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ジェンダーを超えていく子供たち。ドラマ『僕らのままで』はなぜ刺さるのか?

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
『僕らのままで』の主人公、ケイトリン(左)とフレイザー

『君の名前で僕を呼んで』(17)で知られるルカ・グァダニーノ監督が、イタリアのベニス近郊にあるアメリカ軍基地に住む少年と少女、基地に勤務する彼らの親たちの日常にフォーカスするのが、全8話で構成されたTVシリーズ『僕らのままで/WE ARE WHO WE ARE』(20)だ。すでに日本で配信中の本作は、グァダニーノがセクシュアリティとアイデンティティを確立していく子供たちの変化を至近距離で追いかけ、やがて、ジェンダー・アイデンティティを扱ったその他の作品とは一線を画す、新たな価値観と可能性を感じさせて幕を閉じる。本作は今年前半に配信されたTVシリーズの中でも異色で、かつエモーショナルな気分にさせてくれるという意味で是非プッシュしたい作品だ。

キャラクター毎に視点が変わる斬新な演出とサウンド

物語は何人かのメインキャラの視点を渡り歩く形で展開する。第1話は、同性の妻、マギーと共にニューヨークからイタリアに赴任してきた米軍大佐、サラ(クロエ・セヴィニー)の14歳になる息子、フレイザー(ジャック・ディラン・グレイザー)の視点だ。転校生として孤立していたフレイザーは、ある日、近所に住むナイジェリア人の少女、ケイトリン(ジョーダン・クリスティ・シモン)と知り合う。彼女は男の子のような格好を好み、自らハーパーと名乗っていた。

Tシャツにもこだわりがあるフレイザー
Tシャツにもこだわりがあるフレイザー

続く第2話では、一転、ケイトリンの視点で物語が進んでいく。彼女にはアラビア語を学んでいる兄のダニーがいて、軍人の父親、リチャードはトランプ支持者である。因みに、時代背景は2016年のトランプvsクリントンの大統領選当時に設定されている。ビーチに出かけたケイトリンは初めて生理を経験するが、ボーイフレンドのサムは彼女のデリケートな状況を理解できない。ケイトリンはレストランで男の子のように振る舞い、女の子から電話番号を渡されたりして、思春期のスリルを思う存分楽しんでいる。そんなケイトリンに興味を持ったフレイザーは、大好きな服を箱に詰めて彼女にプレゼントした。

トランスジェンダーについて話し合う2人

第3話以降は、トランスジェンダーについて話し合うまで親密になっていたフレイザーとケイトリンをメインに、下着を脱ぎ捨てた少年たちが海に駆け出す様子や、基地の近所にあるロシア人が所有する豪邸で酒に酔って大騒ぎする子供たちの姿、そして、母親の部下であるジョナサンを密かに恋するフレイザーの苦しい胸の内、等々が、グァダニーノ独特の、対象物に可能な限り接近するカメラワークによって、観客の鼻先に突きつけられる。

魅力的なケイトリン
魅力的なケイトリン

グァダニーノはまた、優れたサウンドスケープとミキシングによって、フレイザー側から物事を描く時は彼が大好きなアグレッシブ・ポップを流し、ケイトリン側から描く時は彼女がハマっているヒップホップをかけることで、各々の目に映る景色の違いを表現。グァダニーノ作品ではお馴染みの衣装コーディネーター、ジュリア・ピエサンティがチョイスしたジェンダーレスな服の数々が、フレイザーとケイトリンの強い絆を見事に表してもいる。特に、フレイザーが愛用するラフ・シモンズのカラフルなニットウェアは、エピソードにラストで強烈な印象を残す。

私たちが僕たちが今ここで出会ったことの意味

イタリアの米軍基地で偶然出会ってしまった人々が、やがて否が応でも戦争の影響を受け、平和な基地が悲しみに包まれる時の絶望感は、急激に変化していく現実の厳しさと、だからこそ、今、この場所で、この時間を思いっきり生きようとする人々の姿を際立たせている。そして、子供たちにとってそれは、その後の生き方に繋がる瑞々しい体験の日々。原題の『WE ARE WHO WE ARE(私たちは私たちでしかない)』の後に続く下の句、『RIGHT NOW RIGHT HERE(たった今ここで)』というフレーズは、そんな作品のテーマを端的に表現したものだ。

疾走する2人
疾走する2人

グァダニーノの過去作はすべてイタリアに住む外国人が、そこで自分自身と向き合う物語だった。ロシア移民のマダムが不倫によって破綻する『ミラノ、愛に生きる』(09)、シチリアの孤島でバカンスを楽しむポップスターの災難を描いた『胸騒ぎのシチリア』(15)、1983年、夏のロンバルディアで出会った少年エリオとアメリカ人青年オリバーの恋を追う『君の名前で僕を呼んで』も、すべて。また、背景になる時代の空気が登場人物の運命を左右するという意味で、『君の~』と『僕らのままで』は共通するかもしれない。

フレイザーとケイトリンがたどり着く先には

しかし、『僕らのままで』ではエリオやオリバーが超えられなかった概念を、フレイザーとケイトリンが軽々と超えていく。2人はセクシュアリティやジェンダーの違いを認めた上で、より心地よい関係に辿り着こうとするのだ。そこには誰かを愛することの至福と、若くしてソウルメイトと出会えたことの幸運が描かれていて、見終わった時、必ずや全8話を完走した満足感が待っているはずだ。

製作当初はアメリカ国防総省の全面協力の下、イタリアのヴィチェンツァに実在する米軍基地での撮影が予定されていたが、蓋を開けてみたら国防総省は協力を取り下げ、結果的にイタリアのキオッジャに架空の基地をセットで建設することになった。しかし、運河とすぐ近くに建てられた米軍住宅の信じられない距離感や、ケイトリンが父親と2人で漕ぎ出す早朝の凪いだ海や、クライマックスの舞台になるボローニャの薄らとした朝焼け等は、物語と背景が密接に繋がるグァダニーノ作品ならでは。指し示すテーマも含めて、こんな映画作りができる人は映画界広しと言えど彼しかいないと痛感させる。

グァダニーノと再コラボ中のティモシー・シャラメ
グァダニーノと再コラボ中のティモシー・シャラメ写真:ロイター/アフロ

すでにグァダニーノは『僕らのままで』の続編の準備に取り掛かっているという。しかし、その前にジョエル&イーサン・コーエン兄弟が脚本を担当する『スカーフェイス』(83)のリブート版を監督することになっているし、エリオとオリバーがパリで再会するはずの『君の名前で僕を呼んで』の続編も気になる。そして、現在は彼にとって初のアメリカ・ロケとなる最新作『Bones and All』をオハイオ州で撮影中であることがわかった。まさに神出鬼没。映画はロナルド・レーガン時代のアメリカをロードトリップする男女の恋を描くもので、主演はグァダニーノとは『君に~』以来のコラボとなるティモシー・シャラメと、『WAVES/ウェイブス』のテイラー・ラッセル、脇を固めているのは『僕らのままで』のクロエ・セヴィニーとオスカー俳優、マーク・ライランスだ。『僕はみんながやるだろうと噂しているプロジェクトは全部実現したい。何しろ、忙しいのが大好きなんだ』とはグァダニーノ本人のコメントである。

『僕らのままで/WE ARE WHO WE ARE』

【配信情報】

Amazon Prime Video チャンネル「スターチャンネルEX -DRAMA & CLASSICS-」

<字幕版> 全話配信中

★5/5 (祝・水) ~6/5(土)期間限定!第1話 無料配信

【放送情報】

BS10 スターチャンネル(STAR1)

<字幕版> レギュラー放送開始中/毎週水曜よる11:00 ほか

Photo by Yannis Drakoulidis (C) 2020 Wildside Srl - Sky Italia - Small Forward Productions Srl

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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