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まるで水上のファッション・フェス。今年のベネチア国際映画祭が少し違って見えるワケ

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
(写真:REX/アフロ)

クリステン・スチュワート×シャネル

去る9月1日、ベネチアのリド島で第78回ベネチア国際映画祭が開幕した。ベネチアの魅力と言えば、映画祭に出席するセレブリティたちがベネチア本島からボートに乗ってリド島に降り立つという、まるで映画さながらの演出が挙げられる。今年、そんなベネチアならではの立地を最大限に活用したのがクリステン・スチュワートだ。彼女は、コンペティション部門にエントリーしている主演作『Spencer(原題)』で生前のダイアナ元妃を演じているのだが、かつてダイアナがビエンナーレ展のレセプションに出席した時の姿を意識して、カメラに視線を向けながらゴンドラのステップを優雅に上がってみせたのだ。

クリステン×シャネル1
クリステン×シャネル1写真:REX/アフロ

1995年の6月、ベネチアのカナル・グランデ沿いに建つレセプション会場のペギーグッゲンハイム美術館に降り立った時のダイアナ元妃は、彼女の専任デザイナーを12年務めたジャック・アザグリーによる真紅のチュニック・スーツを身につけていた。一方、クリステンは長年アンバサダーを務めるシャネルの黒いツイード・ブレザーとホットパンツでゴンドラから降り立ち、ボードウォークの上でカメラマンの要求に応えてポージング。そして、『Spencer』のプレミアでは、一転して同じシャネルのシルク・チュニックのパンツルックで現れた。ウエストにあしらわれた黒いリボンがアクセントになったシーフォームグリーンが鮮やかな逸品である。

クリステン×シャネル2
クリステン×シャネル2写真:REX/アフロ

シャネルは映画にも衣装を提供している

レッドカーペット・ファッションだけではない。シャネルは映画にも衣装を提供している。ポスターに使用されている純白のドレスは、シャネルのアーカイブに眠っていた1988年に制作されたオートクチュール・ガウンを、アトリエのスタッフが1034時間かけて復刻したカスタムメイドだ。ベアトップのシフォンドレスを着たダイアナが背中を向けて号泣しているように見えるそのショットは、映画の舞台となる元妃がチャールズ皇太子との結婚生活に終止符を打つ決意を固めた別荘、サンドリンガム・ハウスでの辛い週末を想像させて余りあるものがある。そこでは、豪華なドレスが表面上と幸せと現実の厳しさを対比させる皮肉なツールになっているのだ。

シャネルは他にも映画のために、1988年のプレタポルテ・コレクションからテーラードカラーの赤いツイードコートと、黒いベールが付いた帽子の組み合わせ等、重要な場面に何点か作品を提供している。つまり、ベネチアは主演俳優のクリステン・スチュワートがシャネルを着ることでブランドのPRはもちろん、主目的である、服を通して映画の世界観を広く告知するための場でもあるのだ。

ゼンデイア×人気コーディネーター、ロウ・ローチ

プレミアでのゼンデイア
プレミアでのゼンデイア写真:REX/アフロ

一方、現地時間9月3日に行われたアウト・オブ・コンペティション作品『DUNE/デューン 砂の惑星』(10月15日公開)のプレミアには、監督のドゥニ・ヴィルヌーブ監督等と並んで、未来の宇宙を描くSFアドベンチャーでキーパーソンを演じるゼンデイヤが、映画のイメージを意識したというヌーディーカラーのボディコンシャスなレザーのスリットドレスで登場。デザインしたバルマン社によると、バストラインはゼンデイヤの肉体を克明になぞって制作されたものだとか。エルラルドグリーンにダイヤをあしらったブルガリのジュエリーは宇宙の星を彷彿させ、ピンクのアイシャドウ、黒いアイライナーも含めて、その夜のゼンデイヤをメディアは『まるで映画から飛び出してきたようだ』と評したほどだ。

プレス・イベントのゼンテゼイア
プレス・イベントのゼンテゼイア写真:REX/アフロ

同じ日に開催された『DUNE~』のプレス・イベントでは、プレミアとは打って変わってバレンチノの黒いメンズタキシードに白い開襟ドレス、ウエストに太いピンクのリボンというスタイルで登場したゼンデイヤ。一時期流行ったヌーディーカラーをリバイバルさせる一方で、今やモード界で主流になっているジェンダーフリーの装いを取り入れる等、若手ファッショニスタとトップを走るゼンデイヤらしいチャレンジングな装いが目立った今年のベネチア。ただお気に入りのブランドを身に着けるのではなく、服で映画の世界観をアピールする姿勢は、『Spencer』のクリステンとも共通する。

因みに、ゼンデイアの服選びを担当しているのは、彼女とは14歳のデビュー当時から10年の付き合いになる人気コーディネーターのロウ・ローチ。ディズニー・アイドルだったゼンデイアを、あっと言う間に若きモードセレブに変えてしまった影の立役者である。今年のベネチアはもちろん、2年前のエミー賞で絶賛されたグリーンのマーメイドドレスを始め、ここ数年のアワードショーで話題になったゼンデイアのドレスコーデは、全てロウ・ローチのアイディアだ。

ティモシー・シャラメ×ハイダー・アッカーマン

プレミアでのティモシー
プレミアでのティモシー写真:REX/アフロ

そして、もう1人。ベネチアで注目を集めたのは『DUNE~』の主演スター、ティモシー・シャラメだ。カンヌで行われた『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』のプレミアでは珍しくトム・フォードのシャイニーなスーツで現れたティモシーだが、ベネチアでは長年コラボしているハイダー・アッカーマンで統一。プレミアでは僧侶みたいな黒いスパンコールのスリムフィット・スーツで、フォトコールではボンバー・ジャケットと同じスクエア・プリントのパンツというストリート・ファッションで各々登場。ここ数年、ベネチアには必ずと言っていいほどアッカーマンを着てくるティモシーはその都度、斬新なデザインが注目されてきた。2年前のシルクのスーツにベルト、それにトレードマークのハイカットブーツはその典型だ。

フォトコールのティモシー
フォトコールのティモシー写真:REX/アフロ

Z世代は確固たるスタイルを持つ世代

今や、賞セレモニー前になると、スターがその度着る服を物色する時代は過ぎ、自分が本気で信頼でき、深く繋がる価値があるデザイナーやコーディネーターをレギュラー使用するのが、特に、Z世代のファッションリーダーと目されるゼンデイヤやティモシー・シャラメたちの流儀みたいだ。そういう意味で、今年のベネチア映画祭ほどファッションがフィーチャーされたセレモニーはないような気がする。周囲に左右されず、確固たるスタイルを持つことは、スターとして当たり前になりつつあるのだ。

『DUNE/デューン 砂の惑星』
『DUNE/デューン 砂の惑星』

『DUNE/デューン 砂の惑星』

10月15日 金曜全国公開

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映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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