメンタリーが中立である理由

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
カメラに向かうカルロス・ゴーン

数ある未解決事件簿の中でも、カルロス・ゴーン逮捕とその後の逃亡劇は謎が多過ぎる。近く日本でも配信される『カルロス・ゴーン 最後のフライト』と題されたドキュメンタリーは、事件の背景を知るには絶好のテキストになるだろう。ここでは、来日してから故郷のレバノンに逃れるまでの10年間、ゴーンが辿ったジェットコースターのような日々が、ニュース映像や秘蔵の写真、関係者のコメントを交えて明らかにされる。進行役はなんとゴーン自身。本作のポイントは、本人のコメントが重要な手かがりになっている点だ。

カルロス・ゴーン事件を解説するカルロス・ゴーン

冒頭。ベイルートで射撃の練習をしている男がいる。サングラスを外すと、一度見たら忘れられない濃厚な顔が露わになる。カルロス・ゴーンだ。彼は言う。『いつも射撃練習をしている。射撃は自分を完全に統制しなくてはいけない。大きな会社を率いる時のように』と。

相変わらず目線が鋭い
相変わらず目線が鋭い

中東最大のメディア、MBCと数々の傑作ドキュメンタリーを制作しているイギリスの”BBC Storyville”、それにフランスの独立系メディア”アレフ・ワン”が、逃亡後、メディアに顔を出したがらなかったカルロス・ゴーン本人に出演を打診し、承諾を得て実現したのが本作。他にも、これまで公な発言を控えてきたゴーンの妻、キャロル夫人や、前妻のリタ・ゴーン、そして、ゴーンの弁護を担当した弘中惇一郎弁護士、かつて上司だったルノーの元取締役会長、ルイ・シュバイツァー、フランスの元経済相、ゴーンと共に逮捕され現在も裁判中の元日産自動車元代表取締役、グレッグ・ケリー等、キーパーソンが勢揃い。彼らは各々の思いを赤裸々に告白する。

彼は子供の頃からアウトサイダーだった

注目すべきポイントが他にもいくつかある。まず、レバノンに生まれてブラジルで育ち、再び故郷レバノンに戻った少年ゴーンが、イエズス会系の小中学校で学び、その後、フランスで高等教育を受ける過程で、『常に自分はアウトサイダー』だと感じていたこと。そして、級友たちと成績を競い合ううちに、『競争に勝つ術を身につけた』こと。つまり、彼は住む場所を転々とした少年時代に、すでに自分の置かれた立場を認識し、競争原理を習得していたというわけだ。後に日仏自動車アライアンスのトップに君臨するための。

レバノンの首都ベイルート
レバノンの首都ベイルート

ビジネスの世界で達成したスピード出世には目を見張るものがある。パリにある理工科の名門、Ecole Polytechniqueを卒業後、タイヤメーカー、ミシュランに採用されたゴーンは、ブラジルで業績を上げ、北米事業の責任者に。その実績がルノーの目に留まり、ヘッドハンティングされたゴーンは、持ち前のコスト削減能力を発揮して200億フランの削減を行い、ルノーの黒字化を達成。彼が実践した雇用破壊と工場閉鎖は労働者を窮地に追い込むが、元取締役会長のシュバイツァーは『残忍な手法だが効果的だった』と認める一方で、『ゴーンが好きかと聞かれると、、、』と苦笑しながら明言を控える。優秀だが愛されたとは言い難い敏腕CEO。このイメージはゴーンが歩んだ人生を振り返る上で重要だ。

横浜に10日、パリに10日、それ以外は世界を飛び回る

ルノーでの実績は日産でも適応される。1999年、ルノーは日本の日産自動車と提携し、ゴーンは日産のCEOとなり、最終的にはルノーと日産のCEOを兼任することになる。日産でも1年間で200億ドルの負債を一掃したゴーンだったが、日本的なビジネスのやり方を徹底的に攻撃した彼に対して、日本人が心から好意を抱くことはなかった。しかし、誰からも愛されない敏腕CEOはそんなことは意に介さず、1月のうち10日は日産の横浜本社、10日はパリのルノー、それ以外の約10日は世界各地を頻繁に飛び回る、多忙で優雅なジェットセッターライフを満喫するのである。

妻のキャロルはそれを予知していた!?

珍しくメディアに登場した妻のキャロル
珍しくメディアに登場した妻のキャロル

驚くべきことに、妻のキャロルは順風満帆のセレブ生活にもいつか限界が来ることを予知していたという。そんなものかもしれない。彼女の予想通り、2018年11月19日、レバノンからプライベートジェットで東京に降り立ったゴーンは、その場で逮捕される。罪状は約5年分の役員報酬の過少申告と、金融商品取引法違反だった。こうして、ゴーンは東京の小菅にある東京拘置所に収監され、冷たい独房の中で、痩せ細り、妻との再会を願う日々を送ることになる。

ゴーンの反論と矛盾点

当然、本ドキュメンタリーはゴーンに反論の機会を与えている。彼によると、フランス政府がルノーの株を15%購入したことで、自社がフランス政府の管理下に置かれることを恐れた日産が、ゴーンを逮捕することで前もって危機を回避しようとした、ということになる。また、ゴーンは日本の刑事裁判で起訴されれば99.4%が有罪になるというデータを引き合いに出して、それで行くと99.4%無実を勝ち取ることはできないと主張。日本の裁判制度の歪みについても不満をぶちまける。

一方で、ゴーンは彼が日産から得た役員報酬50億円の隠蔽に協力した容疑で東京地検特捜部に逮捕され、ゴーンがレバノンに脱出した今は、日本に残され、不利な立場に追い込まれたグレッグ・ケリーや、レバノン逃亡の手助けをした罪で逮捕され、罪を認めた元グリーンベレーのマイケル・テイラーと息子のピーターについて、一言も言及していない。そういう意味で、本作はカルロス・ゴーン本人に弁明させながらも、謎めいた部分を逆説的に強調することで、最終的な判断は観客に任せる姿勢を選択しているとも言えるのだ。

本人に確認し再現された脱出劇のスリルと"閉塞感"

最大の見せ場は、ゴーンがどうやってレバノンに脱出したか?その『ミッション・インポッシブル』も顔負けの緊迫感溢れる数時間を克明に再現したシーンだ。閉所恐怖症の人にはあまりお勧めできないPOVショットを使った決死の逃亡劇は、ゴーン本人の説明を基に映像化されているだけに、『最後のフライト』という副題に相応しい臨場感に溢れている。

ベイルートのゴーン夫妻は今
ベイルートのゴーン夫妻は今

果たして、カリスマ経営者、または逃亡者は、自分を貶めたと主張する日産の企業倫理と、国境を跨いだアライアンスの闇を強引に潜り抜け、愛妻が待つ故郷で真の自由を手にしたのだろうか?実は、そこが最大のポイントだ。現在のゴーンはレバノン政府に守られてはいるものの、出国は許されず、妻のキャロルと共に日がな一日、海を眺める日々を送っている。かつて世界を股にかけた1人のビジネスマンが莫大な報酬と引き換えに失ったものの大きさと、生来アウトサイダー人生を過ごして来た彼が、結局、故郷のレバノンでのみ生きることを許された皮肉。彼が無実かどうかということより、むしろ、それが胸に刺さる出色のドキュメンタリーだ。

『カルロス・ゴーン 最後のフライト』

(C) MBC Studios

9/27(月) よりU-NEXTで独占配信

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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