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カンヌ映画祭からアカデミー賞へ。今後映画界はコロナにどう対応していくのか?

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
スキップボーダーがパレの前を横切る閑散としたカンヌ(写真:ロイター/アフロ)

 今週、カンヌ映画祭はフランス監督協会が主催する監督週間とフランス映画批評家組合による批評家週間、それにフランス独立映画配給協会によるACID部門の開催を断念することを発表した。それでも「各セクションが今年提出された映画を支援する最善の方法を探している」との声明を出しているが、例年より2ヶ月ずらした7月上旬での実施はほぼ不可能な状態だ。映画祭事務局は2020年内に原型とは異なる形で開催を目指すとしているが、さて、どうなるか?このままでは、去年のカンヌでのパルム・ドール受賞を手始めに、世界中の映画祭を次々制覇した後、アカデミー賞の主要部門を総なめにした「パラサイト 半地下の家族」のようなインデペンデント系の秀作は勿論、ハリウッド・メジャーにとっても頼みのプラットフォームを失いかねない。そこで、今年のカンヌにエントリーが予想される話題作が、もしも延期または最悪中止になった場合、その後、どの映画祭を狙うのか?現時点での展開を予想してみよう。

★ウェス・アンダーソンの「The French Dispatch」はトロント国際映画祭を目指す?

 今年のカンヌ映画祭オフィシャル・セレクションでプレミア上映が予定されていたウェス・アンダーソンの最新作「The French Dispatch」の配給元であるサーチライト・ピクチャーズは、すでに全米での公開を今年7月から10月16日に延期すると発表。そうすれば、9月10日に開幕が予定されているトロント国際映画祭にエントリーでき、全米公開への布石になるからだ。既報の通り、「The French~」はフランスの架空の街を舞台に、アメリカの新聞社に務めるジャーナリストたちを3つのストーリーに分けて描くアンダーソン曰く「ジャーナリストたちへのラブレター」。ビル・マーレイ、オーウェン・ウィルソン、ティルダ・スウィントン等常連組に、ティモシー・シャラメ、ベニチオ・デル・トロ、さらにレア・セドゥ、マチュー・アマルリックというボーダレスな面々が集う、まさにウェス・アンダーソン作品ならではの豪華配役が売りのビッグ・プロジェクトだ。

★「エル ELLE」に続くポール・ヴァーホーヴェンの「Benedetta」はヴェネチアを狙う?

 ポール・ヴァーホーヴェンの「Benedetta」は同じくカンヌの目玉と目されている作品。かつて、ヴァーホーヴェンの「ブラックブック」(06)が最初にベールを脱いだこともあり、同作は今年9月2日に幕を開ける予定のヴェネチア映画祭への出品が有力視される。「Benedetta」は17世紀のイタリアに実在した修道女、ベネデッタ・カルソーニの波乱に富んだ生涯を描くもので、仲間の修道女と淫らな行為に及んだことが発覚し、宗教裁判で有罪判決を受けたベネデッタを通して、世間一般のモラルに再び疑問を投げかけるヴァーホーヴェンならではの入魂作だ。ベネデッタを演じるのは同監督の「エル ELLE」(16)のラストに登場する敬虔なカトリック教徒の妻を演じたヴィルジニー・エフィラ。ということは、「エル ELLE」と「Benedetta」は姉妹作なのだろうか?因みに、今年のヴェネチアではケイト・ブランシェットが審査委員長を務めることになっている。

★「パラサイト~」の製作会社、ネオンが再び世界的な成功を目論む作品とは?

「パラサイト 半地下の家族」で世界的な成功を収めた製作会社、ネオン(アメリカ)は、今年のカンヌにタイ人監督、アピチャッポン・ウィーラセラクンの「Memoria」を送り込む予定でいる。同監督はすでに「ブンミおじさんの森」(10)でタイ人初のパルム・ドールに輝いていて、最新作はウィーラセラクンにとっては初の海外作品でロケ地は南米コロンビアのジャングル。物語はティルダ・スウィントン演じる幻覚とある種の幻聴に悩むスコットランド人女性のスピリチュアルな旅を描くものだ。ネオンは監督の作風を考慮して、早い段階で好意的な批評を勝ち取りたい意向で、もし、カンヌがダメならヴェネチア、さらにトロントでのお披露目を目指す。

★「ベイビー・ドライバー」のエドガー・ライトによる最新作もエントリーが有力

「ベイビー・ドライバー」で世界中の映画マニアを熱狂させたエドガー・ライトの最新作「Last Night in Soho」もカンヌのアウト・オブ・コンペ(賞の対象外)とミッドナイト・スクリーニングでの上映が噂されている。ライトは詳細について話していないが、ロンドンのソーホーを舞台に、アニャ・テイラー=ジョイや「ジョジョ・ラビット」(19)のトーマシン・マッケンジー等、話題の新人から、ダイアナ・リグ、テレンス・スタンプ、リタ・トゥシンハムといったイギリス映画を彩ったベテランたちが集うサイコホラー/スリラーとのこと。もしもカンヌが中止された場合、配給のフォーカス・フィーチャーズ(アメリカ)は9月のトロントを狙うのではないだろうか。

★ミッドナイト・スクリーニングのフロントランナーは「新感染~」の監督最新作

「Last Night in Soho」と並ぶミッドナイト・スクリーニングのフロントランナーと目されるのは、「新感染 ファイナル・エクスプレス」(16)の韓国人監督、ヨン・サンホによる最新作「Peninsula」。同作は「新感染~」の続編にあたる。大成功した前作の続編は期待外れの場合が多いが、作品は「新感染~」から4年後、廃墟に残された人々がまたもゾンビとの死闘を繰り広げる世紀末アクションだ。すでに予告編がYouTubeに公開されていて、イギリスの映画誌、EMPIREは「狂乱のアクション。かつて見たことのないゾンビが登場する」と絶賛。今夏、韓国と海外主要国での公開を予定しているが、もしそれが無理となると、やはり、あらゆるジャンル映画を許容してきたトロント国際映画祭で披露されることが望ましい。

★ハリウッド・メジャーの動向は?

 トム・クルーズ主演作(86)の続編「トップガーン:マーヴェリック」はカンヌのアウト・オブ・コンペへの出品が有力視されていたが、配給のパラマウントはコロナ感染症の拡大を考慮して、早々に全米公開を6月24日から12月23日に延期。それは同時に、カンヌを初め映画祭へのエントリーを断念したことを意味する。ピクサーは最新作「Soul」をかつての「カールじいさんの空飛ぶ家」(09)や「インサイド・ヘッド」(15)の時と同じく、まずカンヌに送り込む予定だったが、ディズニーは全米公開を6月19日から11月29日に延期。その前にトロントで上映される可能性もなくはない。これまでカンヌにはあまり縁がなかったクリストファー・ノーランだが、最新作「Tenet」の全米公開が7月17日のままなら、カンヌのアウト・オブ・コンペに出品され、映画祭の話題を独占する可能性はある。

 以上、これらはカンヌ映画祭が延期または中止された場合を想定した予想だが、続くヴェネチアやトロントの開催についても余談を許さない状況だ。そうなると、あまり考えなくないが年明けのゴールデン・グローブ賞やアカデミー賞にも大きな影響が出るのは必至だ。すでに、ゴールデン・グローブ賞を主催するハリウッド外国人映画記者協会は、対象作品の公開時期と鑑賞方法を一時的に変更して、コロナシフトを適用。それに準じて、アカデミー協会も規定の変更を迫られるだろう。来年のオスカーナイトは2月28日に行われることになっている。

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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