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ホームレスじゃなくハウスレス。『ノマドランド』が描く新しい生き方

清藤秀人映画ライター/コメンテーター

 コロナ禍の影響で異例のスケジュール進行になっている本年度の賞レースだが、作品賞のフロントランナーとしてこのところ新たな受賞の報告が相次いでいるのが『ノマドランド』だ。もうこのタイトルは頭に刷り込まれているだろうし、『スリー・ビルボード』(17)のフランシス・マクドーマンドがバンを運転して全米各地を放浪する主人公を演じていることも、多分ご存知のはず。そこで、改めてこの映画が製作されたプロセスと、そもそも、なぜこれほどの高評価を得ているのかについて記してみたい。

 始まりは2017年。マクドーマンドと『君の名前で僕を呼んで』(17)で知られるプロデューサーのピーター・スピアーズが、ジェシカ・ブルーダーの原作『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』の映画化権を取得する。そして、同年のトロント国際映画祭で『ザ・ライダー』を観て感銘を受けたマクドーマンドは、監督のクロエ・ジャオに『ノマドランド』のメガホンを託そうと決める。なぜなら、アメリカの大自然に根差して生きる主人公たちのライフスタイルと、その詩的な風景が、2作には共通していたからだ。翌年の第33回インデペンデント・スピリット・アワードの授賞式でジャオと対面したマクドーマンドは、直接ジャオに監督と脚本を依頼し(後にジャオは製作も兼任)、受け入れられる。

 2018年の秋にスタートした撮影は、少々異例だった。まず、ジャオは同時期にプリプロに入っていた監督作『エターナルズ』(アンジェリーナ・ジョリー主演のマーベル作品。ロケ地は主にイギリス)と、『ノマドランド』のロケ地であるアリゾナとネバダの間を往復しなければならなかった。また、マクドーマンドとジャオも含めて『ノマドランド』のクルーたちは全員、映画の登場人物たちに倣ってトレーラーで寝起きすることを選択する。タイトルにもなっているノマド(放浪者)の生活感を共有し、その感覚を身につけることが、俳優たちにとっても、スタッフにとっても重要だと判断したからだ。

撮影中のクロエ・ジャオ(手前)とフランセス・マクドーマンド(右奥)
撮影中のクロエ・ジャオ(手前)とフランセス・マクドーマンド(右奥)

 物語の舞台は2011年。不況の煽りを受けてネバダ州のエンパイアにある石膏工場が閉鎖され、他の市民と同じように仕事を失ったファーン(マクドーマンド)は、所持品の多くを処分して購入したバンに乗って、職を転々とするようになる。やがて、アマゾンの工場で期間限定のバイトにありついたファーンは、そこで知り合った同じくバンで生活するノマドのリンダから、アリゾナに全米からノマドたちが集結するサポート・コミュニティがあることを知らされる。最初は病死した夫が愛したエンパイアを去ることを躊躇したファーンだったが、厳しい寒さに耐えきれず、リンダと共にアリゾナを目指すことにした。

 果たして、ノマドとはどんな人々で、日々どのようにして生活を紡いでいるのか?そこが、『ノマドランド』の見所でもある。まず、彼らは当然、仕事の内容にこだわらない。バンを運転して行き着いた先で、レストランのウエイトレスや作物の収穫作業で賃金をもらい、それが終わればまた次の地へと向かう。唯一の移動手段であるバンにはスペアタイアが必須だ。そして、ノマドの中には重い病を患っていても病院には行かず、路上で人生を全うしたいと願う者もいる。ファームが出会うノマドたちは、皆、太陽と風雨を耐え凌ぎ、そこを生き抜いてきたことが分かるワイルドな肌をしている。なぜかと言うと、彼らのほとんどが本物のノマドで、劇中では互いに本当のファーストネームで呼び合っているのだ。彼らが画面に現れた瞬間、プロの俳優が演じているのではないことが分かる独特の雰囲気を見逃さないで欲しい。勿論、そんな集団の中で、徐々にノマドと同化していくマクドーマンドの超一級のプロとしての仕事ぶりも。

荒野に佇むノマド、マクドーマンド
荒野に佇むノマド、マクドーマンド

 物語の後半に印象的なシーンがある。故障したバンの修理代金を借りるために、ファーンは久しぶりに姉の家を訪れる。結婚して幸せに暮らしている姉は、なぜ、ファーンが早くから家を離れ、夫を亡くしても戻って来なかったのかを問い詰めるのだ。普通の人々はそう考えるかも知れない。だが、ファーンの心にはかつて一緒に暮らした家族の思い出があるし、先に旅立った夫の面影が鮮明に残っているのだ。彼女は言う。「私はホームレスじゃない。ハウスレスなんだ」と。それは、ノマドのライフスタイルを端的に表現している。確かに彼らには住む家(ハウス)はないけれど、心の中にはいつだって家族(ホーム)を抱えて移動しているのだ。むしろ、定住することの方が様々な変化を強いられる中で、大切な家族の思い出を忘れ去っているのではないか?

 アメリカ社会の断絶と二極化の現実を放浪者の生活に擦り合わせた本作は、同時に、たとえ孤独を選択したとしても、過去に寄り添うことの大切さと誇りを教えてくれるのだ。

ノマドたち
ノマドたち

 賞レースの現状は以下の通りだ。昨秋、ヴェネチア国際映画祭の金獅子賞とトロント国際映画祭の観客賞をW受賞した『ノマドランド』は、今年2月半ば時点で、全米の各映画賞を中心に合計23個の作品賞に輝いている。今年はNetflixやアマゾン・プライム製作による有力作が例年にも増して受賞数を重ねているが、この約半年間に渡って作品賞の、つまりアカデミー作品賞(授賞式は4月25日)のフロントランナーとしての地位をキープしているのが『ノマドランド』(サーチライト・ピクチャーズ製作)だ。さらに、クロエ・ジャオに至っては、現時点で監督賞を34個、脚色賞を13個、編集賞を9個の合わせて56個を獲得。これは『サイドウェイ』(04)のアレクサンダー・ペイン監督が獲得した42個を上回る史上最多の受賞数だ。

 ここ数年、女優としてのさらなる進化が著しいフランシス・マクドーマンドと、彼女が白羽の矢を立てた北京生まれの新鋭監督、クロエ・ジャオがタッグを組んで作り上げた渾身のロードムービー『ノマドランド』。コロナ禍で家族ともなかなか会えない人々の心に、必ずや刺さるはずだ。

『ノマドランド』

2021年3月26日(金)全国ロードショー

(C)2020 20th Century Studios. All Rights reserved.

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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