衣装デザイン賞はなぜ時代劇に有利か?デザイナーたちの切実な疑問を検証する

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 今年のアカデミー賞には、意外に知られていない幾つかの注目ポイントがある。本コラムでも指摘した、グレン・クローズに功労賞的な意味合いの賞が渡るかという点プロデューサー全員が黒人で占められた史上初の作品賞候補作『Judas and the Black Messiah』の演技賞カテゴライズ問題、そして、3つ目は、今回指摘したい衣装デザイン賞候補及び受賞作に現代劇が少なすぎるという疑問だ。つまり、過去の受賞作のほとんどが時代劇かSFファンタジーに偏っていて、観客にとって最も近しく、だからこそ衣装デザイナーたちにとってはチャレンジし甲斐があるはずの今着る服、リアルクローズが無視されているのではないか、と言う問題提起である。

 まず、第93回アカデミー衣装デザイン賞の候補作をデザイナーの名前と共に紹介しよう。18世紀のイギリスを舞台にした『Emma.』(20)の衣装に新たな解釈を加えたアレクサンドラ・バーン(『エリザベス: ゴールデンエイジ』(07)で受賞)、1920年代のシカゴで物語が展開する『マ・レイニーのブラックボトム』(20)で、大胆なステージ衣装をデザインしたアン・ロス(『イングリッシュ・ペイシェント』(96)で受賞)、『Mank/マンク』(20)でハリウッドのゴールデンエイジを甦らせたトリッシュ・サマーヴィル(初候補)、『ムーラン』(20)でヒロインの戦闘服を裁断したビナ・ダイヘレル(初候補)、そして、ファンタジー『Pinocchio』(20)でピカソのキュービズムを服作りに持ち込んだフィレンツェ生まれのイタリア人デザイナー、マッシモ・カンティーニ・パリーニ、以上5人だ。これを見ても分かる通り、『マ・レイニー~』と『Mank/マンク』が比較的現代に近いが、他の3本は時代劇とファンタジーで、やはり過去に時代劇の衣装を担当してオスカーに輝いているデザイナーが含まれている。

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長いオスカーの歴史で現代服に賞が渡ったのはたった3回!?

 調べてみたら、長いオスカーの歴史で衣装デザイン賞の選定に偏りが著しいことが分かった。”Hollywood Reporter” に因ると、それまではカラー映画とモノクロ映画に分かれていた衣装デザイン賞が統一された1967年以降、同賞を受賞した現代劇はたったの3本だけ。引退した銀行員が風変わりな叔母とヨーロッパ中を旅する『Travels with My Aunt(原題)』(69)、ミュージカル演出家の苦闘を描いた『オール・ザット・ジャズ』(80)、そして、映画衣装の世界に革命をもたらした『プリシラ』(94)だ。候補作も、『プラダを着た悪魔』(06)と『クィーン』、『ミラノ、愛に生きる』(11)、『ラ・ラ・ランド』(17)と少ない。デザイナーのジェニー・ビーヴァンが革ジャンを羽織って壇上に上がった『マッドマックス 怒りのデスロード』(15)はSF映画にカテゴライズされるためリストからは外れている。

 この状況を痛いほど感じている過去15回のノミネート回数を誇るデザイナーのサンディ・パウエルは、『ヴィクトリア女王 世紀の愛』(09)で3個目のオスカーを獲得した際、「この賞を死んだ君主の映画や煌びやかなミュージカルには関わらない同業者に捧げたい」とスピーチしたほどだ。

理由は誇張が許されないから。確かに

“Hollywood Reporter”はアカデミー衣装デザイン部門を統括するジェフリー・カーランドに取材して、同部門の問題点を聞き出している。カーランドに因ると、現代劇の衣装は時代劇と同じくらい強力なストーリーテラーになり得るが、時代劇の服作りに許される” たわごと”がないため、難しいと言う。つまり、デフォルメとハッタリが許されないのだ。確かにそうだと思う。因みに、自らもデザイナーのカーランドは、『TENET テネット』(20)で時間の逆転シーンに耐え得る動き易いテーラードスーツやジャケットをデザインしたが、今年の衣装デザイン賞候補からは漏れている。

 また、UCLAに本拠を置くデザイナーのサポート組織”Center for Costume design”の創始者、デボラ・ナドゥールマン・ランディスの言葉はこの問題点の本質を突いている。彼女は”白すぎるオスカー”の汚名を返上しつつあるアカデミー協会が、こと衣装デザイン賞に関しては、年間公開作で圧倒的多数を占める現代劇の扱いが冷淡だという事実は、協会の理念に反する行為だと断言しているのだ。

デザイナーに優しい衣装デザイン組合の候補作

 一方で、現在1100人の会員が属する衣装デザイン組合(CDG)は、今年で23回目になるCDG賞のノミネーションを発表していて、来る4月13日に史上初めてTwitter上で受賞者の名前を告知することになっている。CDGのカテゴライズはさすがにデザイナー寄りだ。同賞はSF/ファンタジー、時代劇と並んで、コンテンポラリー部門が設けられていて、それはTV部門も同じ(ゴールデン・グローブ賞では無視された『ブリジャートン家』が時代劇部門の候補になっている)。今年の候補者を見てみると、SF/ファンタジーにはオスカー候補でもある『ムーラン』と『Pinocchio』が、時代劇には『Emma.』『Mank/マンク』『マ・レイニーのブラックボトム』と並んで、オスカーからは漏れた以下の2本がノミネートされた。1960年代のシカゴが舞台の『Judas and the Black Messiah』(20)で、ラキース・スタンフィールドが羽織るファンシーなトレンチコートを始めとする’60sファッション、同じ時代のマイアミで一夜の物語が紡がれる『あの夜、マイアミで』(20)で男たちが着る、互いのリスペクトが服で表現された衣装の数々だ。

『あの夜、マイアミで』Amazon Prime Videoで独占配信中
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 そして、注目のコンテンポラリー部門には、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PRAY』(20)のためにレザーのジャンプスーツを始め、カラフルなストリートファッションをデザインしたエリン・ベナック(『アリー/スター誕生』(18)も担当)、『ザ・ファイブ・ブラッズ』(20)でベトナム戦争時代へと回帰していく男たちのために、わざわざバンコクの工場で作らせた戦闘服にエイジングを加えたダナ・バーウィック(『ビールストリートの恋人たち』(18)も担当)、『ザ・プロム』(20)のためにカラーパレットのようなステージ衣装を作ったルー・イリッチ(『アメリカン・ホラーストーリー』(11~18)を担当)、親友同士の2人の女の子がネブラスカからフロリダに旅する爆笑コメディ『Barb and Star Go to Vista Del Mar(原題)』(21)で、バケーション・アイテムとしてのキュロットパンツをカスタマイズしたトレイシー・ジジ・フィールド(過去に『ターミナル』(04)や『エリザベスタウン』(05)を担当)、そして、今最もホットな『プロミシング・ヤング・ウーマン』(20)で、主演のキャリー・マリガンが衝撃的なクライマックスで身に纏う塩化ビニール製の白衣を考案したナンシー・スタイナー、以上の5人がノミネートされている。

『プロミシング・ヤング・ウーマン』(今夏公開)の際どいナースルック! (C) Universal Pictures
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 彼らが作った服たちはどれも今の時代、もしくは過去と繋がる今の時代を反映した大胆且つ精密な仕上がりになっていて、どれもが、時代劇と同じく、それ以上にストーリーテラーの役目を果てしている。5人は全員オスカー候補からは漏れたが、誇張が許されない中で、映画に於ける現代服の在り方を追求した逸品揃い。一部には、アカデミー衣装デザイン賞を時代劇&SF部門とコンテンポラリー部門に分割するという意見もあるらしいが、果たして協会がそこまで手が回るだろうか?